そうだ。奴隷を買おう

霖空

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好意内容(更衣ないよう)

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「やっぱり、ああいう主様の方が好きですよ。私は」



 室内でコーヒーを入れながら、色ボケ執事は、そんなことを抜かしやがった。



「そんなことより、勇者の飯についての仕事はしなくていいのか?」

「確かに女性らしくある、というのは必要なことかもしれませんが、それは自分を殺してまで行うことではないと思うんです」



 ……無視かよ。

 そこまでして、私に口説き文句を言いたいのか?



 おかしい。さっきまではきちんと、執事とその主、と表すのに適切な距離感を保っていた筈だ。それなのに、今はびっくりするほど、馴れ馴れしい。執事とそのご主人、と言うよりは、友人の方が、この扱いの名称として、しっくり来るような……。そんな感じだ。



 しかし、彼は仕事に私情を持ち込まないタイプに見える。

 執事という仕事に誇りを持ち、何があっても、あくまで執事としての一線を越えなさそう、というか。簡潔に表すと、〝ザ・プロフェッショナル〟みたいな。実際今まではそうだったわけだし、そうなると、彼を変えたきっかけが、なにか、ある筈。



 例えば、彼の本来の主人からの命令、とか、仮とは言え、一応ご主人である、私からの指示……とか?

 前者は、扱いが変わる前の今朝から、彼が他の人と接触した形跡が無いため、切っても良さそうだ。……となると私が原因になるが……身に覚えが無い。

 確かに仲良くしたい。とは言ったが、その後の……料理をしている時は、馴れ馴れしさは感じなかった。つまり、あれがきっかけではない、のだろう。

 それ以降……というか、恐らく調理中に何かあったと考えるのが、妥当なのだろうが……。



 うーん。

 分からない。



 馴れ馴れしく……と言うか、親密度が上がるのは、こちらとしても嬉しいのだが、内容が内容なだけに、鬱陶しいことこの上ない。

 そもそも、彼は私の自覚がないことの所為で、馴れ馴れしくなっているのだから、あまり手放しに喜んでいい状況ともいえないだろう。その勘違いの内容によるが、放置しておけば、後々に何か問題が起きるかもしれない。



 いや、なんだかんだ言っているが、鬱陶しいのが一番なんだよな。感情論だけで今すぐにでも、余計なお世話だ、と突っぱねたい。しかし、もう少し話して情報を引き出すのもありだ、と理性が言っている。



 ……きちんと話したほうがいい、よなあ。誤解を解くにしろ、穏便に対応したほうが、その後の関係の為にも良いだろう。

 つまり、情報を引き出す為の一言を考えたほうがいい、と。



 ふむ。



 ……。



 …………。



 ………………。





「で?勇者の飯の準備は?」



 考えたけど、思いつかなかった。

 というか思いつかなくもなかったのだが、話せば話すほどやぶ蛇になりそうで、無視するのが一番だと言う結論に至ったのだ。



 相手に何も思わせることなく、なおかつ情報を引き出せる回答なんて、都合よく思いつくはずもない。その手の誘導尋問が得意な、心理学者やら、警察ならまだしも、私は一介の学生である。

 寧ろ思いつかない要素の方が多いではないか。思いついたら、奇跡といっても過言ではないはずだ。いや、流石にそれは過言か。



「準備の方は問題ないです。主様が寝ている間に行いますので」



 二度も無視するわけにはいかなかったのか、しぶしぶ、質問に答える。



 寝た後、って……。

 そんな夜遅くに、行動するのか……。

 フェデルって、朝は私よりも早く起きているし、夜は私よりも遅く寝ているよな……。それが例え、気まぐれで、夜更かしや、早起きをしていた時ですら、である。

 一体、何時間寝てるんだ?いや、そもそも寝てるのか……?

 じっと見て見ても、彼の目の下に隈は無い。ショートスリーパーなのだろうか?



 まあ、この発言の所為で、一人になってこっそり、能力に関する実験を行う、ことが出来ない事実が判明したのだが……。

 はあ。

 いつになったら私は自由になれるのやら。

 例え、彼が準備で私から離れたとしても、それは短い間で、しかもいつ帰ってくるか分からない、と言う不安感も湧いてくるだろう。そんな中、満足に実験を行うことは、できそうも無いが、それでも、なんか少し悔しい。



「ところで、お着替えにならないのですか?」



 らしくも無く、じぃっとこちらを見てくる。料理をするために、動きやすい格好に着替えたから、そのことを言っているのだろう。

 今までの服はフェデルに頼んで用意してもらっていた。きっと彼のことだ。律儀に自分で選んでいたのだろう。何でもできそうだし、センスが無いから、ほかの人に任せていた。と言うこともなさそうだ。



 だからこそ、今まで着ていた物は、必然的に彼の好みの物、と言うことになる。

 私の見た目に関して言えば、眼鏡である事を除けば、そこそこな顔立ちはしている。スタイルも、胸こそ無いものの、足が長く、すらっとしていて、こちらも悪くは無い。



 つまり着せ替え人形としては、及第点のはず。そうなると彼としてはいつもの服装に戻って欲しいのだろう。彼の好みの格好だもんな。

 センスとしては悪くは無い。少し、フリルが多い気がしなくも無いが、まあ大人っぽい服装だ、と言える範囲内だろう。だから、〝そういう風〟を装うにはいい格好なのだが……。料理をする現状は、無駄だと言っても差し支えないだろう。



 そもそも自分の好みの服なんて、彼女にでも着せろよ、と思わなくも無いが……いないのだろうか?

 いないんだろうな。私の執事になっている、ということは。



 ……あ。そうだ。



「私に合うくらいのサイズの、男物の服を多めに用意して欲しい」

「え……?な、何故でしょう?」



 慌ててフェデルは言う。きっと今彼の頭の中は、自分が何か失態をしたのだろうか?と今までの出来事を、さかのぼっていることだろう。

 そんな彼に、私はにっこりと、微笑みかける。



「フェデルが言ったんだろう?ありのままの私でいて欲しい、と」



 む。と眉を顰めた。

 反論が出来ないのだろう。

 そりゃあ、そうだ。自分で言い出したことだもんな。



「し、しかし、男物……である必要はあるのですか?」



 せめてもの足掻き、とでも言うように、なおも食い下がってくる。



「ズボンで女物の服ってあるのか?フリルとかついてない奴で」

「……ない、かもしれないです」



 やっぱりな。



 今までは、何も出来なかった為、か弱さの演出に効果的かな、と黙ってきていたが、必要が無いなら、フリルのついた服なんて煩わしいだけだ。特に着たくも無い。



 この世界は中世ヨーロッパに近そうだから、それを基点に考えてたけど、貴族の女性は、何時しかに出会ったあのお姫様の如く、フリフリのドレスを着ていそうだし、庶民……村人とかも、長いスカートを履いていそうだな、と思っていた。



 強いて言うなら、女冒険者とか、女騎士とかが、私の要望の叶えられる格好をしてそうだが、彼らは彼らで、女冒険者はセクシーで露出した服のイメージが強いし、女騎士もフリルのついた鎧とか着てそうなんだよなあ。

 そんな、可愛くなりたーい!みたいな、浮ついた気持ちの無い、真面目?な方々は男装をしていそうだし。



 つまり何が言いたいかというと、男っぽい服を女性が着る……というのが余り世間的に浸透してない、というか、認められてない、というか。つまり製品として作るほどの需要はなさそう……なんだよな。

 知らんけど。



 そうなると、男物の中でサイズの合うものを見つけ出して探すしかなくなる。



「と言うことで男物だ。頼んだぞ」

「……はい」



 しぶしぶと言った形でフェデルは頷く。



 フェデルの鬱陶しい口説き文句を封じることが出来、なおかつ自分の要望を叶えられて、私は満足である。
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