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最悪のタイミング 2
「っ! 落ち着いてください、殿下。先ほどライアン卿も説明してくださいましたが、不慮の事故で足を挫いてしまっただけです」
「ではなぜライアンと共に馬に乗り、抱き着いたまま登場したんだっ」
なぜイクシオンに責められなければならないのか疑問だが、結局ライアンを止められなかった自分が悪いわけで、オリビアは冷静に話を進めていく。
「抱きついていたわけではなく、馬に振り落とされないように掴まっていただけです。それに殿下もご存じかと思いますが、ライアン卿はなんと申しますか……猪突猛進で天然なんです。悪い方ではないのですが、自分の職務を全うするあまり、ああいった行動を取ったにすぎません。私だからということではありませんので、変な勘繰りや誤解などしないようにお願いいたします」
「あの状況では疑われても文句は言えまい」
イクシオンはまだ疑いが晴れないのか、口調に棘があり、表情も険しいままだ。
「それは……申し訳ございません。ライアン卿には何度も一人で歩けるから治療などいらないとはっきりお断りしたのですが……私が至らず、止めることができませんでした」
話の途中からオリビアも、自分が悪いのかもと思い直した。
怪我をしたのも自分のせいだし、ライアンの行動を制御しきれなかったのも事実だ。
「認めるのか?」
「自分も悪かったことは認めます。殿下に誤解されるような、軽はずみな行動を取らせてしまったことはよくありませんでした。……ですが、誓って不貞行為などではありません。私はそういった行為が一番嫌いですから……」
望んでこうなったわけではないが、拒みきれなかった自分にも非はあった。
愁傷に話すオリビアに、イクシオンの表情が少しだけ緩和されたように見える。
「そうだな。お前も反省していることだし、キス一つで許してやろう」
「はい?」
唐突に切り出された話に、思わず疑問の声を上げた。
久しぶりに見るイクシオンの顔はやはり美しかったが、どこか疲れも見えていた。
「お前からキスしろ。今、この場でな」
「こ、ここで、ですか?」
「久々に帰って早々に、妻と騎士団長の浮気現場を目撃した俺の気持ちも考えろ。このくらいで許してやるんだからありがたいと思え」
「ですから、浮気ではありません……」
クラリと目眩を覚える。
完全なる誤解なのだが、イクシオンはどれだけ否定してもわかってくれない。
ずいっと迫るイクシオンの顔が近すぎて顎を引こうとするが、それを阻むようにまた上を向かされる。
「反省の色が見えないな」
「反省はしていますが……、同意はできかねます。再度言わせてもらいますが、ライアン卿とはなんの関係もございません。身の潔白のためにも認めるようなことはしたくありません」
自分がここでイクシオンの言われた通りにしてしまえば、ライアンと浮気をしていたと認めているようでどうしても嫌だった。
「お前は相変わらず可愛げがないな。キス一つで許してやると言っているのに……久しぶりに帰った夫に対し冷たすぎる。他に何か言うことはないのか」
拒否されたからかイクシオンの表情は険しく、美しい顔を不機嫌そうに歪ませている。
上を向かされていたイクシオンの手をそっと払い、その場で頭を下げて挨拶をする。
「おかえりなさいませ。無事に戻られたようで安心いたしました」
「それだけか? 俺がいなくて寂しかったとか、会いたくて仕方なかったとかはないのか?」
「いえ。なんの問題もございませんでした」
ピシッと体勢を整え、隙を見せないよう真顔で話していく。
「なんだ、つまらん。もう少し夫を恋しがる素振りくらい見せたらどうだ……」
「そういった妻をお求めでしたら他を当たってください」
つい、いつものように突き放した言い方をしてしまい、話し終えてから自己嫌悪に陥る。
イクシオンの言うことはもっともで、どうして自分はこんなにも可愛げがないのだろうと落ち込んでしまう。
「殿下も……戻ったばかりでお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください。私は、部屋に戻ります」
そう言ってイクシオンに背を向けて歩き出した。
挫いた足はやはりズキズキと痛みを訴えていたが、平気な振りをして城の中まで歩いた。
しばらく歩いて周りに誰もいないことを確認すると、壁に手をついてから体ごと寄りかかった。
(ここで少し休んでから診てもらえばいいか……冷やしておけば治るだろうし。イクシオンは陛下のことで頭がいっぱいになっているのに、これ以上余計なことで煩わせたくない)
こんな時に他の女性ならば、何も考えずに男性に頼り、甘えた姿を見せるのだろうか。
それともイクシオンの言う通り、久しぶりに帰った夫に優しい労いの言葉をかけて、会いたかったと言えば良かったのだろうか……
自分にはできないし、する資格がない。
たかだか半年しかここにいない、契約だけの関係だ。
それにオリビアの性格上、自分の弱さや心の隙を見せることができなかった。
こんな風にひねくれてしまったのは、いつからだろう。
可愛くなくても自分は自分なんだと思って生きてきたが、イクシオンと共にいると、ふとした瞬間に葛藤が生まれる。
どう思われても構わないと思っているのに、変わりたいと思う自分もいて、この矛盾がオリビアを悩ませていた。
「ではなぜライアンと共に馬に乗り、抱き着いたまま登場したんだっ」
なぜイクシオンに責められなければならないのか疑問だが、結局ライアンを止められなかった自分が悪いわけで、オリビアは冷静に話を進めていく。
「抱きついていたわけではなく、馬に振り落とされないように掴まっていただけです。それに殿下もご存じかと思いますが、ライアン卿はなんと申しますか……猪突猛進で天然なんです。悪い方ではないのですが、自分の職務を全うするあまり、ああいった行動を取ったにすぎません。私だからということではありませんので、変な勘繰りや誤解などしないようにお願いいたします」
「あの状況では疑われても文句は言えまい」
イクシオンはまだ疑いが晴れないのか、口調に棘があり、表情も険しいままだ。
「それは……申し訳ございません。ライアン卿には何度も一人で歩けるから治療などいらないとはっきりお断りしたのですが……私が至らず、止めることができませんでした」
話の途中からオリビアも、自分が悪いのかもと思い直した。
怪我をしたのも自分のせいだし、ライアンの行動を制御しきれなかったのも事実だ。
「認めるのか?」
「自分も悪かったことは認めます。殿下に誤解されるような、軽はずみな行動を取らせてしまったことはよくありませんでした。……ですが、誓って不貞行為などではありません。私はそういった行為が一番嫌いですから……」
望んでこうなったわけではないが、拒みきれなかった自分にも非はあった。
愁傷に話すオリビアに、イクシオンの表情が少しだけ緩和されたように見える。
「そうだな。お前も反省していることだし、キス一つで許してやろう」
「はい?」
唐突に切り出された話に、思わず疑問の声を上げた。
久しぶりに見るイクシオンの顔はやはり美しかったが、どこか疲れも見えていた。
「お前からキスしろ。今、この場でな」
「こ、ここで、ですか?」
「久々に帰って早々に、妻と騎士団長の浮気現場を目撃した俺の気持ちも考えろ。このくらいで許してやるんだからありがたいと思え」
「ですから、浮気ではありません……」
クラリと目眩を覚える。
完全なる誤解なのだが、イクシオンはどれだけ否定してもわかってくれない。
ずいっと迫るイクシオンの顔が近すぎて顎を引こうとするが、それを阻むようにまた上を向かされる。
「反省の色が見えないな」
「反省はしていますが……、同意はできかねます。再度言わせてもらいますが、ライアン卿とはなんの関係もございません。身の潔白のためにも認めるようなことはしたくありません」
自分がここでイクシオンの言われた通りにしてしまえば、ライアンと浮気をしていたと認めているようでどうしても嫌だった。
「お前は相変わらず可愛げがないな。キス一つで許してやると言っているのに……久しぶりに帰った夫に対し冷たすぎる。他に何か言うことはないのか」
拒否されたからかイクシオンの表情は険しく、美しい顔を不機嫌そうに歪ませている。
上を向かされていたイクシオンの手をそっと払い、その場で頭を下げて挨拶をする。
「おかえりなさいませ。無事に戻られたようで安心いたしました」
「それだけか? 俺がいなくて寂しかったとか、会いたくて仕方なかったとかはないのか?」
「いえ。なんの問題もございませんでした」
ピシッと体勢を整え、隙を見せないよう真顔で話していく。
「なんだ、つまらん。もう少し夫を恋しがる素振りくらい見せたらどうだ……」
「そういった妻をお求めでしたら他を当たってください」
つい、いつものように突き放した言い方をしてしまい、話し終えてから自己嫌悪に陥る。
イクシオンの言うことはもっともで、どうして自分はこんなにも可愛げがないのだろうと落ち込んでしまう。
「殿下も……戻ったばかりでお疲れでしょうから、ゆっくりお休みください。私は、部屋に戻ります」
そう言ってイクシオンに背を向けて歩き出した。
挫いた足はやはりズキズキと痛みを訴えていたが、平気な振りをして城の中まで歩いた。
しばらく歩いて周りに誰もいないことを確認すると、壁に手をついてから体ごと寄りかかった。
(ここで少し休んでから診てもらえばいいか……冷やしておけば治るだろうし。イクシオンは陛下のことで頭がいっぱいになっているのに、これ以上余計なことで煩わせたくない)
こんな時に他の女性ならば、何も考えずに男性に頼り、甘えた姿を見せるのだろうか。
それともイクシオンの言う通り、久しぶりに帰った夫に優しい労いの言葉をかけて、会いたかったと言えば良かったのだろうか……
自分にはできないし、する資格がない。
たかだか半年しかここにいない、契約だけの関係だ。
それにオリビアの性格上、自分の弱さや心の隙を見せることができなかった。
こんな風にひねくれてしまったのは、いつからだろう。
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