そうだ。奴隷を買おう

霖空

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対峙(退治)5

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 フェデルは目を見開き、それから何かを言おうとしたが、口を噤んだ。
 私の言うことが正しいからこそ、何も言うことができないのだろう。

 ふう、と息を吐く。
「言い訳をすると、私の能力の他の使い道が知りたかったんだ。あとはまあ現実逃避と、情報収集目的」

 なぜ私のダメなところをこいつに向かってフォローしなくてはならないのか。
 しかしこの言葉で、多少は、フェデルの痛ましげな表情が薄れた。

 そこまで自分を責めているわけではない、と言うことが伝わったのだろう。

「しかしこのままでは埒が明かない、と気付いた。目指すは自立。その為には外側にも目を向けるべきだと、そう思い立ったわけだな」
「なるほど。それは良い心がけですね」

 少し上から目線な気がするのが、気になるが、こいつなりに褒めてくれているのだろう。そこそこに受け取っておく。



「では、急に雰囲気が変わったのは……?」

 ん?雰囲気?ああ。

「雰囲気というか、態度が違うのは猫を被るのを辞めたからだな」
「猫を……?」
「ああ、つまりそれらしく取り繕うのをやめて、自分をさらけ出そう、みたいな」
「なるほど?しかしなんでそんなことを?」

 そんなこと、とは、猫を被ることなのか、取り繕うのをやめたことなのか、どちらのことなのだろうか。
 幾度待てど、それ以上の補足はない。それどころか、彼は笑みを深めるばかりだ。

 ……これは両方説明しろ、ということか?
 面倒な……。

「猫はまあ、それが女性らしいからだ」
「……と言いますと?」

 こいつは、いちいち深堀しないと気が済まないのか。態とぼかして言っているのだから、それを察して、ああ、なるほど、と引き下がってくれれば良いものを。

 私はフェデルを恨みがましい目で眺めながら話を続ける。

「そりゃあ、そのままの意味だよ。女性は女性らしくあるべき、だろ?」

 この、中世ヨーロッパらしき文化形態の国民なら分かってくれる。そう踏んで、言葉を会えて省いた。

「まあ、それはそうですね」

 ……と、予想通り、すんなり納得してくれた……かと思いきや、いや、と否定の言葉を投げる。

「そういえば主様は〝平等な世界〟からいらっしゃったんですよね?なら、その女らしい、やら、男らしい、やらに、囚われる必要もなかったのでは……?現に、男勇者様の中で閉じこもって部屋から出ない方もいます。かと思えば、勇んで訓練に参加している女勇者様もいらっしゃいます」

 なかなか柔軟な奴だな。自分たちの世界の考え方に囚われることなく、私の言葉から、こちらの立場になって考えられるとは。
 言うのは簡単だが、実際に行うとなるとなかなか難しいだろうに。

「その辺はまあ、私個人の思い込みのようなものだな。男は男らしく。女は女らしく。私のいた世界も、昔はそんな思想が主流でな……」
「それは……なかなか難儀ですね」

 何が難儀か、は聞かなくてもわかる。確かに……、難儀なのかもしれない。しかし私はそれ以外に生き方を知らないのだから、どうしようもないだろう。それに、

「悪いことばかりでもないぞ。そうやって大人しくしていたら、チヤホヤされるからな」
「あー、それは確かにそうでございますね」

 心当たりでもあるのか、うんうんと頷いている。
 そういう扱いは、得になると、分かってはいるが、好きではないから、なんとも言えない。
 微妙な顔をしていただろう、私に何を勘違いしたのか、フェデルは言う。

「だってほとんど何も言わずにずっと読書三昧ですからねえ。挙句の果てに、放置しておいたら食事にも湯浴みにも行きませんから、いつかぽっくり死ぬのでは?と気が気ではなかったですよ」

 ……。心当たりは無くはない。
 一度集中してしまうと、時間を忘れてしまうのだ。集中力がある、と私の中では誇り高き事案だが。

 ただまあ、迷惑をかけてしまったことも確かなのだろう。反省はしてないが。

「……その件はすまなかったな」
「いえいえ、気にしないでください」

 とりあえず謝っておくと、笑顔で許してくれた。謝罪の後にまたやると思うが、という言葉を心の中でつけたのを彼は気付いただろうか?
 ……まあ、気づいてなくても、実際にその現場に遭遇したら世話を焼いてくれるのだろう。その点は特に心配していない。


「それで……まあもうひとつの方だが、」
「取り繕うのをやめた理由ですね」

 今思ったがこいつ、なかなか相槌を打つのがうまい。話を引き出すのもそうだが、ちょうどいい間隔で私の言葉を反芻したり、補足をしたり、してくる。

 おかげで私ばかりが、胸襟を開いているような気がするが、まあいい。そのうちこいつには洗いざらい吐いてもらうからな。それまでの我慢だ。

「それは、そう大した理由でもないんだが、親しくなっておいた方がいい、と思ってな。仲良くするには隠し事は極力ない方がいいだろ?」

「親しく、ですか……?」

 親しくする理由が本気で分からない、と言ったような表情をしているな……。

 その辺を詳しく聞かれるのは私としても困る。親しくしたい、と言われたら、手放しに喜ぶものだとばかり思っていたが……。面倒なヤツめ。
 そもそも本来なら親しくしたい、と思うのに理由なんてなかろうに。それが友人というものなのでは?知らんけど。

「そうだ。とりあえずお前と親しくしておけば、この国のことが少しはわかる。あとは心細い私の相談相手にもなってくれるだろう?」
「別に無理に親しくしなくてもご命令とあればそれくらいしますが……?」

 良い理由かと思ったら直ぐに反論された。ふむ。面倒くさい。
 ……仕方ない。ここは情に訴えてみよう。

「それだと、寂しいだろ?」
「……え?」
「……こう見えても私はとても不安なのだ。異界の地で家族もなしに放り込まれる。分かるだろう?そんな奴が心置き無く信用できる相手を一人、作ろうとすることの何がおかしい?」

 自分で言っていて恥ずかしくなり、私はそっぽを向いた。背を向けていてもわかる。フェデルはこちらをじっと見つめ、見つめ……それから、立ち上がり、私の前に回りこみ、私の手を握った。

「おかしくないです!では私、誠心誠意、主様の心の支えとしてお務め致しますね!」

 と満面の笑みで言ってきたのである。……これもう落ちたんじゃね?
 いやいや、ここで気を抜くのは良くない。安易に目的を告げて、もしも警戒でもされたら、やばいことになる。だからここは焦らず、慎重に、ことを進めるべきだろう。
 時間はいくらでもあるのだから……。

 私は黙って握られた手を引き剥がす。すると彼は名残惜しそうに、自分の手を見つめた。しかしそれもつかの間。彼は改めて私の目を見つめる。見つめられて逸らすのも、なんだか負けたような気がするので、じっと見つめ返す。旗から見たら、想いあっている……ように見えるのかも知れないが、なんてことはない。ただ睨めっこをしているだけだ。
 旗から見ている奴もいない為、ここにあるのは、睨めっこをしている、と言う事実だけなのである。

 ただ、これ、何の時間なんだ?私が何か言うのを待っているのか?しかし、言うことは特にない。と言うか何も言えない。これ以上甘い言葉を吐くのは、精神上、宜しくない。
 その結果、彼が目を逸らすまで、じっと耐えることになるのだが……。そう長くないうちに、彼は目を細めた。
 そう、逸らすではなく、細めたのだ。

 然しこの際なんだっていい。目を細めたと言うことは、これはもう、彼の負け、と言うことでいいだろう。半ば強引に自分を納得させる。正直もう限界なのだ。ただでさえ、人の目を見るのは苦手だと言うのに、それが長時間、ともなると、要らない愛想笑いでも浮かべて、逸らしたくもなる。
 私は良くやった。意地とプライドだけにしては良く持ちこたえた。そんな言い訳をしながら、彼から目を逸らそうとすると、彼の口が動いた。

「確かに、大人しく女性らしい主様も素敵でしたが、今の主様のほうが、私は好きですよ」

 そう抜かすと、薔薇の様な笑みを浮かべた。

 ……なるほど。
 これは、なかなかの手練れだ。

 他人の弱さをさり気なくフォローする言葉。それにこの容姿。狙ってやっているのだとしたら……。いや、狙ってやってないほうが怖いか。なんやかんやで、天然が一番恐ろしいからな。
 然し残念。私はそんなことでは、絆されない。
 美人で巨乳で黒髪でロングならまだしも……。いや、それでも無理だな。

 人間不信度には自信がある。
 幼少期、月一で会う、祖父母が私を甘やかし、なんでも物を買ってくれるのが、怖くて、宇宙人か何かの仕業だと怯えていたから、筋金入りだろう。

 私はただ、
「そうか」

 と返すと、珈琲を口にした。まあ、しかし、その慧眼は評価してやってもいいかな。
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