最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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8:満ちる潮のように1

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 少し慣れたのか、テリッツと二人きりになっても体が緊張しなくなった。
 体調を崩していた日からしばらく夜会も遠慮していたが、皇子も招待されている侯爵家のパーティーにはパートナーとして出席しなければならない。
 その日までに学院で数回、皇宮に一度、お勤めの父についていってテリッツにお会いすれば、なんとか前世のこの頃の記憶も思い出して笑えるようになった。

 しばらく様子がおかしかったミズリィを、テリッツは心配していた。表向きは。

「お手を」
「ありがとうございます」

 皇宮からの馬車にふたりで乗って、夜会が行われるリックファー侯爵邸にたどり着く。

 馬車の紋章に、前庭で降車してたくさんいた出席者全員の目が向いて、降りてきた皇子と、その婚約者が注目された。

 皇子の装いは、皇太子のそれだ。赤いコートに金のモールとボタン、白いズボンとブーツ。
 ミズリィはというと、ワインレッドのビロードとシルクのドレスに、真珠の髪飾りと大きなダイヤの首飾り。
 いつものことだ。ずっとたくさんの好奇の視線を浴びていて、何も思うことはない。

 それよりも、テリッツの表情だ。
 微笑んでいるけれども、薄い水色の瞳は感情がない。

(こんなお顔をしていらっしゃったのね)

 ミズリィが気づいていないだけで、ずっと。
 胸が痛い。けれど、それを隠して笑う。
 こんなこともできるようになってしまった。

 腕を組んで歩き、会場のダンスホールに入る。

「ようこそいらっしゃいました!テリッツ・ロンダミオ殿下、ミズリィ嬢」

 入ってすぐにすぐに笑顔を見せたのは主催者の侯爵だ。
 人のいい、少し気弱そうだけれども気品のある初老で、鼻の下に整えたひげが並んでいる。

「お招き感謝します、侯爵」
「ごきげんよう」

 一言二言言葉をかわし、会場の真ん中へと歩いていく。
 この侯爵邸のホールは国内でも1、2を争う優美さだ。
 すべて大理石でできた床と壁、シャンデリアの豪華さ、天井には天才と名高い画家の、聖書から取った名画。隅々まで金色の装飾に飾られ、まばゆく美しい。

 テリッツが、また、と耳元で呟いて、ミズリィは頷いて腕を離す。
 途端にわっと人が集まってきた。

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「お会いできて光栄です」
「ペトーキオ様」
「お父様はお元気で?」
「学院では妹が――」
「以前は我が娘が――」

 覚えている限りの貴族たちの相手をひと通り終えて、ふと周囲に人が少なくなった瞬間に、

「ごきげんよう、ミズリィ嬢」

 柔らかい声とともに、背の高い女性が現れた。

「……メリー嬢?まあ」
「そんなに驚かないでくれ、恥ずかしい」

 濃藍色の、やや重めのドレスの彼女は、昼に学院で会ったときと雰囲気が違う。

 濃い茶色の髪をゆるく結い上げ、ダイヤだけの髪飾りで留めた、大人っぽい髪型と、ほっそりとした輪郭にくっきりとしたメイク。

「とてもきれいだわ、素敵よ」
「恥ずかしい。あまり着たくはなかったのに父が……」

 ぶつぶつと文句を言いながら、頭に手をやって顔をしかめた彼女は、普段は化粧もせず男装をしている。
 騎士の家系に生まれて、彼女も当然のように騎士を目指している。

「ねえ、素敵よねえ、メリーったら」
「うわっ気配を殺すなオデット!」

 ひょいとメルクリニの影から出てきたオデットは、やや質素な薄紅のドレスで大きな真珠のネックレスをしていた。家宝らしく、いつもパーティーには付けている。

「まあ、オデットも。今日はお父様と?」
「ええ」

 少し眉をひそめるオデットだったが、すぐにいつものけだるげな表情に戻った。

「あちらに行きましょう?喉は渇いてない?」
「そうね――」

 ようやく、友人に囲まれてほっとした。

「そういえば、今日はフラワーデン公爵夫人がいらっしゃいましたね」

 飲み物をウェイターから受け取り、ホールの端の方へと身を寄せる。相変わらず視線が追ってくるけれども、今のところ強引に友人たちとの語らいを邪魔する人はいないようだ。

「お相手はいつもの?」
「ああ!ポラスティン副団長だ!」

 メルクリニがぱあっと顔を輝かせた。
 メルクリニは剣が随一という副団長に強い憧れを抱いている。
 公爵夫人の遠縁で、騎士団の副団長。二人の関係はたくさん噂があるが、実のところは社交界が大好きで仲がいい親戚程度だというのは知っているものは知っていた。

 そうして、この会話をミズリィにするということは、もうひとつの公爵家の縁者は来ていないということだ。

「フラワーデン公爵夫人は侯爵様のお従姉ですものね」

 ミズリィも、さすがに貴族の家系や関係は覚えている。
 第一皇子と、ペトーキオ家、そしてフラワーデン家が揃えば、さすがに帝国公爵家家門の最後のひとつにして敵対勢力――ノプライアン公爵家のゆかりのものはこの夜会には招待されていないということだ。

 ノプライアン公爵家は、実のところあまり社交界では歓迎されていなかった。
 一族そろって傲慢で、マナーが悪い。

 そして、ペトーキオ公爵家に敵対している。
 というより、ペトーキオ家が皇家の覚えがめでたいのを妬んで、何かにつけて対立しようとしている。

 ミズリィが生まれ、テリッツ皇子との婚約が決まりかけたときが一番ひどかった。女子の養子を3人も迎え、翌年には3人いる夫人と、複数の愛人までもが全員身ごもった。
 今では養女は1人だけ籍があり、離縁した第3夫人と愛人たちとの慰謝料、そして子供の親権と養育費で揉め続けている。

(お会いしたくないのは確かだわ……)

 前世でも、不快な思い出しかなかった。公爵本人もだが、長子で同い年のオーガスト・ノプライアンは、ミズリィに嫌がらせを積極的にしようとして、いつも周りを騒がせていた。
 第一皇子の婚約者で公女のミズリィに害を及ぼそうものなら、公爵一門だとしても罰は免れない。実際2度ほど言い訳もできない事態に陥って、謹慎処分という罰が皇家から下されていた。

 そのオーガスト・ノプライアンだが、聖オラトリオ学院には入学できず、別の学園に通っているため――これも社交界でとんでもない騒ぎになったということだけれど――日常的には顔を合わせないのは幸運だった。

(この夜会は、さすがに主催がリックファー侯爵様ですから、前世でもノプライアンは来なかったわね。……あら?)

 ふと、気がつく。

「今日の素敵なドレスはどうなさったの? メリー」
「ん、これか?これはお母様のを頂いた。少し仕立て直せば今でも使えると、急遽あつらえてくださった」

 微妙に顔を歪ませて、メルクリニにはドレスの裾を引っ張った。
 彼女はドレスやワンピースなど、女物が苦手らしい。小さな頃から騎士に混じって剣を振るっていたため、自分が着るものではないと思っているらしい。

「まあ、美しいのに、変な顔をするのね。台無しよぉ」
「うるさい。その、お母様のお気遣いも嬉しかったが……褒められるのは苦手だ」
「お父様が着なさいとおっしゃったの?」

 騎士団の副団長の肩書きを持つメルクリニの父、ハウスグレン子爵は、厳しい騎士として有名だが、家族には顰め面をしながら毎日食事は必ず一緒にするような、そんな家庭的な人だ。娘や、もうひとりいる息子にもどちらかというと甘やかすようで、メルクリニなんて、淑女の道を捨てて剣を選んでも、特にお叱りはなかったそうだ。

 それが嫌がるメルクリニにドレスを着させてパーティーへとは。

「……どうも、私がポラスティン様に懸想をしていると勘違いしているらしい」

 疲れたように、メルクリニは垂れていた髪をかきあげようとして、はたと手袋に包まれた自分の手を見て、眉をひそめた。

「ただの憧れだというのだが、妙な気を回して、今夜ポラスティン様がいらっしゃるとどこからか聞いたみたいで……」
「まあ、メリーはいい娘さんね!」

「だろう? 誤解だといったのだが、逆にポラスティン様のいかに男気があり、お強く、騎士として素晴らしいかを延々話されて……聞き入ってしまい」
「ふふふ、可愛らしいご家族ですわあ」

 オデットは酒でも飲んだのか頬を赤らめてうっとりと笑う。そういう表情は大人のようだ。

(……前世では、どうでしたかしら)

 もうだいぶ昔のことで、忘れそうだけれども……おそらく、このパーティーで、メルクリニがドレスを着たことはなかったはずだ。

 メルクリニのドレス嫌いは筋金入りで、数年後の学院の卒業式にも嫌がって剣士の格好をしていた。
 唯一彼女のドレス姿を覚えているのは、なにか大きな皇家の行事で参列したときで、それはさすがに厳命が下って渋々着飾っていた。

 その時のドレスは、細かいところは違うけれど、今目の前で彼女が着ているそれではなかっただろうか。

(そうだわ、あのときも美しくて、イワンたちも素敵だと言っていた)

 メルクリニのドレスを着るタイミングが違う。
 どうしてだろうか。
 これは、どういうことだろうか。

「――ミズリィ?」
「ミズリィ?どうした?顔色が悪いぞ」

 考え込んでいたらしい。
 気を使うようにメルクリニとオデットが顔を覗き込んでいた。

「あ、いえ、平気よ――」

 なんとか返事をして、気晴らしに新しい飲み物をと、ウェイターを探して目を会場に向けたときだった。

 突然、ブワッと肌がざわめいた。

 感覚的なものだ。視界には人々が談笑する姿が写る。……いや、何人かが、話をやめてきょろきょろとあたりを見回している。

「なぁに?」

 オデットも、気づいたらしい。メルクリニは気づかないようで、突然様子が変わったミズリィたちを不思議そうに見ている。

 そうして、また。
 今度はざわざわと空気が震え、一緒に、

「――ってしまえッ!」

 甲高い、小さな女の子の叫びだ。

 それがホールいっぱいに響いて、それを合図かのように、どこかで大きな破裂音が聞こえた。

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