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1.主人公からモブへ

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 そういや軽く自分語りしたけど、自己紹介がまだだったな。
 俺は柊木ひいらぎとう。あだ名はアカリ。小さい頃は中性的な見た目とあだ名から、よく女の子だと間違えられていたらしい。モブの自己紹介は要らない? あ、そう。


 退屈な授業も終わり、帰り支度をする。授業は真面目に聞いてりゃそれなりに面白いもんだけど、聞く気がないと時計とにらめっこするだけのつまらない時間だ。

 今日も一言も喋らなかったな。我ながら良い出来だ。モブの中のモブ。ベスト・オブ・モブの称号に相応しい。不名誉か。

 モブに成り下がってからというもの、俺の生活はというと、起きる→登校→授業(昼寝)→帰宅→ネットかゲーム→寝るというダメ人間生成プログラムみたいな決まった手順を踏んでいる。
 家に妹しか居ないから成り立っているものの、親が家に居ると間違いなく怒られる。そりゃもう叩き上げですよ、文字通り。
 両親が海外在住という初期設定に感謝しつつ帰路に着く。

 主人公だった頃は、毎日のようにヒロインとエンカウントするイベントが発生してた。今となっては懐かしい。そこだけ見るとちょっと羨ましくもある。
 だけど、それは自分で捨てた道だ。今更求めたって仕方ない。

 大人しくお家に帰ろう。
 ……そう思っていた時期が僕にもありました。

 校門前で佇む少女が目に入る。ヒロインその一、幼馴染の結城ゆうき紗衣さえだ。
 待ち人が俺じゃないことを祈りつつ目の前をスルーする。しかしまわりこまれてしまった▽

「ねえ灯、一緒に帰ろ」

 祈り届かず。神は居ないのか。日頃の行いのせいですねわかります。
 紗衣はバツが悪そうに手を後ろに組み、目を合わせようとしない。俺が威嚇するように睨みつけてるから当然だ。ガルルルル。

「今日これからバイトだから」

 俺は完璧な二つ返事を決めた。安易に「用事がある」なんて言うと、「何の用事?」と会話を続けられてしまう。
 バイトがあるから急いでますとアピールしつつ誘いを断る神ムーブ。伊達にここ数ヶ月ぼっちを貫いてきたわけじゃないんだぜ。因みにバイトなんてしてない。

「バイト、始めたんだ。知らなかった」
「ああ。じゃ、俺急ぐから」
「待って」

 華麗に立ち去ろうとした俺は、肩から提げていた鞄を掴まれてバランスを崩す。たとえ不自然でも走って逃げりゃよかった。

「バイト先まででいいから」
「……え?」

 どうしてこうなった。
 あ、ありのまま……今起こったことを話すぜ! 縁を切ったはずの幼馴染に話しかけられて上手い言い訳で切り抜けたと思ったら一緒に帰ってた。な、何を言ってるか分からねえと思うが、ホントどうしてこうなった?

 俺のやや右後方辺りで沈黙を通す紗衣。話すこともないのについてくるなんて、メンタルだけは一級品だな。俺は絶対話を切り出さねえぞ。
 というか、そんな余裕がない。本当にどうしよう。バイト先に向かう? いや無理だろ。バイトしてねえもん。

 あ、いいこと思いついた。
 このまま家に送ろう。そしてそのままバイト先(という名目に選ばれたのは近くのカラオケボックス。もちろんバイトは以下略)に逃げりゃいい。

 そのプランで行こう。俺頭良い。頭脳はそこそこ良い設定に感謝しかない。なんかさっきからクソ作者に対して感謝ばっかしてるな。俺は許してねえからな?

 アフリカゾウより重い沈黙に耐えながらひたすら歩く。何故アフリカゾウなのかって? 昨日ディス〇バリーチャンネル見てたからかな。アフリカゾウってゾウの中でも一番重いらしいぞう。その重さはなんと十トン以上。想像できないね!

 なんてくだらないことを考えていると、紗衣は再び鞄を引っ張る。なんなの? 会話ってそうやって切り出すもんなの? Excuse me.なの?

「なんで私のこと避けてるの?」

 はい来ました、俺的言われて困る言葉ランキング第二位!
 因みに第一位は「あんたの事なんて心配してないんだからね」です。絶対俺のこと心配してるし「お、おう」としか返せないから。

 だけど、第二位ならまだなんとか切り替えせる。はずだ。頑張れ俺!
 頭をフル回転させて言葉を捻り出す。

「避けてねえよ」

 おぉーっと在り来りな回答だー! しかも絶対嘘だこれー! 頭が良い設定は何処へ?

「嘘。絶対避けてる」

 しかも当然のようにバレたー!

「どうして? 私何か悪いことした? 気に障るようなことしたなら謝るから……」

 さらに俺の心を抉る追加攻撃だー! いやほんと勘弁してください。

「何もしてねえよ。俺には俺の事情があるんだよ」
「事情って? 私でよければ話聞くよ?」

 なんか段々と抜け出せない沼に自ら足を踏み込んでいるような気がしてならない。アスファルトが底なし沼に見えてきた。幻覚見えてますよ。

 話を聞くと言われてもな。「第四の壁の先を見たら俺たち創作だったらしくて、馬鹿らしいからモブになりましたーw」なんて言っても頭おかしい奴としか思われないし、余計に心配かけるだけだろう。最悪病院送りだ。頭の。
 そんなバッドエンドを回避すべく、言い訳を続ける。

「俺が解決しなきゃならないことなんだよ。紗衣に出来ることなんてねえ。俺のことなんてほっとけよ」

 ちょっと厳しすぎたか?
 だけど、紗衣の言葉だって所詮作り物だ。どう返そうが俺の勝手だろ。
 この優しさまでもが作り物だと思うだけで嫌気がさす。吐き気を催す。

「どうしてそんなこと……言うの……? 私はただ、灯の力になれればって……思っただけなのに……」

 紗衣は両手で顔を覆う。どうやら泣いてしまったようだ。
 俺だってこんなこと言いたくはない。だけど、ここで俺が紗衣を頼るということは、また憐れな道化に戻るということだ。

 決めたんだよ。全てを捨ててでも、誰を傷つけてでも、俺はくだらない物語の主人公なんかにはならないって。
 それでも、紗衣を見ていると「ごめん」と口から出てしまっていた。嫌な気分が心の中につっかえて、飲み込むことも吐き出すこともできやしない。最低の気分だ。

「私、灯のことが好きだった」
「……そうか」

 知ってる。というか、薄々感づいてた。
 だけど、それが決められたセリフだと知っている俺には、素直に受け入れることが出来ない。

「元の灯に戻ってほしい」
「ああ、だろうな」

 そりゃ当然だ。紗衣が好きだったのは、創られた俺だから。モブを好きになるメインヒロインなんて居やしない。

「引き止めてごめん。じゃあね」

 紗衣は逃げるように俺を追い越して走って行った。
 これでいい。これでいいんだよ。
 感情が揺さぶられるのも、引き止めたいと思ってしまうのも、思わず手が出そうになるのも、全てシナリオなんだ。
 だから俺は、それには従わない。
 幼馴染を傷つけてでも、俺はこのまま物語を終わらせる。
 それが俺のこの物語に対する復讐なんだから。
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