そうだ。奴隷を買おう

霖空

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用意したく(容易支度)

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「はあ……」
 ため息をついて、椅子に座り込む。そこそこ勢い良く飛び込んだ所為か、最終体勢が椅子にもたれかかる形になったが、まあいいだろう。ここには、姿勢を正すべき相手もいないわけだし。

「お疲れ様にございます」

 フェデルは茶器に手をかける。

「珈琲で頼む」
「かしこまりました」

 彼はテキパキと珈琲を入れ始めた。

 さて。
 さて、これから、どうしようか……。
 このまま、現状維持で何もしない、と言う選択肢はなくはないのだが、折角決めたのだ。結局、何もしません。は、なんと言うか、味気ない……というか、格好悪い。そう、格好がつかない。
 だが、これさ、料理を学ぶのに、次は料理長の好感度を上げないといけないのか……?この世界は好感度ゲーなのか?

 まあ、この世界に限らず、世の中は好感度ゲーなのかもしれないが。
 ……となると、目的のためには、好感度が必要だ、と言うことか。

 ……はあ。

「そういえば、料理長が何故あんなに、私に対しての印象が、悪かったか分かるか?」

 駄目元で聞いてみる。これさえ分かれば、自分がそうしないように、気をつけることが出来るし、問題を解決することで、好感度アップの効果も得られるかもしれない。

「勇者様が料理について文句を言っていた、と言う噂がありましたね。その所為では?」

 いとも間単に、フェデルが答えたので、つい、動かしかけた手を止める。
 知っていたのなら、何故教えてくれなかったのか。聞かなかった私も悪いのだが、そんな八つ当たり的な感情が渦巻く。

 しかし、彼は優秀な執事だ。それは間違いない。そんな彼が重要そうな情報を、伝えない……なんて事があるだろうか?例え、私が急かしてきたとしても、それを止めて、伝えるくらいはするはず……。
 となると、

「それ、有名な話か?」
「結構大騒ぎになっていましたが、まさか、ご存じなかったのですか?」

 周知の事実だったらしい。
 騒ぎに私が気がつかないのは、今に始まった話ではない。小学生のときから、そういったことには疎かった。先生から告げられて、ようやくそんな事件があったのか、と気づくのが常だったからな。
 だからその点をどうにかしよう、とは思わないが……。ああ、やはり準備不足だったな、と。そう思うほかない。

「文句の内容は分かるか?」

 この一言で私が事件を知らなかった、と知ったのだろう。フェデルは顔をゆがめた。

「申し訳ありません」

 頭を垂れる彼に冷たい目を向ける。もっとも、下を向いている彼にはわからないだろうが。さっき結論を出した通り、問題は私のほうにもある。然しながら、それを口に出すのは、どうしても嫌だった。本来ならば、きちんと話をし、反省会なり何なり、したほうが良いのだろうが……。

 それは出来ない。私は彼の謝罪を鼻で笑う。

「謝られる覚えはない。そんなことよりも、さっさと内容を教えてくれ」

 我ながら、めちゃくちゃな言い分である。自分の非を認めたくないが為に、今までのことを、なかったこと、にしようとしているのである。
 そんな私の声を聞いて、フェデルはガバッ、と顔を上げた。それから私のほうを見て、じぃーっと見て、軽く頷いた後、目を細めた。

 ああ、これ、勘違いしてるな……。まあいいや。

「内容はこの料理に飽きた、だとか、コメを出せ、だとかそういったもののようですね。毎日様々な種類の、豪華な食事を戴いているのにも拘らず、しかもまだまともに働いていないような身分で、そのような物言いは、確かに私としましても、どうか、とは思いますが……ですが、それとこれとは別。そんなどこぞの馬鹿がやったことで、主様が敵視されるなんて、我慢なりません。明らかにそいつらとは違うでしょうに、勇者、と言うだけで一緒くたにしてしまうとは、理不尽極まりないです。あの料理長には見る目がありませんね。そうは思いませんか?」
「あー、そ、そうね」

 言えない。
 出されるトマト料理の数々に嫌になっていた、なんて。
 言えない。

 フェデルの言うことが正しいのは分かるんだが、純日本人の我々が、味の濃く、くどめの料理をずっと食わされて、耐えられるかどうか、と言うのも考慮していただきたい。私はそろそろ限界だ。だからこそ、料理をしたい、なんて言い出したのも、あった訳で……。
 まあ、確かに、世話になってる相手に、直接いちゃもん付けるのは、度胸あるなあ。と思うが。

 心情としては、若干勇者側に傾きつつある。それを、私はそんな人間ではない、と言われても、冷や汗しか出てこない。こいつは私の何を見て、そんなことを言っているのか。

 まあ、放置しておいても、悪いことにはならなさそうだから、放置一択だ。と言うよりも、この執事に何を言っても、無駄な気がする、と言うのが本音だ。

「しかし、どうすればいいんだろうなあ」

 私はぼそり、と呟く。あまり大きな声を出した覚えはないし、フェデルは料理長に憤るのに必死だったから、てっきり聞いていないものだと思っていたが、そんなことはなかったようだ。

「料理をする場所について、でしょうか?」
「そうそう。それと教えてくれる人も、だな」

 彼は、ふむ、と声を漏らし、顎に手を添えた。目を閉じたことによって、睫毛の長さが良く分かる。私よりも長いのは確実だろうな……。その点に関しては、強がりでもなく、羨ましくもなんともないが。
 数刻後、片目だけをわずかに開けた。

「そういえば、勇者様の中に、料理スキルをもっていらっしゃる方がいる、と聞いたことがありますね」

 ……ああ、なるほど。確かにありがちだが、その可能性は失念していた。そもそも、一緒に来た勇者について、考えたことがなかった。
 何人かは知らないが、まあ、あれだけ、うじゃうじゃいれば、そりゃ一人くらい料理人がいても、おかしくないか。

「じゃあ、そいつはどこで料理をしているんだ?まさか、あそこでやってる訳じゃないよな……」
「彼女専用の調理場が与えられた、と聞いています。彼女自身が、王様にその能力を示し、認められたことで手に入れたもの、だとか。現在はそこで、定期的に何かを作っては、城の者に配っている、と聞きます」

 よくあるパターンだと、この国にはない、あちらの世界の料理を作り上げ、まずは城の者に配ることによって、評判を集めていき、そしてあわよくば、食堂を経営して、大もうけ、と。それが狙いだろうか?

 話を聞く限りでは、あの料理長とは関係なさそうで、とりあえず一安心だ。
 そもそも、その彼女、とやらが、料理長と親しい関係にあるなら、勇者に対する悪感情は、少しはましになっていただろうし、彼女が私と同じように、あそこに突撃していたら、〝またか〟と言うような反応になっていた筈である。
 つまり、関係がないどころか、会った事すらない、可能性が高い。

 突撃して行ったあの中に、同級生がいた、となるといろんな意味で、面倒くさいからなあ。

「それで、その料理人がなんだ?」
「彼女に教えを請う……というのはどうでしょう?」

 念のため聞いてみると、予想通りの回答が来た。
 まあ、そうくるだろうな。話の流れ的に。

「却下で」
「……主様とその方は学友なのでしょう?ならば、頼み事もしやすいかと思ったのですが」
「因みに聞くが、そいつの名前は?」

 フェデルは不思議そうな顔をしながらも、口を開く。

「コナベ マギ、と言う方のようですね」

 もしかして、私とその勇者との仲が悪いのでは?と言う考えに至ったのだろう。彼は顔をこわばらせる。そんな彼の考えを否定するように、私は首を振った。それに気がつき、ほっと肩を撫で下ろすが、それはまだ早いだろう。

「仲が悪い、以前の問題だな。面識が無い所か、名前すら聞いた覚えが無い」

 フェデルの笑顔が凍りついた。
 ほら言わんこっちゃ無い。言ってないけど。

「が、学友なのでは……?」
「そうだな。共にある程度の時間は一緒にいたらしい」
「では話した事くらいはあるのでは?」
「あるかもなあ。覚えてないけど」
「で、では、すれ違ったことは……?」
「そりゃあるだろうけど」

 ふう、と息を吐いて、一呼吸置く。それだけの時間があれば、質問攻めにしていたフェデルも冷静になったようで。自分が食い下がるうちに、そのハードルが、とんでもなく低くなっていることに、気がついたようだった。
 追い討ちをかけるように、続ける。

「それだけだと、町ですれ違ったのと大差ない。つまり何が言いたいかというと、私の中では、この世界の住人に頼むのも、彼女に頼むのも、大差ない、という事だ」
「それならば、教えを請う相手が見つからない以上、彼女でも問題は無いのでは?」

 彼は必死そうだ。きっとそれぐらいしか、いい案が思いつかず、私が妥協してくれるように、と願っているのだろう。私のためを思ってくれているのだろうか?
 ……いや、私の我侭に振り回されるのが、面倒なだけだろう。
 まあ、そうだと気づいたところで、我侭を抑える気は、さらさら無いが。

「問題はある。彼女が果たして、生き物を殺せるのか?と言うことだ」
「……は、はぁ。然し彼女は、料理人なのでは?」

 フェデルは私の話を思い出したのか、納得しかけたが、自分の常識と掛け合わせて、どうしても疑問に思ったのだろう。

「そもそも、料理人はそちらの世界にも、存在するのですか?それとも、機械がすべて、やってくれるのですかね?」

 考えれば考えるほど、訳が分からなくなった、とでも言いたげな顔をしている。

「ああ、説明してなかったな。料理人は存在する。機械が料理を作ることもあるが、それは大量生産されるものだけだな。繊細な料理は再現できないし、何より、コストが掛かるから、一般家庭には普及してないね」

「なるほど、ということは、料理人は存在する、ということですね?そうなると各家庭には、料理人が一人、ついているのでしょうか?」

「いや、そんなことは無い。前の世界では、料理を機械が作る、までは行かなかったけれど、それでもいくらか調理が楽にはなってたんだ。例えば、ブイヨン?だっけ?あれの素とかあって、それを溶かすだけで完成する。肉は解体されたものが売られていた」

「ブイヨンと言えば、長時間煮込む必要があるのでかなり手間がかかります。それに、肉は解体されたものが売られているのですか……それは確かに手間が少なくなりますね」

 感心したように頷く。

「ということでそんなところで暮らしてたやつが、肉を解体できるか?と聞かれると、そんなことはないと思う……多分」

 彼女とは話したことがないからなんとも言えないが、名前からしても女性であることは確かだし、肉を解体できる、ってことはないだろう。料理好きとはいえ、そこまでやっていたらドン引きである。

「確かにそうですね。彼女が動物そのものを城内に持ち込んだ、という話は聞いていません。というか、彼女が作っているのはお菓子類が多いようです」
「それだと目的にそぐわないんだよなあ」
「確かに……」

 フェデルはふむ、とまたもや考え込んだ。そして顔を上げる。

「わかりました。この件は私に任せて貰えませんか?」
「なにか思いついたのか?」

 難しい顔をしながらも、こくり、と頷く。しかし、上手くいくまでは言いたくない、ということなのだろう。そういうことならこちらも深く聞かない。

 絶対的に成功するようなものでは無い……ということはこちらも別の解決方法を考える必要がありそうだ。

「では私は少し席を外します」

 彼はカップをチラリ、と見た。中身は相変わらず、殆ど、減っていない。

「御用の際は机の上のベルを鳴らしてください」

 では、と一礼して、フェデルは部屋から出た。
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