最強令嬢の秘密結社

鹿音二号

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32:ミズリィ、予言する3

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結局、みんなに教えられながら、時間が来てしまった。

「申し訳ないわ……」

自分のことでたくさんの時間を使わせてしまった。
勉強会と言いながら、最初のちょっとだけ取り組んだだけだった。
会話が途切れた頃、店の人を呼んでどっさりとお茶とお菓子を持ってきてもらった。
今は温かいお茶とともに、ほとんどとりとめのない話になっている。

「まあまだ時間はあるもの。このあとがんばればいいのだわぁ」
「もっと大変な問題が出てしまったけれど」

じろ、とアリッテルに睨まれたら、言葉もない。

「むしろ、今聞いておけて良かったじゃないか。春に何も身構えず青くなって頭を抱えていたかもしれないと思うと……」

ぶるっ、と大げさにイワンは身震いしてみせた。

「それに、ミズリィも。早くに打ち明けて、すっきりしておいたほうが良かっただろ?試験にだって全力で取り組めるだろうし」
「が……がんばりますわ」

何か、重いものを言葉に感じて、頷いた。
試験も、ここまでしてくれた友人たちに申し訳なくて、すこしは成績を上げないといけない。
イワンは少し考えて、

「そうだな……ミズリィ、お節介かと思うけど、やっぱり言っておくよ」
「なにかしら」
「今のガヴァネスは、やめたほうがいいと思う」
「……たしか、合わない、とか」
「そうだね。人に教える実力があるかどうかは見たことがないから言わないけど……ワトリット男爵夫人は、君のことを、頭が悪くてどうしようもないと言いふらしてる」
「な、……」

スミレがびっくりしてイワンを見つめた。
ミズリィは――男爵夫人のそれがさすがに好意からくる言葉ではないのは分かる。けれど、それをミズリィに明かしたイワンの考えが分からなかった。

「不都合なことがありますのね?」
「仮にも貴族の端くれで、しかもはるか立場が上の令嬢に教える気構えがなってない。君が、その、ちょっと勉学がうまく行っていないのは知ってる人も多いが、それをどこでも言って回って……それを自分が教えてやって偉いって、そういう自己アピールさ」
「たまたまご自分が選ばれたからって何を勘違いしてるんですかその人は!」

めずらしくスミレが目を吊り上げて怒っている。
ガヴァネスに怒りはあるけれど、スミレを見ていると、なんだか冷静になってしまったミズリィだった。

「ふふふ」
「ミズリィ様!?笑っている場合では……」
「いえ、男爵夫人のような人にどうこう言われても、わたくしが公爵令嬢なのは変わりませんわ」
「は……」
「さすが。貴族の中の貴族。ミズリィ・ペトーキオ公女だ」

イワンはパチパチと手を叩いてみせる。
スミレはすこし顔を赤らめてうつむき、アリッテルは彼女とミズリィの方を驚いた表情で何度も見ている。
オデットとメルクリニはどこか満足そうにお茶を飲んでいる。

「ですが、そうね……彼女には公爵家の出入りを禁じることにしますわ。お父様に相談します」
「そうだね。それで……代わりのガヴァネスは、」
「それなんですけれど、紹介したい方がいるんです」

スミレがにこりと笑った。

「私の先生です」
「まあ、先生がいらしゃるの?」

オデットは興味深そうだった。

「はい。私が学院に上がれたのはジェニー先生のおかげです」
「私塾の先生といったところかな。君のお墨付きなら、僕がどうこう言うのも野暮だな」

イワンもさっきと比べて気楽そうにお菓子を口に放り込んだ。

「僕も候補はあったけど、スミレほどの人物を教えたひとには敵いそうにない」
「やめてくださいよ……」

また頬を赤くして、スミレはカップに口をつけた。

「しかし、この店は本当に良いな」

メルクリニが、カップを飲み干してふうと息をつく。

「茶も菓子もうまい。それにあれほど騒いだのに伺いに来なかったな」
「そうだね、店には色々含めておいたけれど、こうやって適度な距離を置いてくれるとは」

イワンも満足しているようだ。

「なんで流行らないのかな。オーナーたちに変な経歴とかがあるわけじゃないし、パティシエはかのホテル・アルテミスの料理人だったし」
「まあ!?あのアルテミスの!」
「わたくしも行ったことはありますわ。美味しいお料理とデザートでしたわ」
「もしかしたらその時のデザート担当だったかもね」

帰る前にみんなで確認したのは、今後のことだった。
しばらく勉強会という名目で、定期的にこの輪舞曲という店で全員と会う。
半分は、ミズリィの未来のことについての話し合いだ。
次に会う4日後に、それぞれ何か気づくことがないか考えておくこと。

「まだ何年も時間はある。学院を卒業するまでは何もなかったんだろう、それまでに何か分かるだろうし、対策だってできるに違いない」

イワンは気楽そうに言って、ミズリィを慰めてくれた。

「巻き込んだ、と思うのはやめてくれよ。スミレも言っていたが、帝国の未来もかかっているんだ、おおっぴらにはできないけれど、臣民として僕たちがどうにかしなければならないことでもあるさ」

あとこれ、と配られたのは小さなカードが3枚。

「オーナーに入れ知恵をしてみたんだ。このカードは紹介状さ。これを持ったお客は破格のサービスを受けられる。あ、自分で使わずに、友人やともかくいいお客になりそうな人にあげてくれ。裏に署名欄があるだろ、そこに自分の名前を書くこと」
「まあ、誰にあげようかしら」
「良いものをいただきましたわ」

店の外に出ると、夕暮れに空模様があやしい。

「帰宅する前に降らないといいですけど」

スミレが不安そうに空を見上げている。彼女もいつものように馬車を呼んであり、もし雨になっても濡れることはないだろうけれど、気分だろうか。

「……あ」

思い出した。

「イワン。その……春のことですけれど」
「なんだい?」

こそりと耳打ちする。

「あなたが忙しくて学院にも来られなかった頃なんですけれど、いくら大商団でも天候までは操れなかったか、とそんなことを言っていらしたわ」

彼の愚痴だったのだろう。
その時はすぐに忘れてしまったが、思い出したのは、数年後、大精霊の復活により帝都周辺の天気が不安定になり、畑の作物が実らず飢饉になりかけたときだった。
彼が言っていたのはこういうことなのか、としみじみと思ったので。

イワンは真剣な表情だった。

「天候……すごいヒントだ。ありがとう」
「いえ、わたくしもあのときは家門が関わっていないようだったので、あまり覚えてなくて……ごめんなさい」

彼は首を振って笑った。

記憶が抜けているのでは、とスミレたちに言われているけれど、むしろ、無視をしていたか興味がなくて見聞きをしていないせいで、覚えていないことが多いのではないかと思うようになってきた。

ぼうっと、公女という立場に甘えて、自分が頭が良くないことを言い訳に、自分に関係のないことは見もしないし聞きもしない。
友人や、関わってくれた人たちにそれは失礼だろう。関心がないと言っているようなものだ。

きっと、最期に離れていったみんなは、そんなミズリィに愛想を尽かしたのかもしれない。

「イワン様」

そこに、スミレが寄ってきた。

「やっぱり、これお返ししたいんですけれど」

さっきもらった紹介状を差し出した。

「なんでだい」
「あの……平民の私の知り合いなんて……」
「そんなに深く考えないでくれよ。学院でよく話す子とかでいいんだ。ほら、最近ニュウラ子爵令嬢と仲がいいだろ、サインして渡せばいいよ、3枚とも」
「でも……」
「これの役目はお客を呼ぶっていうのもあるけれど、彼らがまた知人にこの店はいいと噂を広めてくれるのが一番さ。だから、ともかく使ってくれ」
「ああ、……はい。それなら」

スミレはようやく紹介状を引っ込めた。
その彼女に、イワンが今度は、聞きたいことがあったと言い出した。

「大きな真珠が、つまり資産凍結なんだね?」
「は、はい。たぶん、そうじゃないかと思ったんです」
「……なんのことです?」
「うーん、次の勉強会のときに。僕も色々調べないと、間違ったことは言えなさそうだ。はぐらかす気はないんだよ」
「分かりましたわ。次のときに、ですね」

オーナーとパティシエと思われる男性がふたり、店の入口に並んで頭を下げているのを見て、各々挨拶をしながら馬車に乗り込む。

座ると、疲れているのを感じた。
けれど、気分はそわそわと落ち着きがない。

(誰も、否定したり、笑ったり、嫌な顔をしませんでしたわ……)

スミレの言うとおりだった。
全員が誠実に、ミズリィのまるでおとぎ話のような告白を、真剣に話し合ってくれた。
すぐに信じられないのは当たり前だ。自分だってこの時代に戻ってきたときは呆然としていた。

これからは、ひとりで悩まずに済む。
けれど、自分のことなのだから、悩むのをやめるのはだめだ。
以前は誰かに考えてもらえれば、誰かに任せればいいのだと思っていた。自分ではどうしようもないことが多すぎて、ミズリィの能力ではなにひとつ解決しないことばかりで。
けれど、たとえ解決しなくても、どうにかしようとすることは、諦めてはいけないのだ、きっと。

(でも、ひとりではないのだわ)

仲間と呼べる人たちが、そばにいて一緒に同じことを悩んでくれるのは、とてもうれしかった。

不謹慎かしら、とすこし疲れてふわふわしながら、ミズリィは小さく笑った。



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