その願いを〜雨の庭の建国記〜

鹿音二号

文字の大きさ
46 / 57

神霊バ・ラクエ(3)

しおりを挟む


本当にすぐだった。
北の村を出て1時間も北上すると、荒れ地の境界線の手前でキャンプをする一団がいた。

「族長!戻りました!」

キャンプに入るなり、大声を出すファナに、全員が、耳を押さえ……

「やれやれ、上手くいったのか」

幾つも天幕が立つ奥の方から、一人の女が数人従えてやってきた。
背の高い、厚みのある体だった。剣を提げているので戦士だろうか。顔立ちは美しく、不思議な薄い緑の髪――ファナと同じ色の髪を一つに束ねてくくっている。切れ長の目は濃い緑色。

「はい。神霊様と、東西の領主をお呼びしました、母上」

ファナが笑顔でその女に近づき、手でこちらを指し示した。
が、族長の方はぎょっとしたようだった。

「この、馬鹿者!直接お連れするとは何事か!」
「痛!?」

パンッ!と頭を叩かれ、目を白黒させるファナに、族長は呆れたと首を振る。

「こちらからご挨拶に伺うべきだぞ、連れ回すとは無礼な……」
「あのーそこまで、ねえ?」

オハイニが取り繕おうとしたが、いいや、と族長は頑なだった。

「神霊様にご足労頂き、申し訳ない。今歓迎の宴を……」
「いいですって!ねえ、ヴィーオ」
「ああ、まずは話がしたい」

オハイニと、さらにグリウに後ろから突かれ、ファナが涙目でじっとこちらを見るのだから居心地が悪い。

「……うむ、領主殿は寛容だな」

渋々族長は諦めたようだ。

「では、お話を聞こう。そこの娘から多少は聞いているのだろう、私の知るものすべてをお教えするつもりだ」



ひときわ大きい天幕に案内され、そこで族長とその娘のファナと話すことに。
護衛らしき男も隅に座っているが……驚いたことに、肌の色が黒い。
黒い肌はエイデストル大陸の民族にはいない。彼の雰囲気はウヴァーン出身の商人ザリハと似ている。

「改めて、神祖バ・ラクエ様のお戻りをお慶び申し上げる」

3人が頭を下げた。
ラクエはきょとんと彼女たちを見ているだけだったが。

「目覚めさせた俺に何か思うことはないのか」

グランヴィーオには、少しだけ負い目がある。
必要だったとはいえ、変質した土着神を、その一番の被害者である『マルグリット』を使い、己の使い魔にした。
知らなかったこともあるが、決して褒められたものではなかった。

「バ・ラクエ様の悲劇は、守った人間に裏切られ、怨讐の悪神となったことであり、それらはなお数百年、バ・ラクエ様の存在が消えるまで続くはずであった」

族長、それに居並ぶデル・オーの面々は、思った以上に冷静だった。

「だが、今は、存在こそ違うものになられたが、穏やかに過ごされていると思われる。浄化なされたといっても差し支えはないだろう……それは、貴殿の為したことではないのか」
「……使い魔とは魔術師に従属する存在だ」
「魔術師と言っても所詮人間だろう。100年ぽっちで消えるそれに従ったところで、悠久の時を生きる神霊には瞬きする間のことだ」

あっけらかんと族長は言った。

「それに、そこに大事に抱えられているバ・ラクエ様が、不幸にはまったく見えんのだが」
「ラクエがふこう?」
「バ・ラクエ様は今は幸せか?」
「うん、ヴィーオがね、大事なものって言ってくれたの」

ふわりと笑うラクエは、嬉しそうだ。
――大事なもの、とは、確かに、言ったが。

「そうかそうか」

にっこりと、族長は満面の笑みを浮かべた。隣に座っていたファナがぎょっとしてその横顔を凝視する――すぐに済ました顔に戻ったが。

「どんな理由であれ、悪神は浄化と同様の状態になり、さらには大事にされている。これがあくどい魔術師に搾取されるようなら我らも黙ってはいないが」
「……」
「神霊が再起され、平和に過ごされる。現状はむしろ奇跡だろう」
「……」
「領主殿、グランヴィーオ殿……であったか。我ら精霊に連なるものとして、お礼を申し上げたい。……グランヴィーオ殿?」
「あれ?どうしたの」
「ヴィーオサマ?」

聞こえてはいるが、反応できない。

「……固まってやがる」

肩の先にツンツンと突かれる感触があるが、それでも何故か動けない。
正面の族長が、ふと何か思いついたような顔をする。

「バ・ラクエ様。グランヴィーオ殿は好きか?」
「うん、好き!」

ぱっと明るく弾けるような声が耳を通り、息が苦しくなる。ぎゅうっと、心臓が収縮するような、そんな痛み。けれど、身体が妙に温かくなる。

「って、息止まってる!」
「おーい!戻ってこいヴィーオ!」
「は、母上……!」

「いや、領主殿が久々に褒めたときのファナに似ている反応だなと」
「あああやめてください母上!」

しばらくして復帰したグランヴィーオが、今度こそ貝のように口を閉じた以外は和やかに話は進む。
北の村のズィーラに会った話をすると、デル・オーの族長フェンネラは拍子抜けしたようだった。

「もうお会いになったのなら、我らから何も言うことはないだろう。あの方は我々などよりずっとお詳しい」
「生き字引とは聞いたんだけど、本当に詳しい方だったみたいだねえ」

オハイニは思案げだ。

「アタシもずいぶん調べたんだけど、あれほどはっきりとした系譜と関連の伝承は『知識の峰』にもなかった」
「オーディレ……荒れ地が忘れ去られた土地だったからだろう。ズィーラ爺の知識はずっと北の村に伝わったものに加え、ほうぼうから子孫の行方を聞き、伝承を見聞きしておられたようだ」

村には一代につき必ずその知識を受け継ぐ人間がいるらしい。

「あ、デル・オーでも神霊の行方は知らないのかい?」

オハイニの言葉には、首を横に振られた。

「我らの神祖ネムエン様も600年以上前に姿を消された。それ以来、帰還をお待ちしているのだが……」
「デル・オーが世間から姿を隠している理由はなに?」

どうやらあまり人前に姿を現さないのは一族の方針らしいが……
そんなもの、と族長フェンネラは、

「魔術師どもが煩わしい」
「……さようで」
「ああ、お主等は違うだろうと思ってはいるが」

慌ててとりなすフェンネラに、いちおうは頷いておく。グランヴィーオたちも魔術師とはいえ、その意味は分かる立場にいるわけである。

「……そっちの男はどうやらこの大陸のもんじゃなさそうだが……聞いていいか?」

トールがとうとう好奇心を抑えられなかったらしい。なんでもなさそうにフェンネラは答えた。

「見た通り、フォンゼン大陸出身で、名前はムハマド。彼も精霊の血を引くものだ」
「よろしく」

流暢に挨拶をし、笑顔を見せる男は、グランヴィーオたちと同じくらいの年齢か。

「彼はこのデル・オーに婿入りした」
「婿入り……!?」
「ああ、精霊の血を絶やすわけにいかないのでな、他の氏族とは定期的にこのように縁を結ぶ……伝統的なものだ」
「絶やすわけにいかない?」

グランヴィーオの問いに、族長は軽く頷く。

「精霊術のことは知っているか」
「ああ、というか、ファナに教えてもらったよ」

オハイニがそう言うと、ファナは何となく居心地が悪そうにする。

「この精霊術というのは、魔術師ならわかるだろうがお主らの扱う魔法とやらと異なる」

先ほどファナが見せたような光を族長も灯し、

「これは精霊の扱った術だ。魔術師はこの世界からヒントを得て魔力を扱うようだが、我々は精霊の概念から魔力を編む」
「魔力を編む?」
「魔力を知覚し扱い、術を発動させることだ」
「ああ、構築のことか」
「魔術師はそう言うのだな。ともかく、我らデル・オーの術は精霊の術。その術を扱える条件に、どうやら血の濃さが関わっているのだということが分かっている」
「……血縁者じゃないと精霊術は使えない?」
「そうだ。一定の親等……親兄弟に人間の配偶が多ければ、子孫が魔力を失うことが分かっているのだ」
「……へえ」
「待て。では、魔術師は……」

グランヴィーオが思い当たって驚くと、遅れてオハイニも気付いたらしい。

「ん?ああ、違う。おそらく魔術師が精霊の血を引くかと言いたいのだろうが、それは関係がないだろう」

フェンネラはこともなげに返した。

「精霊と交わった人間は少ない。それらも北の村や、別のそういった一族がそれぞれ系譜を管理している。漏れは多少あるだろうが……つまるところ、子孫にいるのは精霊術が使えない魔術師ばかりだった。ズィーラ爺の受け売りだが、むしろ人間に魔術師が生まれる比率と比べても、子孫の魔術師は少ないくらいだそうだ」
「おお、それはそれで新たな事実だわ」

オハイニがキラキラと目を輝かせる一方で、トールとグリウはどうでもよさそうな顔をしている。

「だから、我々の力は精霊に由来するもので、厳密に言えば人間の魔力と違うものなのだろう」
「……一つ聞きたい」

グランヴィーオは気になっていた。

「お前たちの中に、魔力吸いはいるか」

はっと、オハイニたちがこちらを向いた。

「魔力吸い?」

族長が聞き返す。

「ああ、人間の魔術師には、魔力を周囲すべてのものから無節操に体に取り込んでしまう特殊な体質がいる。そういったものはデル・オーにいないのか」
「聞いたことがないな。……ムハマド」
「ええ、俺の一族にもそのようなものはおらず、聞いたことがない」
「……そうか」
「ってなると、魔力吸いは人間だけの体質ってことだね……」

オハイニも、最近仲間に加わった幼い魔力吸いのカーヤのこともあって、気にしているようだった。
フェンネラは指先で顎を撫でた。

「思うに、それは人間の……言ってはなんだが異常なのでは?」
「ああ、そういう認識だ」
「そうではなく……人間だからこそ、というか」

フェンネラがとんとんと指先で自分の膝を叩く。

「魔力はある程度自然界に備わっているのはお主らもわかっていると思うが、人間はおそらく先天的に魔力を持たない。だが、このように、魔術師は生まれている。謎ではないか?」
「そう言う魔術師もいるよ、確かに。動物とかでも魔力がない種類がいるし……けどそいつらに『魔術師』はいないしね」
「本来持たない力を持つのだから、なにか不具合があるのではなかろうか。それがその魔力吸いというやつでは」
「たしかにね」

オハイニは考えるように目を伏せた。
……その目が、何を思ったかちらりとこちらを見た。

「……?」
「いや、色々わかったけど、核心じゃないねって」
「ああ」

なにか対処方法でも聞ければよかったのだが――グランヴィーオは別にしても、カーヤのことは問題だった。

「すまんな、何もわからなくて」
「いや、これだけでも十分だ」
「その、領主殿は……」

ファナがおそるおそるなにか言おうとして、結局口をつぐんだ。彼女も魔力絶縁を解いたグランヴィーオに相対したから、気付いたのだろう。

「秘密なんかじゃねえぞ」
「え、え!?あ、ああいや」
「ファナ?」
「いや、領主がその魔力吸いなんだけど、別に秘密にしてるわけじゃないってこと」
「そうなのか」
「異常体質ではあるんだけどね――」

ぼんやりと、オハイニは何事かを考えているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

科学×魔法で世界最強! 〜高校生科学者は異世界魔法を科学で進化させるようです〜

難波一
ファンタジー
「魔法ってのは……要はエネルギーの制御だろ?」 高校生にして超人的な科学知識を持つ天才・九条迅は、ある日、異世界アルセイア王国に「勇者」として召喚された。 だが、魔王軍との戦争に駆り出されると思いきや—— 「お前、本当に勇者か? 剣も魔法も、まともに使えないのか……?」 「科学的に考えれば、魔法ってのはもっと進化できるはずだ!」 剣も魔法も素人の迅だったが、「魔法を科学的に解析し、進化させる」という異端の方法で異世界の常識を根底から覆し始める! 魔法の密度を最適化した「魔力収束砲」 魔法と人体の関係を解明し、魔力を増大させる「魔力循環トレーニング」 神経伝達を強化し、攻撃を見切る「神経加速《ニューロ・ブースト》」 次々と編み出される新技術に、世界は驚愕! やがて、魔王軍の知将《黒の賢者》アーク・ゲオルグも迅の存在に興味を持ち始め—— 「科学 vs 魔法」「知能 vs 知能」 最強の頭脳戦が今、幕を開ける——! これは、「魔法を科学で進化させる勇者」が、異世界を変革していく物語! ※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...