あのこと添い遂げる方法

鷺沼ソロル

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第1章

それは、あのこの笑顔から4

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 エミリはそれから、一週間とたたないうちに再びアダムスを訪ねた。ベルが鳴って、アダムスを呼ぶエミリの声を聞いた時、アダムスは「また来たのか。」と、呆れと期待の混じった複雑な感情が胸に湧き上がるのを感じた。
「アダムスさん、お留守ですか。エミリです。」
 絶対にもう家には入れないとこの前心に決めたばかりなのに、体はなぜかドアに近づいていた。
「この前、おいしいって言ってくれた茶葉をまた持って来ましたよ。いっしょにお茶でもいかがですか。」
 ドアの前に立ったまま、アダムスは逡巡する。開けようか、どうしようか。
「お茶菓子は…すみません、あまりお金をたくさん持っているわけではないので、この前と同じお菓子は買えなかったんですが…。でも、これもおいしいと思います。」
 アダムスが家にいるのかもわからないのに話し続けるエミリに、彼はだんだん感心しはじめていた。
「別に他意はありません。ただアダムスさんとお話がしたいんです。いらっしゃったらお顔だけでも見せてくれませんか?」
 本当に顔だけ見て満足して帰るのだろうか。
「やっぱりお留守なのかな…。それか、出てくれないか…。」
 エミリがつぶやく。
「ちょっと手ごたえあったんだけどな…。嫌われちゃったか…。今日はもう帰ろう…。」
 すると、ドアがギイッときしむ音を出して大きく開いた。驚いてドアの前に立ちすくんでいるエミリの前に立ったアダムスの顔もまた、戸惑いと驚きの混ざった表情をしていた。
「アダムスさん、こんにちは!」
 先に口を開いたのはエミリだった。我に返ったようにアダムスはもごもごと返事をする。
「すみません、お取込み中でしたか?」
「いや、そうでは…。まあ、そんなところだ。」
 アダムスは上手く言葉を繋げることができない。彼は自分を叱咤した。ラパグ家の跡取りたる自分が、なぜこんな小娘ごときに言葉を詰まらせているのだ。そもそもなぜドアを開けた?「帰ろう。」と立ち去る素振りを感じた途端に体が勝手に動いた。彼女を早く追い返すなり、もう二度と来る気にならないように脅すなりすればよいのだ。それなのに…。
「入れ。」
 なぜ自分は再び家に招き入れているのだろう!
「ありがとうございます!お邪魔します。」
 エミリは嬉々として家に入った。炊事場を借りることを断っててきぱきとお茶を入れ始める。アダムスは諦めてテーブルの上を片付け始めた。
 その後はエミリと小一時間またお茶をした。話すのは主にエミリだ。修道院でのエピソードをエミリが話し終わった時に、少し沈黙が生まれた。黙って話を聞いていたアダムスが口を開く。
「なぜまた来たんだ?」
「なぜって、前回言いましたよ。また来ますって。」
「こちらからは来てほしいと頼んでない。」
「アダムスさんのことが知りたいだけですって。」
「この村の人間は、人のことを知りたいからと言って相手のところに何度も通うのか?」
「うーん、この村の人間に限ることじゃなくて、人間全般に言えることじゃないですか?あくまで私の意見ですが、相手を知りたい、仲良くなりたいと思ったら、ただ見ているだけじゃだめだと思うんです。毎日世間話でもして、そのうちお互いの趣味とか好きなものの話をして…。困った時はお互い様っていう考えで、お互いを助け合えたら、もう仲が良いって言えると思います。」
「それはお互いが仲良くなりたがっている場合に成立することだ。」
「もちろんです。私だけがそう思っていて、これは仲良くなる見込みがないな、と思う時もあります。そうしたら、世間話程度に留めます。」
 エミリは前回アダムスの好きなものなどを聞こうとしていた。それはつまり、そういうことなのだろう。
「相手の好きなものが分かったら、お前だったら相手に積極的にあげようとするということか。」
 目の前の紅茶を眺めながらアダムスは言った。エミリは不意を突かれたようになった後、
「そういうこと、ですね…。」
 と言いながら、少し顔を赤くして微笑んだ。
 アダムスは、いつまでも「二度と来るな。」と言えないでいた。もっと彼女と話してみたいという気持ちを自覚せざるをえなかった。自分が人間とは違うとよくわかっていたから、このまま仲良くなってしまったら、お互いにとって最悪の事態を招くことは想像に難くない。
 今日の別れ際に伝えようとアダムスは心に決めた。
 その後もぽつりぽつりとエミリの話は続いた。
「そろそろ、仕事に戻らなきゃ。じゃあ、また来ますね。」
 エミリが席を立つ。ポットとカップを洗って片付けるエミリの背中を見ながら、アダムスはこっそり深呼吸する。言うなら今だ。しかし、言葉が出なかった。
後片付けを済ませて、エミリが振り返る。彼女を険しい顔で見つめるアダムスを見て、エミリが困ったように笑う。
「こわい顔しないでくださいよ。やっぱり来るの、やめようかな?」
 そうだ、もう来るな。そう言おうとしたアダムスは、
「無理に菓子やら茶やら持って来なくていい。」
 まったく関係ないことを口にしていた。
「話を聞く限り、余裕のある生活ではないのだろう?変な気を遣わなくてよい。」
 しかも、エミリを気遣うようなことまで口走っている。
 エミリはぱあっと目を輝かせた。
「優しいですね、アダムスさん。」
 そうして目を細めて笑った。
 エミリが帰った後、ぽつんと小屋に取り残されたアダムスは、テーブルに肘をついて考え込んでいた。どんなにぐるぐると考えても、心に浮かぶ結論は一つだった。エミリの訪問を拒絶することは、できない。
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