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前途多難 2
しおりを挟む起きると日付も変わり、昼間になっていた。
ここまで長く眠ったことはなかったが、自分でも気づかないくらい疲れていたのだろう。
(余計なこと考えなくて良かったのかもしれない)
さすがに飲まず食わずだったので宿のご飯を食べようとしたが、ジャンに叩かれた頬が痛みを訴えていた。
ここに来るまでそれどころではなかったから気にならなかったが、改めて認識すると痛みがじわりと広がってくる。
宿屋の女亭主に言って部屋までご飯を運んでもらった。
(明後日は定期船が来るから、それに乗ってリュビーナまでは船で三日はかかる。着いたらトゥバラから返されたこのペンダントを見せないと)
食べ終わった食器をお盆に置くと、首にかけたペンダントを指でいじる。
首にはリュビーナの王家の紋章が入ったペンダントと、イクシオンからもらったネックレスが両方かけられていた。
(これを付けてるとなんだか安心する。寂しさはあるけど、イクシオンが近くにいてくれてるみたい)
誰にも目的地を告げずに城を出てきた。
イクシオンは自分を探しているかもしれないと、そんな期待が胸を過ぎった。
(けど……それはないか。元々の契約が建国祭が終わる日までだったから。私がいなくなっても、契約が切れたからとしか思わないんだろうな……)
イクシオンは細かいことをよく覚えていた。契約の内容も大半がイクシオンが考えて書いたものだ。
だから忘れることはないだろう。
契約が終わった途端手のひらを返したように冷たい態度を取られるよりは、まだいい思い出を持ったまま離れられて良かったのかもしれない。
明後日にはようやくリュビーナに渡れる。
この地を離れれば、この想いも次第に消えていくのだろう。
それは今のオリビアの望みでもあった。
二日目はフードを被り、港町の市場を探索していた。
前に訪れた露店にメユールの実があるか聞いたが、やはりディルーカ国との貿易摩擦で欠品になっているそうだ。
(やっぱり大量に購入して正解だったな。ルードヴィッヒ三世は回復したように見えても、病気が治ったわけじゃないから)
あの量なら数年はもつと思うが、管理方法を誤れば腐ってしまう可能性もある。
やはり貿易摩擦は早めに解消して、再開することが一番望ましい。
(うちの領地ではリュビーナ、ディルーカ、ハイヴァルナの三ヵ国はお得意さまだったし、ディルーカのユムも元気にしてるかな?)
幼い頃から他国との関わりがあったからか、父親に連れられて頻繁に訪れていた港に様々な国の子供がいた。
大抵は親の都合で手伝いに来ていたが、子供はジッとしていられないので船着き場で遊んでいるのだ。
トゥバラと仲良くなったのも子供の頃で、他の国の子供とも遊びを通じて少しずつ言葉を覚えていった。
オリビアの父親もそうやって言葉を覚えたと話していた。
昔を懐かしむように市場を回りこの日一日を終えた。
そして三日目を迎えた。
「――え? しばらく欠航、ですか?」
「あぁ。見てわかる通り、大時化で船が出せないんだ。これから数日間嵐になるから、お嬢さんも早めに戻って備えたほうがいいぞ」
聞いたのは船着き場にいた船頭だ。
天候が悪いからか、港には人もまばらだった。
「そんなっ!」
たしかに海は激しく波立ち、空は黒い雲がどんよりと覆い、風も強かった。
「明後日はどうですか?」
「うーん、嵐がこないことにはなんとも言えないなぁ。早めに抜けてくれれば、船は出せると思うがね」
オリビアも港町にいたからわかるが、嵐が抜けてもすぐに波は治まらない。
(はぁ……なんでこうなるの? 早くリュビーナに行きたいのに、なかなか行かせてくれないな)
とりあえず宿屋に戻り、宿泊の延長を頼むことに。
そして夜になると強風で窓がガタガタと揺れていた。
嵐が通っているせいか、大粒の雨が窓を強く打ち付けている。
外はうるさいくらいで、なかなか寝付くことができなかった。
そうなると考えてしまうのがイクシオンのことだ。
余計なことなど考えたくないのに、頭に浮かぶのはイクシオンのことだけだった。
あれだけ色々してもらいながら、何も言わずに勝手に出ていった自分に呆れていることだろう。
ようやく契約も終わったことだし、早く自分のことなど忘れて、違う相手と幸せになってほしい。実際、イクシオンは相手に事欠かない。
自分などイクシオンの人生において、ただの通過点にしか過ぎない。
そう思うのだが、イクシオンが自分以外の誰かを抱くのかと思うと胸の奥が重く締め付けられ、目頭が熱くなってくる。
イクシオンがこれからどうしようとも、オリビアにはすでに止める権利も縋る権利もないのだ。
(こんなことを考えるのはやめよう。私にはもう、手の届かない人なんだから……)
自分から無理やり契約を結び、そして終わると同時に飛び出してきたにも関わらず、こんなことを考えている自分が未練がましくて嫌になる。
嵐のせいもあり、眠れない夜は長い時間オリビアを苦しめ続けた。
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