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本編
希望の光
そしてしばらく走っていると、路地裏に続く細道で目的の人物を見つけた。
「待って! はぁ、はぁ……お願い!」
さすがに息が切れた。
だが、こうでもしないと見失ってしまう。
「え……? もしかして、ぼく?」
振り返った少年は、見た感じまだ六~八歳ほど。
細身でボロボロの服を身にまとい、髪はパサパサで身体は汚れ、パッと見は物乞いのように見える。
「そう、あなたよ」
「おねえ、ちゃん……だあれ?」
髪も洗っていないのか皮脂でダマになり、食べられていないのか目は窪んでいたが、瞳の色は珍しい杏色だった。
「私はリアトリスと言うの。あなたはこの辺りに住んでいるの?」
「……ううん。おうちは、ないんだ」
「ご家族は? お父さまやお母さまはいないの?」
「わからない……だれかに、つれて、こられて……きづいたら、ここに、いたから……」
悲しみと戸惑いが含まれた声で、俯いて話す男の子に、リアトリスの胸が締め付けられる。
「そうだったの。ねぇ、あなたさえ良ければ、私の所に来ない?」
「おねえちゃんの、ところ?」
しゃがんで視線を合わせ、穏やかな笑顔で警戒させないように話しかけた。
「えぇ。私の所に来て、一緒に暮らしてくれると嬉しいわ。あなたのご両親を捜す手伝いもするし、見つかるまで私が面倒を見たいの。ダメかしら?」
「どうして……ぼくなの?」
顔を上げた男の子の身体の線は細く、杏色の瞳は不安そうに揺れている。
今にも消えてしまいそうなくらい儚げだったが、リアトリスの目には全く違う風に映っていた。
「あなたはものすごい才能を秘めているわ! とても素晴らしいことよ」
そう……この男の子はアイザックに負けないほど光り輝いている。
たまに光を持つ人は見かけるが、ここまでの輝きを放てる人間は稀だ。
だから馬車を止めて、思わず追いかけてしまった。
「私のことが信用できないなら、孤児院に来てくれてもいいわ」
「こじいん?」
「えぇ、あなたのような子供がたくさん暮らしている場所なの。けれど、どうせなら私と一緒に来てほしいわ」
首をわずかに傾けてにこりと微笑んだ。
本人の承諾なく勝手に連れ去ることはできない。それをやってしまうと人さらいと同じになってしまう。
これは保護という意味も込められている。なのでどうしても「はい」という言葉がほしかった。
「おねえちゃんと、くらすの? で、でも、ぼく、その……やくに、たたないから……」
「そんなこと考えなくていいのよ。あなたはまだ子供なんだから、素直に甘えればいいの」
遠慮と戸惑いで揺れているのだろう。
もじもじしだした男の子がいじらしくて可愛い。
そして考える前に身体が動いていた。
「――あっ……!」
立ち上がって抱きしめると、驚いたように声を上げていた。
やはり身体が細くガリガリで栄養が足りていないことがよく分かる。
「ま、まって! ぼく、きたないよ……それに、よごれててっ……!」
「大丈夫、あなたは汚くなんかないわ。こんなに小さいのに、よく一人で頑張ってきたわね。すごく偉いわ」
切ない気持ちに涙が込み上げ、ぎゅっと小さな身体を抱きしめた。
「今度はその子供を育てるつもりか?」
背後から急に声をかけられ、驚きに身体が飛び上がった。
「――ひッ!」
急いで振り返ると、いるはずのない男が腰に手を当てて立っていた。
「陛下っ?! どうして、ここにっ……!」
まさかアイザックがついてきていると思わなかった。
「ずっと後ろにいたが、お前が気づいていなかっただけだ」
「で、ですが、先にお戻りになられたのかと……」
男の子とのやり取りをずっと見られていたのかと思うと、気まずい気持ちになる。
「俺が先に戻って、お前はどうやって城に帰るつもりだ? ここから歩くには遠すぎる」
「お心遣いは感謝いたしますが、町には乗り合いの馬車がございますし、誰かに頼めばどうにかなりますわ」
「前に絡まれたことを忘れたか。町は危険が多い。護衛騎士もつけず、お前のような女が一人でいたらまた狙われるぞ」
正論を言われ、言葉に詰まる。
自分はそれでも構わないが、そんなことを素直に話せば、さすがのアイザックも怒るだろう。
それに、この子を危険にさらしてしまうかもしれない。その点では、浅はかだったと感じた。
「……申し訳、ございません。私が浅慮でした」
素直に謝ったからか、それ以上口出しすることはなかった。
「それで、その子供を連れ帰るつもりか」
男の子を一瞥して話すと、男の子は怯えたようにリアトリスの後ろに隠れた。
リアトリスは庇うように男の子の身体に手を添える。
「はい。私が責任を持って面倒を見ますから、お許しいただけますか? この子はとても素晴らしい才能を秘めていますわ!」
アイザックをどうにか説得したくて、胸に手を当て必死になって訴えた。
「お前は、才能を見極めることまでできるのか?」
「――っ!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。善悪の区別があることは話していたが、才能のある者がわかることまでは話していなかった。
背中に一筋冷や汗が流れる。
だがすでに取り返しはつかず、どうにもごまかすことはできなかった。
「答えろ」
「……はい」
消え入りそうな声で一言だけ呟いた。
言わなくてもいい余計なことを言ってしまったが、この子を城へ連れ帰り面倒を見るには、アイザックの許しが必要になる。
避けられない結果だったのだと考え直した。
「いい情報が聞けた。許してやろう」
「……では、城へ連れ帰ってもよろしいのですか?」
「いいだろう」
機嫌が戻ったのか、僅かに笑みすら浮かべていた。
アイザックが笑うことなど珍しいのだが、その笑みにときめくことはなく、ゾクッと寒気を感じる。
(これでまた、利用される未来が確定してきたわ……)
リアトリスは深いため息を吐き、疲れと諦めを同時に感じた。
「待って! はぁ、はぁ……お願い!」
さすがに息が切れた。
だが、こうでもしないと見失ってしまう。
「え……? もしかして、ぼく?」
振り返った少年は、見た感じまだ六~八歳ほど。
細身でボロボロの服を身にまとい、髪はパサパサで身体は汚れ、パッと見は物乞いのように見える。
「そう、あなたよ」
「おねえ、ちゃん……だあれ?」
髪も洗っていないのか皮脂でダマになり、食べられていないのか目は窪んでいたが、瞳の色は珍しい杏色だった。
「私はリアトリスと言うの。あなたはこの辺りに住んでいるの?」
「……ううん。おうちは、ないんだ」
「ご家族は? お父さまやお母さまはいないの?」
「わからない……だれかに、つれて、こられて……きづいたら、ここに、いたから……」
悲しみと戸惑いが含まれた声で、俯いて話す男の子に、リアトリスの胸が締め付けられる。
「そうだったの。ねぇ、あなたさえ良ければ、私の所に来ない?」
「おねえちゃんの、ところ?」
しゃがんで視線を合わせ、穏やかな笑顔で警戒させないように話しかけた。
「えぇ。私の所に来て、一緒に暮らしてくれると嬉しいわ。あなたのご両親を捜す手伝いもするし、見つかるまで私が面倒を見たいの。ダメかしら?」
「どうして……ぼくなの?」
顔を上げた男の子の身体の線は細く、杏色の瞳は不安そうに揺れている。
今にも消えてしまいそうなくらい儚げだったが、リアトリスの目には全く違う風に映っていた。
「あなたはものすごい才能を秘めているわ! とても素晴らしいことよ」
そう……この男の子はアイザックに負けないほど光り輝いている。
たまに光を持つ人は見かけるが、ここまでの輝きを放てる人間は稀だ。
だから馬車を止めて、思わず追いかけてしまった。
「私のことが信用できないなら、孤児院に来てくれてもいいわ」
「こじいん?」
「えぇ、あなたのような子供がたくさん暮らしている場所なの。けれど、どうせなら私と一緒に来てほしいわ」
首をわずかに傾けてにこりと微笑んだ。
本人の承諾なく勝手に連れ去ることはできない。それをやってしまうと人さらいと同じになってしまう。
これは保護という意味も込められている。なのでどうしても「はい」という言葉がほしかった。
「おねえちゃんと、くらすの? で、でも、ぼく、その……やくに、たたないから……」
「そんなこと考えなくていいのよ。あなたはまだ子供なんだから、素直に甘えればいいの」
遠慮と戸惑いで揺れているのだろう。
もじもじしだした男の子がいじらしくて可愛い。
そして考える前に身体が動いていた。
「――あっ……!」
立ち上がって抱きしめると、驚いたように声を上げていた。
やはり身体が細くガリガリで栄養が足りていないことがよく分かる。
「ま、まって! ぼく、きたないよ……それに、よごれててっ……!」
「大丈夫、あなたは汚くなんかないわ。こんなに小さいのに、よく一人で頑張ってきたわね。すごく偉いわ」
切ない気持ちに涙が込み上げ、ぎゅっと小さな身体を抱きしめた。
「今度はその子供を育てるつもりか?」
背後から急に声をかけられ、驚きに身体が飛び上がった。
「――ひッ!」
急いで振り返ると、いるはずのない男が腰に手を当てて立っていた。
「陛下っ?! どうして、ここにっ……!」
まさかアイザックがついてきていると思わなかった。
「ずっと後ろにいたが、お前が気づいていなかっただけだ」
「で、ですが、先にお戻りになられたのかと……」
男の子とのやり取りをずっと見られていたのかと思うと、気まずい気持ちになる。
「俺が先に戻って、お前はどうやって城に帰るつもりだ? ここから歩くには遠すぎる」
「お心遣いは感謝いたしますが、町には乗り合いの馬車がございますし、誰かに頼めばどうにかなりますわ」
「前に絡まれたことを忘れたか。町は危険が多い。護衛騎士もつけず、お前のような女が一人でいたらまた狙われるぞ」
正論を言われ、言葉に詰まる。
自分はそれでも構わないが、そんなことを素直に話せば、さすがのアイザックも怒るだろう。
それに、この子を危険にさらしてしまうかもしれない。その点では、浅はかだったと感じた。
「……申し訳、ございません。私が浅慮でした」
素直に謝ったからか、それ以上口出しすることはなかった。
「それで、その子供を連れ帰るつもりか」
男の子を一瞥して話すと、男の子は怯えたようにリアトリスの後ろに隠れた。
リアトリスは庇うように男の子の身体に手を添える。
「はい。私が責任を持って面倒を見ますから、お許しいただけますか? この子はとても素晴らしい才能を秘めていますわ!」
アイザックをどうにか説得したくて、胸に手を当て必死になって訴えた。
「お前は、才能を見極めることまでできるのか?」
「――っ!」
しまった、と思った時にはもう遅かった。善悪の区別があることは話していたが、才能のある者がわかることまでは話していなかった。
背中に一筋冷や汗が流れる。
だがすでに取り返しはつかず、どうにもごまかすことはできなかった。
「答えろ」
「……はい」
消え入りそうな声で一言だけ呟いた。
言わなくてもいい余計なことを言ってしまったが、この子を城へ連れ帰り面倒を見るには、アイザックの許しが必要になる。
避けられない結果だったのだと考え直した。
「いい情報が聞けた。許してやろう」
「……では、城へ連れ帰ってもよろしいのですか?」
「いいだろう」
機嫌が戻ったのか、僅かに笑みすら浮かべていた。
アイザックが笑うことなど珍しいのだが、その笑みにときめくことはなく、ゾクッと寒気を感じる。
(これでまた、利用される未来が確定してきたわ……)
リアトリスは深いため息を吐き、疲れと諦めを同時に感じた。
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