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第1章
それは、あのこの笑顔から2
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二
アダムスと自分が関わることはないだろう。エミリはそうタカをくくっていた。しかし、日曜日のマリア会を終えた時、その考えが変わることになる。きっかけは修道院長の言葉だった。
「エミリ、この物資をアダムスさんのところに届けてくれる?」
お世話になった修道院長に手渡された包みを、エミリは勢いに負けて受け取った。
「喜んでやりますが、シスター、なぜ私に?」
「当然の質問ね。実はこの弱小修道院、人手が足りなくてね。最年少のマーサも、マリア会の跡片付け、帳簿付けと大忙しなの。」
「なるほど。予想はついていました…。」
「ごめんなさいね。あなたはつい最近まで修道院にいたから、頼みやすくって。行ってもも断られるだろうけど、そしたらドアの前に置いて帰ってくればいいから。」
ようは、修道院は村全体に平等に接し、誰も排除してはいないという形をしっかりととりたいということだ。修道院を出てからいろいろと事情を察することがあるが、今回もそうだった。
「わかりました。急いで行ってきます。」
「マリア会も手伝ってもらったのに、申し訳ないわね。頼んだわよ。」
院長はエミリの肩を撫でると、後片付けで忙しく動いているシスター達の方へ向かった。
そういうわけで、エミリは包みを抱えて森の家に向かっている。行くのは初めてだから、途中で総菜屋のおかみさんに簡単な地図を描いてもらった。森の賢者のところに物資を届けると言ったらとてもかわいそうなものを見る目をされた。
小川を渡り、樫の木を右に曲がり、さらに小川を渡ったところに、その家はあった。
「ここかな…?」
たどり着いたのは、自分が住む総菜屋よりも小さな家だった。小屋といった方が当てはまる。石造りで、外壁一面に蔦が這っている。屋根瓦にもところどころ雑草が生えていて、何年も手入れがされていないような外観だった。ガラスがはめられた窓があるが、明かりはついていない。
「時々いないって聞いているから、ベル鳴らして声かけて、いなかったら帰ろう。」
エミリは包みを抱えなおして、ドアに向かう。木製のドアはかなり古く、不思議な文様が彫られているのがうっすらと見える。蔦や苔に覆われた壁から垂れ下がっているベルのひもを、恐る恐る引っ張った。
チリリリリンとベルの音が涼やかに鳴る。しばらく待つが、応答はない。もう一度鳴らす。やはり返事はない。
「アダムスさん、こんにちは!エミリです。本日教会でマリア会があり、アダムスさんの分の物資をお持ちしました!」
窓の方に回って、声を張り上げてみる。返ってきたのは静寂だけだった。
「これはお留守だね。」
院長の言った通りにエミリは玄関へ戻り、包みをドアの前に置いた。かがんだ体を起こそうとしたときに、ドアに彫られた模様が再び目に入った。幾何学模様というのだろうか。
規則正しく模様が並んでいる。その中で、一部だけ違う模様だった。思わず手を伸ばし、模様を指先でなぞろうとした時だった。
「何をしている。」
低くてよく通る声に心臓が飛び上がる。
おそるおそる振り返って、エミリは目を丸くした。
そこに立っていたのは、びっくりするほど美しい男だった。彫刻のように彫りの深い顔立ち、深い紫色のまなざし。なにより目を引いたのは、長い銀髪だった。
険しい顔をしている男にしばらく見とれたエミリは、はっと我に返った。
「あ、あの、アダムスさんですか?」
「そうだが。」
「こんにちは、あ、はじめまして、アダムスさん。私は村のエミリです。今日、マリア会があったので、アダムスさんの物資をお持ちしました。」
早口でまくし立てるように言う。アダムスは無言でエミリに近づき、邪魔なものをどけるようにエミリを押しのけると、玄関のドアにカギを差し込み、開けた。
「わざわざ来てもらって悪いが、それはもって帰ってくれ。必要ない。」
言いながら自身の体を家の中に滑り込ませて、ドアを閉めようとする。
「あ、あの!アダムスさん。」
「帰ってくれ。」
ドアの隙間からこちらを睨んで、無情にもドアは閉まった。
普通の人だったら、ここで諦めるだろう。しかしエミリは違う。彼女は生まれ持った朗らかな性格で、今までの人生を切り抜けてきた。どのように振舞えば相手の懐に入れるのかを、経験で学んでいる。彼女は、目の前に現れたアダムスという森の賢者に興味津々だった。想像をはるかに超える美男子のことをもっと知りたい、とエミリは強く思った。
だから、エミリは閉ざされた扉を叩いた。
「アダムスさん、物資はもって帰りますから、お話をしませんか?」
「話すことなどない。」
「別にあなたを説き伏せようとか、仲間にしようとかいうことじゃありません。」
「帰ってくれ。」
「そうですね、そろそろ帰ります。でもほら、こうやって言葉を交わしているのが、もう“話す”ってことなんですよ。」
アダムスからの返事はなかった。経験上、あまりしつこくしても嫌われてしまうのがわかっていたので、エミリは言った。
「お届け物があるとか関係なく、また来ますね、アダムスさん。」
今度はもっとお話しできるといいな、と思いながら、エミリは小屋をあとにした。
ドアの内側では、押しの強い図々しい訪問者に戸惑う男が残されていた。
アダムスと自分が関わることはないだろう。エミリはそうタカをくくっていた。しかし、日曜日のマリア会を終えた時、その考えが変わることになる。きっかけは修道院長の言葉だった。
「エミリ、この物資をアダムスさんのところに届けてくれる?」
お世話になった修道院長に手渡された包みを、エミリは勢いに負けて受け取った。
「喜んでやりますが、シスター、なぜ私に?」
「当然の質問ね。実はこの弱小修道院、人手が足りなくてね。最年少のマーサも、マリア会の跡片付け、帳簿付けと大忙しなの。」
「なるほど。予想はついていました…。」
「ごめんなさいね。あなたはつい最近まで修道院にいたから、頼みやすくって。行ってもも断られるだろうけど、そしたらドアの前に置いて帰ってくればいいから。」
ようは、修道院は村全体に平等に接し、誰も排除してはいないという形をしっかりととりたいということだ。修道院を出てからいろいろと事情を察することがあるが、今回もそうだった。
「わかりました。急いで行ってきます。」
「マリア会も手伝ってもらったのに、申し訳ないわね。頼んだわよ。」
院長はエミリの肩を撫でると、後片付けで忙しく動いているシスター達の方へ向かった。
そういうわけで、エミリは包みを抱えて森の家に向かっている。行くのは初めてだから、途中で総菜屋のおかみさんに簡単な地図を描いてもらった。森の賢者のところに物資を届けると言ったらとてもかわいそうなものを見る目をされた。
小川を渡り、樫の木を右に曲がり、さらに小川を渡ったところに、その家はあった。
「ここかな…?」
たどり着いたのは、自分が住む総菜屋よりも小さな家だった。小屋といった方が当てはまる。石造りで、外壁一面に蔦が這っている。屋根瓦にもところどころ雑草が生えていて、何年も手入れがされていないような外観だった。ガラスがはめられた窓があるが、明かりはついていない。
「時々いないって聞いているから、ベル鳴らして声かけて、いなかったら帰ろう。」
エミリは包みを抱えなおして、ドアに向かう。木製のドアはかなり古く、不思議な文様が彫られているのがうっすらと見える。蔦や苔に覆われた壁から垂れ下がっているベルのひもを、恐る恐る引っ張った。
チリリリリンとベルの音が涼やかに鳴る。しばらく待つが、応答はない。もう一度鳴らす。やはり返事はない。
「アダムスさん、こんにちは!エミリです。本日教会でマリア会があり、アダムスさんの分の物資をお持ちしました!」
窓の方に回って、声を張り上げてみる。返ってきたのは静寂だけだった。
「これはお留守だね。」
院長の言った通りにエミリは玄関へ戻り、包みをドアの前に置いた。かがんだ体を起こそうとしたときに、ドアに彫られた模様が再び目に入った。幾何学模様というのだろうか。
規則正しく模様が並んでいる。その中で、一部だけ違う模様だった。思わず手を伸ばし、模様を指先でなぞろうとした時だった。
「何をしている。」
低くてよく通る声に心臓が飛び上がる。
おそるおそる振り返って、エミリは目を丸くした。
そこに立っていたのは、びっくりするほど美しい男だった。彫刻のように彫りの深い顔立ち、深い紫色のまなざし。なにより目を引いたのは、長い銀髪だった。
険しい顔をしている男にしばらく見とれたエミリは、はっと我に返った。
「あ、あの、アダムスさんですか?」
「そうだが。」
「こんにちは、あ、はじめまして、アダムスさん。私は村のエミリです。今日、マリア会があったので、アダムスさんの物資をお持ちしました。」
早口でまくし立てるように言う。アダムスは無言でエミリに近づき、邪魔なものをどけるようにエミリを押しのけると、玄関のドアにカギを差し込み、開けた。
「わざわざ来てもらって悪いが、それはもって帰ってくれ。必要ない。」
言いながら自身の体を家の中に滑り込ませて、ドアを閉めようとする。
「あ、あの!アダムスさん。」
「帰ってくれ。」
ドアの隙間からこちらを睨んで、無情にもドアは閉まった。
普通の人だったら、ここで諦めるだろう。しかしエミリは違う。彼女は生まれ持った朗らかな性格で、今までの人生を切り抜けてきた。どのように振舞えば相手の懐に入れるのかを、経験で学んでいる。彼女は、目の前に現れたアダムスという森の賢者に興味津々だった。想像をはるかに超える美男子のことをもっと知りたい、とエミリは強く思った。
だから、エミリは閉ざされた扉を叩いた。
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「別にあなたを説き伏せようとか、仲間にしようとかいうことじゃありません。」
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「そうですね、そろそろ帰ります。でもほら、こうやって言葉を交わしているのが、もう“話す”ってことなんですよ。」
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