40 / 99
日常 4
王都から戻って一週間ほど経った。
オリビアは相変わらず領地で忙しく過ごしていた。
リュビーナ国との交渉で必要になった有毒物質を無毒化する作業に取りかかっていた。
ルードヴィッヒ三世はきちんと人を送り、ライヤーロードの運河付近では人が多く行き交っていた。
「オリビア様! 掘り出しが完了いたしました!」
「ご苦労さまです。では、掘り出した鉱物を次々運んでください。必ず素手ではなく、手袋を使い、マスクも外さないよう気をつけてください!」
この作業を行っているのは所謂受刑者だ。
牢に入れられた者たちを労働者として使っている。
もちろん人道的に扱っているし、彼らに害が及ばないよう、逃げ出さないように細心の注意を払っていた。
作業は順調で滞りなく進んでいた。
掘り出した鉱物を近くの広場へと運び、特殊な液体を振りかけ、無毒化作業を進めていく。
(これで無毒化は成功だ。あとはこの作業を繰り返して、この鉱物をリュビーナ国まで運べばいい)
毎日のように現場に足を運んでいた。
この鉱物は鉄のように熱で変化し、他の鉱物と結合すると様々な用途に使える。
大役を任され、気の抜けない日々を送っていたが、ようやくゴールが見え始め、息を抜けるようになってきた。
「ひとまず無毒化作業は順調に進んでいます」
「ライアン卿、いつもご協力いただき感謝しております。あとは掘削作業班と無毒化作業班、さらに加工班の三編成に部隊を分けましょう。掘削、無毒化班は常に防具を身に着けてもらい、加工班は手先の器用な者を選りすぐってください」
「かしこまりました」
運河を見下ろしながら指示を出しているオリビアに、ライアンと呼ばれた騎士は膝を折って返事をしていた。
このライアンは国王陛下が手配してくれたオリビア付きの騎士だ。
ライアン・ディルック。彼は騎士としての腕もさることながら、出身は公爵家の次男という高爵位だ。
銀色の髪に深い群青色の瞳、一目で女性を虜にするような甘いマスクに、騎士団長という高い地位。
さすがのオリビアも、騎士団長にこんな作業を手伝ってもらうのは申し訳なく思っていた。
自分で書いた作業表を見ながら、不備がないか確認し、実際に働いている人たちを何度も見に来ていた。
「オリビア様。毎日現場に来られてお疲れではありませんか? 我々に任せて、たまにはお休みになられたほうがよろしいのではないでしょうか?」
作業表を見ていたオリビアの隣に並び、声をかけたライアンを見上げた。
年は二十四だと聞いた。仕事熱心なのだが特殊な性格のせいか、まだ婚約者は決めていないと聞いたことがある。
「作業が軌道に乗っている今こそ気を抜いてはいけません。それに作業している人たちは毎日働いているんです。私だけ休むのは間違っています」
「ですが、彼らは犯罪者で……」
きっぱりと発言するオリビアに、ライアンは戸惑いの言葉を漏らしている。
オリビアは作業している受刑者を見下ろしながら、淡々と話していく。
「犯罪者でも同じ人間です。人権を無視することはしません。彼らなくしてこの作業は進まないのですから」
「っ! そう……ですね。ははっ、なんだか恥ずかしいです」
オリビアは隣で突然笑い出したライアンに視線を向けた。
「何がですか?」
「私は……犯罪者というだけで、彼らを見くだしていました。ですがオリビア様は、どんな人間でも同じだと考えるのですね」
そう言われてしまうと、なんだか自分がとても高尚な人間だと思われてしまう。
自分は復讐者で、もしこここに元婚約者のジャンがいたとしたら、冷静には扱えないだろう。
だからといって酷く扱うこともきっとできない。
「……私はただ、人道的に人を扱っているだけで、彼らを許しているわけではありません。彼らは彼らなりに罪を償わなければいけません。無関係だからこそ、このように扱えるのです」
真面目に答えたオリビアに、ライアンは瞳を輝かせて話を聞いていた。
「オリビア様は恥ずかしがり屋なのですね」
「――は?」
今の台詞のどこに、恥ずかしがり屋の要素があったのか理解できない。
隣にいるライアンを怪訝な表情で見ていると、ライアンは突然オリビアの手を取り、両手で握ってきた。
「ちょっ!」
「オリビア様はいつも冷静で淡々と話されていますが、言葉の端々に優しさが伺えます。本来の貴女はとても照れ屋でシャイな女性なのですよね?」
「はあ……??」
ライアンと一緒にいてわかったことは、ライアンが天然だということだった。
たまに意味のわからないことを言い、オリビアを混乱させている。
このように手を握ることも疚しい気持ちがあるわけではなく、自分の思った心のままに行動しているだけなのだろう。
(ダメだ、この人……地位も高くて顔も良いのに、ただの残念イケメンだ。だから今でも婚約者も決まらないのか……)
自分の周りにはどうしてまともな男がいないのだろうとげんなりしながら、ライアンに握られた手をやんわりと振りほどいた。
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
夫が運命の番と出会いました
重田いの
恋愛
幼馴染のいいなづけとして育ってきた銀狼族の族長エーリヒと、妻ローゼマリー。
だがエーリヒに運命の番が現れたことにより、二人は離別する。
しかし二年後、修道院に暮らすローゼマリーの元へエーリヒが現れ――!?
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。