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本編
お人好し 2
ハイネをリーゼに任せ、リアトリスは一人である場所へ向かっていた。
「陛下。お話があるのですが……」
中へと通されたが、アイザックは相変わらず顔を上げずに会話を続けている。
この男を動かすには、相応の対価が必要なのだ。
「なんの話だ」
リアトリスが周囲を見渡して、言い淀んでいると、察したようにアイザックが手を挙げた。
すると、周りの文官たちは一礼して部屋を出ていった。
「――それで、話とはなんだ」
「陛下に、お願いが、ございます……」
心の底からこの男に頼み事をしたくなかった。
聞いてもらえる可能性が極めて低いし、弱みを握られるようで嫌だからだ。
「願い? 言ってみろ」
「実は――」
それでもハイネのためだと、事情を簡単に説明した。
「その侍女の婚姻を破談にしたいということか?」
「……はい」
「侍女の婚姻など、どうでもいいことだろう。お前が俺にそれを願うこと自体、理解できん」
「――っ!」
これだからアイザックに言いたくなかった。
この男は愛だ恋だと信じるタイプではなく、スカーレットと出会うまで婚姻は義務的なものだと考えていた。
そんな相手に何をどう訴えても、響くものなど何もないのだ。
「陛下にご理解いただけなくても結構ですわ。ですが、私はどうしても破談にしていただきたいのです。そこで陛下にどうにかお力添えをしていただけないかと、お願いにまいりました」
「願うまでもないな。そんな我がままをいちいち聞くつもりか? 皇妃はそんなに慈悲深い人間だったか?」
「~っ!」
やはりこの男とはどこまでも分かり合えない。
怒りしか湧いてこないが、ここで引き下がってはハイネを救うことができない。
こういう相手には、感情に訴えても意味はないのだ。
「私は……慈悲深い人間ではありませんわ。そのようなこと、陛下が一番よくお分かりでしょう? 私はまだその侍女を手放したくないのです。――ですから、取引をしませんか?」
「取引? 何をするつもりだ?」
「陛下は私について知りたいことがあるのでしょう? もし、この婚姻を阻止してくださるのでしたら、私の秘密を教えて差し上げますわ」
腕を組んで、にこやかに笑った。
余裕を見せていかないと、足元を掬われてしまう。
「――はっ……ハハハッ! それが取引かっ……」
何が面白いのか分からないが、アイザックにしては珍しく笑っていた。
馬鹿にされているのかと思い、リアトリスは居心地が悪くなった。
「聞いていただけないのでしたら、このまま失礼させていただきますわ! 無駄な時間を取らせてしまい、申し訳ございませんでしたっ……ではッ!」
こうなるとは思っていたが、案の定予想通りで、話さなければよかったと後悔した。
アイザックの態度に憤慨し、くるりと踵を返す。
「待て。いいだろう……その話、乗ってやる」
「……はい? 本当、ですか?」
予想外な言葉をかけられ、振り返って腑に落ちない顔をする。
言われた言葉が信じられず、思わずアイザックに聞き返す。
「約束しよう。その代わり、もう言い逃れはできないぞ」
「……えぇ。わかっていますわ」
前世でも今世でも、こうして自分を追い詰めて、幸せを逃していくのだろう。
だがこれも自分の意思でやっていることで、誰かに強要されているわけではない。
リアトリスの覚悟は決まっていた。
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