ジョブスキル『座敷わらし』で、幸せな家を作ります!

鹿音二号

文字の大きさ
2 / 27

1.生きていくには

しおりを挟む

ミカは走っていた、わけもわからず。
ただ、怖いという感情と、驚きと不安が小さな背中を押していた。
亜麻色の髪はボサボサで、金色の大きな瞳は濡れて歪んでいた。幼く愛嬌がある顔は、簡素なワンピースと一緒で薄汚れていた。とうに靴はなくなっていた。
細い肉のついていない足を懸命に交互に動かす。

(苦しい……立ち止まってはだめだ……)

逃げている。
現実から。
彼女はずっと同じことを思っていた。
どうしてまた、こうなるんだろう。


走って走って。
はっと気がつくと、ミカは知らないところで寝そべっていた。

「……?」
「あっ、起きたよ、ブロー!」

近くで声がしたと思ったら、視界いっぱいにわらわらと子どもが集まってきた。
知らない子たちだ……

「……え!?」

ここで、一体自分はどうしたのか、すこし前のことが思い出せなくて不安になった。
たしか、自分の家から逃げ出して――
そう、逃げ出したのだ、家から、父親から。

殴られて、驚いたし怖かった。
殴られていたのはしょっちゅうだった。
けれど、今回のはいつもの憂さ晴らしとは違う。
ミカが、仕事を貰えなかったから。
父親は怒ってミカを何度も殴り、蹴って、どこかの骨を折る。いや、もっとひどいことになるかも――

思わずぶるりと身を震わせると、子どものひとり……女の子がそっと手を伸ばして頭を撫でてくれた。

「だいじょうぶ?こわい目にあったのかな」
「あ……」

優しい子だな、と思う。
その心配する顔に、なんとなくほっとした。今周りにいるのは同い年くらいの……10歳前後の子供たちばかりだ。ミカをどうこうできるような子たちじゃない。
すこしものが腐ったような匂いと、ミカにかけられている肌触りのよくない毛布。
……あの怖い父親がいる家じゃない。

「……ここはどこ?」
「街の端っこさ。覚えてないのか?」

男の子が不思議そうに言った。

(街の端っこ……?ああ、あのスラム街)

汚れた町、と言って大人たちは嫌そうに近寄らなかった、スラム街。
そういう町が一体何なのか、今なら分かる。
そう、前世の記憶を取り戻したから。

(日本はともかく、海外だとまだあったりするって……)

そう、この世界でも――いや、文明が以前の世界の数百年以上前のこの世界では。
貧困で住む家もない人々の街がある。
思い出したのは、父親に殴られた時だ。
火花が散った、と思うくらいに強く殴られて、その時ふっと以前の生……日本という国に生きていた自分を思い出した。

(転生…っていうの?漫画でも見たけど)

自分がそんなことになるとは思わなかった。

「おい、聞いてるのか」

男の子のイライラとした声に、はっと我に返った。

「お兄ちゃん、そんなに言わないで。きっとなにかあったのよ」
「……わるかったよ」

さっき頭を撫でてくれた女の子……薄い色の髪に、薄水色の瞳の優しげな子が、勝気そうな金髪の男の子をたしなめている。
男の子も悪気はないようで、ミカにはいちおう謝ってくれた。

「ううん、ごめん、……あの、あなたたちは誰?」
「あ?そりゃ……」

面倒くさそうに、男の子は言った。

「親なしだ。全員な」



ばたん、と大きな音を立てて閉まる扉。
薄汚れた木の扉は、分厚くミカを拒む。

「たしかに……前よりぜんぜんだめね」

仕事をもらいたかったのに。
あの日、家から逃げ出す前まで、よく小さな商店や宿で雑用に雇ってもらっていた。
それでなんとかミカと父親の生活費は稼いでいたのだけれど……今は、どこに行ってもミカの身なりを見て一瞬で顔を背けられる。
もう何日も洗っていない体と、汚れが染み付いたワンピース。
見るからに浮浪児だと分かるから、当たり前なのかもしれない。
そういう差別は普通なのだ、今のこの世界では。

(けれど……諦めるわけには)

家に帰りたくない。
だから、一人でも生きていけるようにしなければ。
きゅっと唇を引き結んで、道を引き返す。

食べるものも買えないこの状況で、生きていくにはまずはお金だ。
けれどもう何日も仕事をもらえない。
これを、あの子供たち――スラムに住む子たちは最初からミカに忠告していた。
ぜったい、雇ってもらえるところなんてないと。
じゃあ、親も家もない彼らはどうしていたか。
街に出て、人の懐からお金を取ってくるのだ。
スリである。

(だめって言っちゃったし……やっぱり、だめだよ、犯罪だし)

彼らにスラムの入り口で倒れていたミカは助けられた。
どこにも行く当てがないのならと、彼らが住んでいる小さな家――というより、小屋に居候させてもらっている。

彼らに、盗みはやめよう、と言ったのは、以前の日本に暮らした記憶があったからだ。
以前もお金がない生活をしていた。
けれど、そういうスリや盗みなんて、どうしても出来なかった。法治国家と言われた国だ、どこも安全で、行政の仕組みもあった。だから、犯罪なんてしたことがない。

この世界では盗みは犯罪ではないのかというとそうじゃない。
むしろ、捕まったら日本よりも厳しく罰せられる。裁判もなしに。
それが怖いというのもある。

(でも生きていくには……)

……やはり、悪いこともする必要があるのか。
とぼとぼとスラムへの道を引き返していると。
ふと、街の家の影に、見覚えがある姿があった。
銀髪の、小柄な少年だ。ミカも大きくはないが、彼は同じくらいの背丈だった。ひょろっとしていて……けれど顔立ちが美しい子だった。
その子が、物陰に隠れて通りを見ている。

(……あ!)

ちょうど、彼のスリの現場を見つけたらしい。

(待って!)

慌てて彼に近づく。
彼がミカの気配に気づいたときには、彼の背後にいた。

「……だめ。危ないよ」
「……」

ぎろり、とにらまれた気がする。赤い目が、ミカの金の目とかちりと合う。

「あの人でしょ?黒いコートで大きな体の……」
「……」
「だめだって!」

むっつりとしたまま道に出ていこうとする彼の手を握った。

「ごめん。でもやめたほうがいい。その人の近くの建物の影」
「……!」

警吏が立っていた。彼は気づいていなかったらしい。

「捕まったら……手を切り落とされるって」

恐ろしい話を聞いた。
スリや盗みを働いた場合、もう二度と出来ないように腕を切るのが罰だという。

「……ごめんね……でも、私はあなたに捕まってほしくない……」
「……」

銀髪の少年の、その端正な顔は無表情のまま。
……どうやら、諦めてくれたらしい。

「今日は帰ろう?もう夕方になる」

自分たちのような子どもがいうことじゃないけれど、暗くなると犯罪率が上がる。
そんなものだから、弱くて身寄りがない子どもらは夜には絶対に外に行かないのだ。
渋々といったふうに、銀髪の少年はミカに手を引かれてスラムの方へと足を向けた。
あらめて見ても本当に綺麗な子だ。

「……ねえ、名前は?私はミカ」

住まいにしている崩れかけの小屋には、ミカを含めて10人の子どもがいた。そのうちの数人とは話したけれど、彼とは一度も口をきいたことがない。

「……ロダン」

ぼそりと答えてくれた。
少しは親しくなれたのかもしれない。
嬉しくて笑うと、ちょっと不思議そうな顔をした……気がした。無表情だけれど。

その後特に話すことはなかったけれど、同じ道を歩いて帰る仲間がいると、少しだけうきうきする。
今まで、このミカの人生ではそんなことはなかったから。
父親しか家族はおらず、彼はいつも酒瓶を抱えて外に出ない。同じ家にいても、一緒にはいない、そんな感覚だった。
だから、こんな状況でも、誰かがいるところに、同じく帰ろうとする人が近くにいるだけでうれしい。

けれど――そんな浮かれていられたのも、帰るまでだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~

土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。 しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。 そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。 両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。 女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。

【完結】憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

10歳で記憶喪失になったけど、チート従魔たちと異世界ライフを楽しみます(リメイク版)

犬社護
ファンタジー
10歳の咲耶(さや)は家族とのキャンプ旅行で就寝中、豪雨の影響で発生した土石流に巻き込まれてしまう。 意識が浮上して目覚めると、そこは森の中。 彼女は10歳の見知らぬ少女となっており、その子の記憶も喪失していたことで、自分が異世界に転生していることにも気づかず、何故深い森の中にいるのかもわからないまま途方に暮れてしまう。 そんな状況の中、森で知り合った冒険者ベイツと霊鳥ルウリと出会ったことで、彼女は徐々に自分の置かれている状況を把握していく。持ち前の明るくてのほほんとしたマイペースな性格もあって、咲耶は前世の知識を駆使して、徐々に異世界にも慣れていくのだが、そんな彼女に転機が訪れる。それ以降、これまで不明だった咲耶自身の力も解放され、様々な人々や精霊、魔物たちと出会い愛されていく。 これは、ちょっぴり天然な《咲耶》とチート従魔たちとのまったり異世界物語。 ○○○ 旧版を基に再編集しています。 第二章(16話付近)以降、完全オリジナルとなります。 旧版に関しては、8月1日に削除予定なのでご注意ください。 この作品は、ノベルアップ+にも投稿しています。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

できない子に転生しましたが、家族と食卓があれば十分です ―人間不信だった私が、ゆっくり育つ異世界生活―

愛朱ひいろ
ファンタジー
人の顔色ばかり伺い、心を壊した26歳の会社員女性。 彼女は死後、異世界で「できない子」として転生する。 魔法は使えない。 体は不器用で、成長も人より遅い。 前世の記憶のせいで、人と関わることが少し怖い。 けれどこの世界には、 見守り支えてくれる両親と、 あたたかい食卓があった。 泣いて、つまずいて、できないことに落ち込みながら、 彼女は少しずつ「できないままでも、生きていていい」と知っていく。 これは、 最強でもチートでもない主人公が、 家族と食事に支えられながら、ゆっくり育ち直す 生活密着型・異世界転生×成長×グルメファンタジー。 ……の、予定です。 毎日更新できるように執筆がんばります!

処理中です...