あのこと添い遂げる方法

鷺沼ソロル

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第1章

それは、あのこの笑顔から7

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 エミリが再訪する数日前に、アダムスのもとに父からら連絡がきた。連絡用の小型魔鳥がくちばしを開く。可憐な青い小鳥の嘴から、父の声がする。
「やあ、ルート。達者にやってるか。」
「要点だけ話せ。」
「つれないな。息子の元気な様子を聞きたいと思うのはごく普通の親心だろう。薬草の研究もいいが、ほどほどにしてそろそろ私の仕事の方ももっと手伝ってほしいものだ。」
「説教なら切るぞ。」
「要件を話そう。ルートンジュ、お前の最近の交友関係についてだ。」
 アダムス、いや、魔族のルートンジュは沈黙した。父が、ルートンジュの住居の周りに監視の魔族を時々送り込んでいるのは知っていた。エミリが小屋に通っていることも当然知っているだろうと。
「人間の女の子…、村の人間か。ずいぶん仲良くなっているみたいじゃないか。」
 父親のジュイヴェール・ラパグは快活な口調で続ける。いつも穏やかな表情と口調の父だが、目がちっとも笑っていないことを知っている。きっとこの小鳥の向こうでも、顔は笑っているが目は鋭いのだろう。
「お前の家に何回も来ているだろう?」
「何が言いたい。」
「生気を提供してくれているだけなのなら、まだ良い。しかし、その他の意図で会っているのであれば、放っておくわけにはいかないという話だ。」
 純血の魔族であるルートンジュに、必要以上に人間とかかわるなと釘を刺されたのだ。
「結局のところ、あの娘さんはどちらなんだ?」
 “どちら”とは、ルートンジュの気持ちを聞いているのだ。父に尋ねられて、ルートンジュは逡巡する。彼女となぜ会っているのか。それは何回も自分に尋ねてみたことだ。
「お前が考えているようなことはない。要件はそれだけか。切るぞ。」
 ルートンジュは魔鳥の嘴に触れて会話を終了させた。
魔鳥は役目を終えて、テーブルの上をぴょこぴょこと無邪気に飛び跳ね始める。
父の高慢な態度に反吐が出そうになった。自分のことを心配しているのだろうが、あの男に心配されるのは不愉快だった。その理由は、父の素行に関係している。ジュイヴェールは、ルートンジュの母親以外にも愛する女がいた。人間の女だった。ジュイヴェールはその女の方にばかり構って、小さな家を建てて与えていた。女との間に生まれた兄と一緒に、その家で普通の三人家族のように過ごしていた。ルートンジュと母親を本邸に置き去りにしたままで。ルートンジュの母親はプライドの高い女だった。夫の不貞と不誠実な態度に、彼女の精神は不安定になり、夫はもちろん、ルートンジュにも冷たく接した。母親を思い出すとき、氷のように冷たい目と、ヒステリックな泣き声が思い出される。もう少し母親を大事にしてほしい、と父親に訴えたことがある。しかし、その訴えによって状況が改善されることはなかった。父への拭えぬ不信感は根深い。
ルートンジュにとって、エミリは何なのだろう。生気を奪うために会っているわけではない。エミリのくるくるとよく変わる表情。抑揚をつけて豊かに紡ぎだされる友達や村の話。一日に会えるのは小一時間程度だが、この時間がもっと続けばいいと思っている。
このことをジュイヴェールに言うことなどできない。彼はルートンジュに興味がないと思いきや、子供の利益のためには手段を選ばない人だということを知っている。父にこのことが知れれば、ルートンジュのためにエミリは排除されるかもしれない。
 ルートンジュは、エミリに惹かれていることを自覚した。同時に、お互いの運命が交わるべきではないことを再度認識した。いつか彼女から離れなければならない。
 だから、エミリが久しぶりに再訪した時、話の流れで彼女を拒絶したのは、ルートンジュにとっては転機になった。近々、荷物と薬物のデータをまとめてこの地を去ろう。今度は、絶対に人が住めないような土地に住もう。魔族の寿命は、人間の何倍もある。エミリのことは、時が経てばきっと忘れるだろう。今まで、ずっと一人で生きてきたのだ。ひとりぼっちには慣れている。
エミリを拒絶した次の日、ルートンジュは箪笥の中のものをかき分け、カバンを取り出した。取り出した拍子に衣類やらなにやらが一緒にバサバサと転がり出る。
その時、チリリリリンと呼び鈴が鳴った。
 ルートンジュはぎょっとしてドアを振り返る。
「アダムスさん、エミリです。」
 ルートンジュは、箪笥の惨状もそのままに、ドアの方に走り寄った。ぶつかるような勢いのまま、ドアを開ける。
「ア、アダムスさん?」
 そこには、エミリがいた。呼び鈴を鳴らした手もそのままに、目を丸くしてルートンジュを見上げている。呆けたようにエミリを見つめるルートンジュをしばらく見つめて、エミリが微笑む。
「すみません、また来てしまいました。」
 そう言われた途端、体が勝手に動いていた。
両腕をエミリの体に回し、きつく抱きしめる。エミリの首筋に顔を埋めた。エミリの髪の香りだろうか。ローズマリーの精油の香りがした。エミリはびっくりして、身を捩る。
「アダムスさん!どうしたんですか?ちょっと!く、苦しいです。」
 ハッとして、ルートンジュは両腕の拘束を解く。
「すまない。」
 エミリは、ふう、と息をついて、アダムスを見上げ笑った。
「昨日の話の続きをしに来たんです。あんな話で、はいそうですか、なんて納得できません。アダムスさんのことや、お家のことをもっと教えてください。」
 エミリは、ルートンジュの手をそっと握った。
「何か事情があるんですよね。私にできることがあったら、お手伝いしたいんです。」
 彼を見つめるエミリの目は、少し充血していた。昨夜はあまり眠れなかったのだろう。ルートンジュは、潤んだエミリの瞳から目を離せない。
「アダムスさんとお別れなんてしたくありません。あれが最後なんて嫌です。わたし…。」
 彼女の手に、ぎゅっと力が入る。
「わたし、アダムスさんが好きです。」
 ルートンジュは、何かを言おうとして口を開き、また閉じた。エミリは、えへへ、と照れ笑いをする。
「そういうわけで、また一緒にお茶をしたいんです。もっと一緒にいたいんです。」
 エミリが、ルートンジュをふわりと抱き締める。胸に耳を押し当てるようにして、彼の弾む鼓動を聞く。彼が魔族でも人間でもいい。ここに、こうして生きている。そういう彼を好きになった。それでいいじゃないか。エミリはそう思った。
 ルートンジュは、経験したことのない感情に襲われて、言葉を出せないでいた。腕の中にすっぽりとエミリが収まっている。その髪から、ローズマリーの香りがふわりと漂ったのを感じた時、彼はたまらなくなった。
「エミリ。」
 エミリがぱっと顔を上げる。
「初めて名前を呼んでくれましたね。」
 嬉しそうに綻んだ唇を、彼は、己のそれでそっと塞ぐ。彼女は拒まなかった。ルートンジュの背中に回した手で、服をぎゅっと掴む。
 一度唇を放しても、名残惜しかった。至近距離で見つめ合い、吸い寄せられるように再び口づける。角度を変えて三度、四度と重ねるうちに、自然とエミリの唇が薄く開いていく。その隙間からルートンジュは舌を潜り込ませ、エミリの舌を吸い、絡ませ合い、咥内を蹂躙した。離れた唇を透明な糸が結び、ぷつりと切れた。
「俺も好きだ。」
 熱い吐息を吐きながら告白する。エミリは目を丸くした後、やったー!と声を弾ませて、ルートンジュの首にしがみついた。彼女の軽い体を抱いたまま、ドアを開け、彼は小屋の中に身を滑り込ませた。
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