その願いを〜雨の庭の建国記〜

鹿音二号

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大きな商いと小さな無駄(3)

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翌日、ロドリゴがトールを伴い、ザリハの案内でレイモアに旅立った。
馬車であれば3日はかからないだろうという旅程で、村ではまだキャラバンは賑わっているが一足先に向かっていった。

それと3日の差で、客がやってきた。
魔術師集団『知識の峰』のダンジョン調査員である。
新たなダンジョンの出現は、遠く知識の峰にも届いた。だが、遠すぎてその噂が魔術師たちに聞こえたのは2ヶ月経ったときだった。
急いで上役たちが相談し、調査員を派遣。だが、どれだけ早くても荒れ地へは一ヶ月以上かかる。
その間に、なんと新しく村が出来ていて、鉱山から魔鉱石という、とんでもないお宝が採掘されていた。
寝耳に水、青天の霹靂。
ともかく、驚きであった。
同時に。

「ぐ……ううううぅぅ」
「悔しいか?悔しいか?」
「う、ううっ……!」
「あーっははは!その顔!最高だね!」
「ふぐ、うぁぁぁ……」
「いいぞぉ!もっと泣け!」

3人の魔術師が、地面に膝をつき、泣いている。
それを見ながら、オハイニが高笑いをしている。
西の村の前で寸劇が始まったのは数十分前。
オハイニと、とうとうやって来た知識の峰の魔術師たちが口喧嘩を始めたのだ。
いわく、ダンジョンに入れないと。
もちろん、結界で物理的に全ての出入りを禁じたのはグランヴィーオである。そうそう解けない術にしてくれとオハイニに言われた。
なんやかんやでオハイニの存在にたどり着いた魔術師たちは、彼女の仕業と断定し、抗議しにきたのだが――
魔鉱石のことも知り、そして、僅か時の差で他国と巨大商会に全て奪われたと知って、泣き崩れたのだ。

「あーいい気味」

せいせいしたと、オハイニは晴れやかだった。
イルゲは眺めているだけだったが、魔術師を罵るオハイニに嬉しそうな顔をしていた。

「う、うぐ、貴様……知識の峰に復讐のつもりか」

涙でぐちゃぐちゃの中年の男が、ようやくオハイニに怒りを覚えたようだ。
知り合いらしい。

「もちろん。と、言いたいところだけど、アタシはこの荒れ地にもう根を下ろしちまってね。この地に一番いい方法を取っただけさ」

指を男に突きつけ、オハイニはハッと鼻で笑う。

「アンタらのやり口はよぅっく知ってる。この地の民をクソみたいな魔術師の餌にさせてなるものか」
「人間のことなど知らん。ただ魔法を極めようとする、その世界の意志をお前は邪魔しているんだぞ、オハイニ」

断固として、男は主張した。それが絶対だというように。

「前にも似たようなこと言われたね」

冷笑し、オハイニは踵を返した。

「魔鉱石はともかく、ダンジョンは知らないよ。あとで結界を解くから、好きにしていいよ」
「……誰も攻略しようとしていないのか?」

男は立ち上がり、村の方を見た。今は中央に天幕が張ってあり、見通しが悪いが、貧困を極めている様子がわかったのだろう、眉をひそめる。

「なんだ、この貧相な村は」
「生きるのに必死で、やっと希望が見えた村だよ」

オハイニはぞっとするような笑みを浮かべた。

「死霊がさまよう荒れ地に、まともな人間が住んでるわけないだろ」



「いや、馬鹿だねアイツら」

呆れたようにオハイニは言った。
村のあちこちで滑稽なほど慌てている魔術師たちの姿を見ては笑っている。

「冒険者も連れていないのだな」

グランヴィーオの言葉に、オハイニはだるそうに首を振った。

「急いで来たんだろう。それか目的地を知ってギルドが断ったか」
「戦争が起こっていたのは同時に知られているからね」

イルゲも、キャラバンの人間に話しかけては肩を落とす魔術師の姿を見て、小さく笑っている。

「……お前たち、相当恨みがあるのだな」

さすがに分かる。
オハイニは知識の峰を憎んでいる。
彼女は髪をかきあげ、うんざりと目を閉じる。

「まあね。世界の全てを知る、とか抜かしてるくせに、アイツらのせいでいくつの素晴らしい魔法と幾人の魔術師が犠牲になったか」

オハイニは、一度口を閉じて、それからグランヴィーオを見た。

「アンタも、知ってるんじゃないの?」
「え?」

イルゲが小さく声を上げた。
グランヴィーオはというと――
おぼろげな記憶はある。だが、具体的には思い出せない。

「分からない」
「嘘」
「嘘ではない。星魔法が禁術であると、それ以外には聞いた覚えがない」
「……な!?」

イルゲが息を呑んだ。
オハイニがざっと一歩身を寄せ、グランヴィーオの口元に指先を、ぎりぎり触れるか否かの距離に持ってくる。

「しっ。その話は外の魔術師がいる時は禁止だ」
「聞いたのはお前だ」
「悪かった。アンタが素直に答えるとは思わなかった」

少し罰が悪そうに肩を竦めるオハイニ。

「とりあえず、アイツらがダンジョンに籠もるようになるまでは聞けないねえ」
「……びっくりした。どうして」

驚きが冷めないイルゲが呆然とグランヴィーオを見ている。

「さあね」

オハイニは短く言って、近寄ってきた魔術師に向き直った。

「責任者はどこだ」

開口一番、男はぶっきらぼうに言う。意地悪くオハイニは笑った。

「最初に聞くべきだったねえ。ここにいる、このお方だ」

手で指し示されたグランヴィーオを、男は訝しげに眉を寄せて眺めた。

「……なんだ?この男……子連れ?」
「ああ、そう言えばそうね、いつもそのスタイルだから疑問に思わなくなってたわ」

よく分からないが、いつものようにラクエを腕に抱えている。
思いっきり不審そうな魔術師。

「この村の首長だというのか?おかしくないか?」
「正真正銘、領主様だよ。いい男だろ」

一度グランヴィーオを見てから、魔術師はオハイニに視線を移す。

「お前……人が変わったな」
「……そう?」

オハイニは、嘲るように顎を上げて笑う。魔術師はその彼女を見て一度黙り、それからグランヴィーオに向き直る。

「……まあいい。では、要請したい。我々がダンジョンを攻略するための人員と、協力だ」
「具体的には?」
「必要なものを揃えたいだけだが?」
「見てわかる通り、この村には冒険者はいない。今いるのはキャラバンに雇われた冒険者だ。自警団はあるが、村のために動く住民だ。ダンジョンごときにそうそう人を割けねえからな」
「で、では、どうしろと」
「各住民と相談の上、少し貸してやる。ただ、冒険者と同じ相場で金を支払うこと。タダ働きで危険は冒せねえ」
「う……分かった。相場だな」
「それと、物資などは……」
「そうだ、キャラバンが来ているのに買わせてくれない。どういうことだ」

ザリハの置き土産だ。
外の人間には売ってはならないと、自分の部下たちに言い含めて旅立っていった。

「それも、交渉しよう。本来はこの村の貴重な糧だ、それを融通するんだから、手数料は頂く」
「横暴だぞ!」
「麦のひと粒すらありがたがる村の食料だぞ、それこそ横暴だというのが分からねえのか」
「……」
「嫌ならいい」
「……分かった!」
「いつ頃潜る」
「準備が整い次第だ」
「そうか。……タツィオ、こっちだ」

ふと近くを通った村のまとめ役の一人に声をかけた。
少し年下の、ひょろ長い男だった。童顔で、10代にも見えるが成人は迎えている。黒髪の少し灰色がかった丸い瞳で、愛嬌がある。

「領主、どうしましたか?」
「この者たちに、キャラバンの物品を売るように交渉を任せたい」
「え?ですが、村以外の人間には……交渉ですか、なるほど」

納得したようにタツィオは頷く。

「手数料はお前が好きに決めろ。私は自警団と掛け合って、ダンジョンに行ける人間を探す」
「トールさんがいないのに……大丈夫ですかね?」

手に持っていた板に書きつけながら、タツィオは心配そうに呟く。
たしかに、人員不足は気になるが。

「いざとなればササラを動員する」
「はは、トールさんが帰ってきたら泣きますね。分かりました、では」

魔術師を連れて賑わうキャラバンの方へ向かうタツィオを見送ってから、降りたそうにしているラクエを地面に降ろした。

「ササラ戦う?」
「さあな、万が一だ」

使い魔のササラは姿を消しているが、どこかで聞いているだろう。
オハイニが何故か口を開けてこちらを見ている。

「……なに?ものすごい領主っぽい」
「領主かどうかは知らんが、魔術師は冒険者を求めていた」
「ん?」
「この手合いの交渉などは分かりやすい」
「……ああ、ヴィーオって冒険者だっけ。いや分かりやすいかな……?」
「……さあ」

イルゲもぽかんとしていた。
そういえば、いつかも、やたら褒めそやすような声を聞いた気がするが。

「……ベルソンかグリウは」
「さあ?探すしかないかな?」
「ベルソン?さっき井戸の方で見かけたよ」

村の年かさの女が、近くに通りかかって教えてくれた。

「ああ」
「じゃあ、アタシもついてこっかな」

オハイニが来ると、当然イルゲも来た。
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