そうだ。奴隷を買おう

霖空

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邂逅(病葉)3

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 さては此奴、女嫌いだな?

 そう考えれば、今までのちぐはぐな言動も、フォルちゃんから逃げ出したことも、納得がいく。私がさっき、手を握ろう、と思ったことも、だ。つまりは、こいつが私に好意を向けないことを、私は無意識的に感じ取っていたのだろう。でないと、いくら興奮しているからと言って、彼女もいない男の手なんぞ握れん。まあ、女性の手が握れるか?と聞かれたら、それはそれで別観点から無理なのだが。

 そうと分かってしまえば、話は簡単だ。
 残念ながら、フォルちゃんに協力することは出来ない。
 ……流石にな。フォルちゃんがどう、幼女がどう、という問題ではなく、そもそも女が嫌いなのだから、もうどうしようもないだろう。
 何故嫌いなのかは、知らないし、興味もないが。
 仮に私のことを好きな……男……まあ、フェデルがいるとして、誰に何を言われようと、私が彼を好きになることはないだろうし、好きになれと第三者に言われても、嫌悪感を抱くだけだろう。

 何とかできるとしたら、それは当人同士だけだ。他人が何かを言う問題ではない。

 とは言え、フォルちゃんとは関わりたいし、関わる以上は、何らかのムーブはしておきたいよなあ。嫌われないためにも。
 まあ、適当にこのまま話しておけば、体裁くらいは保たれるだろう。

 等と考えながらも、体は笑顔のまま
「あなたは神か!」
 みたいなことを言いつつ、ヤツカの手をブンブンと振っているのは、我ながら器用だと思う。逆にそれ以上のことは出来ない、ともいうが。

「ええと、キャラ崩壊してない?大丈夫?」

 流石に怪しまれたのか、困った笑顔のヤツカがおずおずと口を開いた。
 仕方ない。考え事はここまでにするか。

「なにをいいますか!私が長年悩んできた問題を、出会ったばかりの貴方が!一瞬で解決してくれた!これを奇跡と呼ばずに、何というのですか!」

 さっき迄よりも、より、大袈裟に、大きな声で言う。
 まあ、言ってることに嘘はないからな。大袈裟なだけで。

 ヤツカはと言うと、若干引いていた。その様子が愉快で、声により、熱が入る。

「つまり貴方は、神!天が私に遣わせてくれた……」
「あー、はいはい。うん。ごめん。俺が悪かったわ」

 両手を広げかけていた私の腕を抑え、強制的に下におろされる。
 ふむ。ここからが面白い所だったのに。

 と言うか、割と躊躇なく触ってきたり、私と会話を続けようとする辺り、あちらさんもこっちについて、勘づいてるのかもな。
 無意識的にか、意識的にかは、知らんが。

「ってかそんなに気に入ったなら、あげるけど」
「まじ?」
「お、おう、マジ」

 何という気前のいい奴なんだ。いや、これカップはやるから、大人しくしとけ、って事なのだろうか?まあ、カップ如きでは、大人しくなどしてやらんが。貰えるものは貰っておこう。

「んー。ありがとう」

 すとん、と椅子に座り、じっとカップを見つめる私を見て、何か思う事でもあったのだろう。
 ぼそり、と呟かれる。

「多重人格なのか?」
「AB型ですね」
「多重人格じゃん」

 いや、流石にそれは言い過ぎではなかろうか。
 そういう血液型で判断する風潮、私は嫌いだ。因みにB型も嫌いだ。

「えっと、では飲みますね」
「いや、別にいちいち言わなくても、勝手に飲んでくれていいけど……」
「入れてもらったので礼儀です」
「なるほど」

 と言いつつ、ますます分からなくなった、と言うような表情のヤツカ。
 こやつにどう思われているかは知らんが、受けた恩は忘れない質だぞ?私は。

 と、伝わりもしない反論を心の中でしながら、一口。


 ……結論だけを簡潔に述べるとするならば、美味かった。
 豆の芳醇な香りが……、いや、こういうのは、言葉を並べるだけ野暮だろう。


 ……これは、考えを改める必要があるかもしれないな。

 ふう、とゆっくり息を吐いた。

「……味は?」

 痺れを切らしたのか、先程から、刺すような視線で見つめていたヤツカが、身を乗り出す。
 さて、どう伝えたものか、と。私は慎重に言葉を選んだ。

「うん。良かったですよ」
「なんか上から目線だなあ」
「まあ、上から目線なのは勘弁してください。上からしか、物事を語れない性格ですので」

 なんだか、まだ納得いってないような様子で、此方をじっと見つめる。まあ、そうだよな。こちらもそれだけで終わる気は毛頭ない。

 んな「そうですね、まあ、味がどうこう言っても、伝わるものじゃないでしょうし、そういう事を言うのも苦手なので、気持ち的な話をします。とりあえず今までの態度を改めて、真面目に話そうかな、と思うくらいには美味しかったですよ」
「は?いや、ごめん。情報量多すぎる」
「いいですよ、ゆっくりお考え下さい」

 ヤツカが真面目に混乱しているのが、見て取れる。
 うん。面白い。
 いや、真面目に話そうと思ったのは、本気だぞ?あちらの態度次第では、包み隠さずに全部話してもいい。と思えてきたくらいだ。
 我ながら、どんだけ珈琲好きなんだよ、と思うが、思ってしまったものは仕方ない。
 私ですら、自分の感情の波に引いてるのだ。そりゃ、他人からしたらチンプンカンプンだろう。
 焦らせたら、流石に可哀そうだ。

「てか、今いう事?」
「それだけ珈琲が美味しかった、と言う事です」
「え?そんなに美味いの?これ」

 ジーっと、ポットの中の珈琲を見つめ、それから無言で、新しいカップを取り出し、珈琲を注ぐ。そして、嫌そうな顔をしながら、カップに口を付けた。
 中の液体物が、舌を刺激したであろう瞬間、「ブッ」と吹き出す。
 ギャグか。

「苦手なら、無理して飲まない方がいいですよ。嫌いな人は嫌いですからね」

 少し哀れに思えて、つい声をかける。
 その顔を見ているだけで、珈琲が苦手なんだ、と瞬時にわかるくらいには、渋い顔をしていた。
 うーん。勿体ない。こんなにも美味い珈琲が入れられるというのに、入れた本人がその味が分からないとは。

「こんなのが、美味しいという神経が理解できない」

 心の底からそう思っているのだろう、重さがそこにはあった。
 それ、言うのは構わんが、私おろか、自分の行動すら否定してることになるぞ?まあ、どうでもいいが。

 そんなことを、ボヤキながら、どこかから取り出した、大量のミルクと砂糖をドバドバ入れる。
 その姿は、流石に冒涜的だ、と言わざるを得ない。いや、そもそも、珈琲への冒涜云々の前に、食べ物として成立してるのか?あれ。あんなものを、摂取したら、健康を著しく害するんじゃないだろうか?

 いや、まあ、好きにすりゃいいが。自分で入れたものだしな。うん。

「あ、菓子あるけど、いる?」

 どんなものだろうか?と彼の手元を覗き込むと、まあ、軒並み甘そうなものばかりだった。流石にここで煎餅が出てきたりはしないか、と僅かに浮かんだ希望を打ち消す。

「いえ、甘いの苦手なので」
「ふーん、意外。……いや、意外でもないか」

 どっちだよ。
 言いながら、お菓子の袋を開けている。あんな甘い……牛乳だけじゃなく、菓子迄食うつもりか……。
 あまりにも美味しそうに、微かに茶色がかった白い液体を飲み干すものだから、もしかして、あれは美味しいんじゃないか?と思えてくるほどだ。

 ……なるほど?
 つまりさっき迄と、立場が逆になっただけだ、と。
 頭では理解できていたつもりだったが、実際目の当たりにすると、妙な気持ちになるな……。


「そういえば、問題が解決したような空気になってますけど、実のところ、何も解決できてないんですよね」

 ん?と、動きを止めるヤツカ。『また話を盛り返すつもりか』と言う恨みがましい視線を、感じないでもない。その点に関しては悪いとは思っている。話をめちゃくちゃにした自覚はあるからな。反省はしてないが。

「要は、これだけ沢山、珈琲がもらえるのはありがたいですが、飲むのに時間掛かっちゃうよー、って話でして」

 簡単に伝えると、今までのように悪ふざけしている訳ではない、と気が付いたようで、お菓子を運ぶ手を止め、顎に手を当てた。
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