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0.夢にまで見た生姜焼き
しおりを挟むミカはしみじみと思う。
この1年、本当にいろんなことがあった。
家を飛び出したり、仲間と出会えたり、ちょっと命も危なかった事件もあった。
けれど、今はしっかりとして壊れたところがない部屋でぬくぬくと、仲間のみんなと食卓を囲むことができる。
今日は、その温かな家を手に入れた1年の節目。
そして、ミカの13歳の誕生日でもある。
ミカはこの屋敷の主人である。それ以上でもそれ以下でもない。
特殊なジョブスキル……『座敷わらし』で、この屋敷のことは誰よりも知っている。
亜麻色の髪に、金色の瞳。別段この世界では珍しくもない色で、なぜ黒目黒髪ではないのだろう?と、『前世の記憶』を持つミカは首を傾げたものだ。
なにせ、座敷わらしといえば、黒髪のおかっぱの小さな女の子が定番だ。
まだ背もあまり伸びていないミカはたしかに幼気な少女だが、濃い桃色のワンピースがよく似合う『西洋風』の顔立ちだ。
まあ、今となればささいなことだ。
「今日この日に、この品をミカ様にご賞味いただけることを誇りに思います」
そう言ったのは、ちょっと見た目はキツめのお姉さん。メイドの子たちが、テーブルに並べる皿を彼女は嬉しげに眺めている。
「なんとか……間に合いましたね……」
そのお姉さんの横で、髪の長いお兄さんがどこか遠くを見ている。
「その、こちらで本当によろしいので?」
そう言ってミカに細い棒を二本手渡してくれるゴツゴツの顔と体を持つおじさん。傷だらけの手から渡されるそれ――ミカの手のひらより少し長めの、先がちょっとだけ細くなっている2本の木の棒……綺麗にヤスリがけしてつるつるのお箸を、大事に受け取った。
「うん、これがいいんだよ、作ってくれてありがとう」
そう、どうしても欲しかったのだ……遠い記憶、毎日のように使っていたこのカトラリーが。
「ミカ様の頼みなら、いくらでも」
おじさんは鼻の下をこすって、席に戻っていった。
その間にみんなへと特別な料理が配膳された。
大きな丸い、すこし灰色がかった皿に、薄切りの肉が茶色にてかてかと光っていた。その端には薄黄緑の葉物野菜を細く切ってもりもりクッションのようになっている。
香ばしく甘い、記憶と同じ匂いが立ち上っていて、思わずミカの目が潤む。
夢にまで見たこれは……
生姜焼き。
「ご説明させていただきます」
メイド長の、きゅっと赤い髪を綺麗に結い上げた女の子が、すました顔で料理の解説を始めた。
「ミカ様のご要望でご用意しました、ショウガヤキという一品で、しゅ、っ」
……噛んだ。
(噛んだ)
彼女はちょっとドジなのだ。
みんな慣れたもので、知らん顔で料理を見ている。
ちょっと顔を赤くしたメイド長は、取り繕うようにすぐに続けた。
「お肉はハーティーカー猪のばら肉を使用しております」
ここで歓声が上がった。
「そしてソースは……クメーニさんたちが半年以上研究を続けられついに完成した、ショーユという調味料を……」
ここで何人かの鼻の啜る音が聞こえた。
「砂糖と蒸留酒と合わせ、いくつかの調味料で味を調え、お肉にまぶしたあとじっくりフライパンで焼き上げました。この独特の香ばしく甘い香りはショーユでございます……おなかすいた」
本音が漏れている。だが、誰もスルーだ。
「その横に添えられているのは、生のヤーケシュでございます。最近生食用に作られたので皆様ご存知かと思いますが、丁寧に作られておりますので、虫や汚れなどはいっさいございません」
そう、意外と野菜を生で食べられなくてちょっと大変だったのだ。昔の記憶がどうしても生のシャキシャキを求めて、作ってもらった。
前世の世界ではキャベツといった。
説明し終えたメイド長は、お辞儀をした。
「以上でございます」
「ありがとう、エンリエッテ。では……いただきまーす!」
ミカが手を合わせると、みんな思い思いに祈ったりフォークを持ったりした。
ミカは……ずっと握っていたお箸で、お肉をつまむ。
それを見ていた何人かはどよっと驚いていた……作ってくれた大工のマローンは、「そんな使い方が!?」とひときわびっくりしているが、そんなことよりも生姜焼きだ。
一口かみしめると、じゅわっとしょう油の深いコクと甘しょっぱさ。ふわりと抜けるオンカ――日本では生姜と呼んでいた――の辛味。それに甘い肉汁が出てきて……ミカは泣いた。
恋焦がれたといっても間違いない、このしょう油、生姜焼き。
懐かしい、昔の故郷の味。
「う……っうう、がんばったかいがありました……こんなおいしいものだったのね……」
「くる日も来る日も踊り続けた甲斐があった……俺の仕事はこんな立派なものに……うっ」
「ううう……うまいいい」
……向こうでも感動している仲間が何人も。
この美味しさは感動的だから仕方がない。
みんなの顔を見ていくと、全員美味しそうだったり幸せそうだったり。
(良かった……)
一つ屋根の下、美味しいものを分け合えるのは、とても幸せだ。
「……」
ミカの隣で、無表情の美少年が、フォークで刺したお肉を大きな口でほおばっている。
どうやら、お気に召したようだ。
「おいしいね、ロダン」
笑いかけると、珍しく彼は頬を緩めた。
「……うん、おいしい」
そう囁くように彼は返事した。
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