その願いを〜雨の庭の建国記〜

鹿音二号

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鉱山は誰のもの(1)

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荒れ地は長らく人の手が入らないただの枯れた土地だった。
だが、そこにそびえる岩山が鉱脈がある鉱山であることが判明し、周辺の国々の注目を浴びるようになった。
捨てられていた土地を巡って抗争が激化し、とうとう隣接した二国が戦争を始めた。
もともと仲の良くない国同士、戦争は泥沼になりそうだと、周辺の国々は迷惑そうに遠巻きにしていた。
しかし、戦争が始まり数カ月後――突然の終戦。
荒れ地で合戦を繰り広げていた両軍の、その主力部隊を巻き込んで、突然荒れ地の一部が変異に見舞われた。
ダンジョン化、したのだ。

ダンジョン。
深い穴から、モンスターが湧き出る不思議な場所。
世界に確認されているのは、およそ10ヵ所。
その発生原因は分からないが……ともかく、荒れ地の戦場が得体のしれないモンスターの巣窟と化したのだ。
さすがの険悪な二国も、戸惑った。
鉱山は惜しいが、人智の及ばないところになってしまった以上、手出しできるものなのか。

けれど、そのうちの一国、セントール王国は強引に進軍、ダンジョンから湧き出るモンスターを相手に半ばまで歩を進めたものの、とつぜん、別の勢力に阻まれた。
それは、おかしな二人組だった。
目撃者は少ない。敗走した兵士はそんなに多くなかった。
たったふたりで、軍に壊滅的な打撃を与えたそれは、魔術師の男と、年端もいかない幼女だったと。
なにかの間違いだと、総指揮官である将軍は否定したが、この土地の由来――『悪神の棲む土地』という伝説が残っており、流れる噂は止められなかった。
悪神とその使いが、我々を拒んでいるのだと。
――結局、恐れをなした本国が命令を出し、軍は逃げるように荒れ地から撤退した。



岩山は、荒れ地の東北にあった。
岩肌がむき出しの、鋭い稜線を描くそれは、そこまで標高はなく半日もあれば頂上まで行って戻ってこられるだろう。ただし、岩がもろく登山には適していない。
その岩山の麓に、藍色の髪の男と黒髪の少女はやってきた。
秘密の洞窟がある。
かろうじて生えた雑木林と100年以上前に崩落した岩の陰に隠れて、丹念に調べなければその入口は見つからない。
大人が手を広げて通れるくらいのその入口は、初めて訪れた二人にあっさりと発見された。
岩陰から、その緩やかに地下へ下っていく洞窟を眺めていた彼らに、突然別の人間の声がかかった。

「もし」

振り返ると、岩の手前に、男が二人立っていた。
ひとりは年老いた髪の白い男。もう一人は背も高くがっしりとした体躯の若い男だった。剣を背に吊っていた。一様にボロボロの服装で薄汚れており、まともな生活を送っているようには見えない。場所が違えば浮浪者のようだった。
彼らは魔術師とドレスを着た幼女に、うろたえたようだった。

「そなたらは、で、デル・オーの者か?」
「デル・オーというものではない」

老人の問いかけに、藍色の髪の男は、向き合って返事をした。
老人をかばうように背の高い男は腕を伸ばし、背中の剣をもう片手で握った。
魔術師はふとそちらを見て、それから老人に目を戻した。

「そちたちが、鉱石を流したのか」
「何を言っている?」

今度は、背の高い男が剣に触れたまま訝しげに言った。

「取り決めどおりだろう」
「取り決め?」

ふと魔術師は空を見上げて、しばし沈黙。
ドレスの少女は、口を開かずぼんやりとどこを見ているかも分からない。
老人たちは、なんとなく、悟り始めた。
この魔術師は、自分たちと違いこの荒れ地のものではないと。

彼らは、この荒れ地に住まう流浪の民だ。
行き場がなく、人の手が入らない荒れ地に身を隠した。
いくつかの集団に分かれているが、それらのどこにもこのような魔術師はいなかったはずだ。
まさか、先の戦争をした国のどちらかの手の者か。それとも、別の外部の斥候か。
どちらにしろ、老人たちには困ったことになった。

さきの戦争の原因も、この鉱山だった。
鉱山の存在が明るみに出たのは、数年前からほそぼそと採掘し、周囲の国にそれとなく売っていた民たちのせいである。気づいた数カ国が、長いあいだ放置されていたそれを手に入れるために行動するのは必然だった。それは、老人たちは重々承知していた。
けれど、このような痩せてなにもない土地で、貴重な財源だったのだ。生きるためだった。
取り決めとは、採掘をする順番ということだ。
今日から一ヶ月、老人らの集団に採掘権が回ってきた。

だが、来てみれば見知らぬ男がいた。
盗人、というのはおかしいが、目をつけた外部の人間がとうとうやってきたのかと思った。
緊張する老人たちの前で、魔術師は、やる気がなさそうに頭をかしげた。

「他にも人間がいて、ここの鉱石を売ってるのか」
「……」
「悪いな、今日からこの山は俺のもんだ」
「……は?」

魔術師が何を言ったのか、老人たちは一瞬ぽかんとした。
けれど、それが鉱山の独り占めをするという理不尽な宣言だと気づいた背の高い男が、怒りの形相で剣を抜く。

「何者か知らないが、我らから不当に山を奪うと言ったのか」
「待て!」

今にも走り出しそうな男を、老人が止めた。老人は、落ち着き払った表情で、魔術師を見つめる。

「いや……たしかに、この山は貴方様のものであるかもしれません」
「爺様!?」

信じられない、と剣を構えた男は老人を振り返った。
老人は、胸に手を当て腰を折った。その仕草は、貴族のそれだった。

「私は、ロドリゴと申すもの。西の村の長を務めております」
「爺様、何を……」
「失礼ですが、貴方様のお名前をお伺いしても」
「グランヴィーオ」

声も揺らさず、いっそ無感動に男は名乗った。

「村ってのは?」
「後にご覧に入れましょう」
「爺様、どうしちまったんだ!」

慌てているのは剣の男だけで、彼は武器を下ろすに下ろせず、何度も老人とグランヴィーオと名乗った魔術師を見比べている。さすがに老人が彼をたしなめた。

「トール、落ち着きなさい」
「だが、」
「我らが束になっても勝てぬお方よ。グランヴィーオ様、貴方様は先のセントールの軍を撃退したという噂の魔術師殿ですな」

グランヴィーオは、ふと思い出したように、

「……ああ、軍隊は、潰したことがあったな」
「――!」

ゾッとしたように、トールの剣先が下がった。

「やはり、本当でしたか……」

噂は、荒れ地の民にも届いていた。
だが、あまりにも現実的ではないため、眉唾だと誰もが思っていた。
けれど、こうやって突然現れた魔術師に、なにかただならぬものを感じたロドリゴは、一度噂を信じることにした。
幸いなことに、相手は会話ができる人間だった。
人間であっても、言葉が通じているのに会話ができない輩というものがいるのだが、目の前の男はそうではないだろう。
もしかしたら、希望の種になるかもしれない。
この、苦しみながらかろうじて生き延びる自分たちの未来の。

「貴方様がご所望なら、鉱山は差し上げましょう」
「……?」
「ただし、お願いがございます」

ロドリゴはその場に膝をついた。

「我らの糊口を凌ぐ程度の採掘権は、頂けませぬか」
「あん?」
「この土地に生きる民なれど、明日をも分からぬ有り様でございます。せめて、生きることが出来る程度のお目溢しをいただけたら、と」
「……つまり、私がこの鉱山の所有者と認める代わりに、そちたちの採掘を認めろと」
「さようにございます」
「かまわない。好きにしろ」
「は……」

頭を垂れていたは、驚いたように顔を上げた。

「よ、よろしいので?」
「ああ、私は、この鉱山を持てるだけでいい。中身はどうでもいい」
「と、言いますと……」
「?」

何を言われたのか分かっていないようで、グランヴィーオは目をまたたかせて沈黙した。

「……いえ、承知しました」

しかし、ロドリゴは気を取り直した。
ようは変則的な領主のようなものと考えれば良いかもしれない。領主は土地は自分のものだが、分け与えて開墾は領民にさせている。グランヴィーオはどこまで考えているのか、税として鉱山の収益をいくらか収めれば黙認するということかもしれない。
そう解釈した。

「ですが、採掘量のご相談もありますし……」
「好きにしろと言ったが」
「そうは申されますが……」
「分からない」
「は?」
「お前が何を要求し、懸念しているかは私には分からない」

淡々と、グランヴィーオはそう言った。

「……」

もしや、鉱山を所有するということがどんなことなのか、知らないのでは。
言葉はちゃんとした使い方だが、先程からどうにもグランヴィーオの言動がちぐはぐに見えていた。
困惑して、彼の隣に大人しく立っている少女を見つめてしまった。
そう、グランヴィーオもまた……

(どうにも不安だ)

ここで、良いと言ったのだからと全部の採掘権をもぎ取ることもできそうだが、気が引ける。
まるで、何も知らない子供から全部を巻き上げるような気分になる。

「……一度、我々の村に来ていただけないでしょうか」
「何故?」
「お話し合いと、親睦を深めるために」

ロドリゴは、立ち上がった。
トールは、話についていけないが、剣をしどろもどろに収めた。

「長いお付き合いになりそうですからな」

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