魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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私は魔王の娘?それとも聖女?

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 廊下に残された血だまりと弾け飛んだ勇者の方の体の一部、僧侶のお姉さんの濁った嗚咽、返り血を振り払うお父様。むせかえるような鉄のにおいがあたりに漂っています。
 前世であれば僧侶のお姉さんのように嘔吐していたであろう酸鼻を極める光景の中にあって、私は驚くほど冷静でした。全くと言っていいほど嫌悪感や生理的な反応が起こりません。例えるならばそう、小さなアリの死骸を見つけたときのような感覚です。
 これは私が魔王の娘であるからなのでしょうか。それとも私の心が人でなしになってしまっただけなのでしょうか。ただ一つ言えるのは後者だけは絶対に嫌であるということです。
 転生して、特殊な身の上として生まれ変わったとはいえ私の心は前世と地続きです。心だけが私の人間性を証明しているのです。それなのに心まで変わってしまえば、きっと私は私ではなくなる、そんな気がしています。
 ですから、目の前の光景を覚えておきます。私が凄惨な光景にも心を揺るがせない存在になってしまったという事実と、それは忌むべきことだという思いを一緒に抱きしめましょう。どちらもが、今の私なのですから。
 
 戦意を失った二人が戦闘を継続することはありませんでした。お父様に遅れてやってきた兵士たちによって眼鏡の方は牢獄へと、僧侶のお姉さんは客室へと連れていかれたようです。
 城の中に侵入してきていたのは勇者一党の三人のみのようで、今回の事件はおしまいといったところでしょうか。このように城の中に勇者一党が侵入してくることが、大体十年に一度はあるそうです。大体と言っても年単位でずれるのが当たり前のようで、前にお母様たちがこの城に侵入してきたのは八年前だそうですが。
 私はお父様の腕に抱き上げられて、お父様の寝室へと運ばれてきていました。さすがに前世からの年齢も考えると抱き上げられるのは恥ずかしいのですが、お父様の力が強く抵抗は難しいです。そして何より、下手に暴れて落下すると大けがをしそうです。先ほどの戦いを見ていると、万一落とされたところで一瞬で拾ってもらえそうな気もしますが。
 寝室のベッドにそっと降ろされます。腰掛ける形になったベッドからは、ふわふわと極上の柔らかさが伝わってきました。
「すまなかったな。危険な目に合わせてしまった」
 私を見下ろすお父様は、心なしかしょんぼりとしているようで叱られた大型犬を思い起こさせました。確かに侵入者から遠ざけようとしていた娘が、あわやその侵入者に殺されかけるところであったのですから、普段の威厳ある姿からは考えられない落ち込みようも納得がいきます。
 そう考えると、どちらかと言えば私が能天気なだけなのでしょう。いえ、先ほどまでは生き残りたいと生存意欲を爆発させて足らない頭を必死に回していたのですが、今となってはちょっと怖いジェットコースターに乗った後の気分です。わあ、こんなことが起きるものなんだねというふわふわした感想が出てきます。
 ですから、そう落ち込んでほしくはないのです。
「大丈夫ですよ、お父様。お父様が守ってくれたおかげで私はこうして怪我一つありませんし」
 ほら、とベッドの上でポンポン跳ねます。こう、とても癖になる感触でいつまでも飛び跳ねられていそうですね。もふもふ……。
「しかし死んでいてもおかしくなかった。ステラの使った力の気配があったからこそあそこに辿り着けたのだ。もしステラがあの力を使っていなければ、きっと我は間に合っておらんかっただろう」
 私が使った力というと、ほぼ間違いなくあの青い光、皆が聖女の力と言っていたもののことでしょう。
「聖女の力と僧侶のお姉さんが呼んでいたものですか?」
「そうだ。リリアも使っていた比類なき癒しと守りの祝福よ」
 お父様曰く、聖女の力は魔王からしても脅威となる強大な力だそうです。その力は聖女の資質と練度でかなり差が生まれるそうですが、限定的とはいえ死者すら蘇らせる癒しの力と、城塞よりも堅牢な防壁を呼び出すこともできる力。特に歴代の聖女の中でも傑出した使い手であったお母様を含む勇者一党との戦いは、その力ゆえに三日三晩続き、ついにはお父様はお母様を殺せなかったのだとか。
 お父様がお母様を殺せなかった理由はそれだけではなさそうですが、三日三晩の戦闘ですか……?先ほど勇者を瞬殺したお父様と……?一体どんな世界ならそんなことができるんでしょうか。とても想像がつかないということだけはわかります。私は何もわからないまま塵になっていそうですね。
 そして聖女は必ず世界に一人。つまり今この世に存在する聖女は私だけということになります。
「お父様、初めて使ったばかりの力なので使い方がわからないのですが、何かコツをご存知ですか?」
「コツ、コツかあ……」
 ふっとお父様が遠い目をします。
「リリアは『こう、ぐっとして、ふぁー!てやるの!』と言っていたな」
「お母様……」
 それはつまり全く参考にならないということですね。ぐっとして、ふぁー、ゴルフでもすればいいのでしょうか。肖像画の中でしか見たことのないお母様は綺麗でいかにも聖女という言葉が似合う人だったのですが、ひょっとしてだいぶはっちゃけた人だったりするかもしれません。
「良くも悪くも天才だったからなあ。人に教えることなどは到底向いていなかった」
 先ほどの言葉だけでそれは嫌というほどわかります。とはいえ、何の参考もなしに独学で学ぶのは骨が折れそうですし、先駆者がいるのであればそれを活かさない手はないでしょう。物理的に骨が折れたなら治してしまえばいいですが、時間はそうもいきません。
「先ほど生かしていた僧侶がいただろう。魔族には聖女の力の使い方などろくに伝わっていないが、人間であり聖職者であるあの女であれば何か知っているのではないか?」
「なるほど、その手がありましたか。あのお姉さんにはいっぱい聞くことがありそうです」
 あの場で私にとって唯一の癒しだった僧侶のお姉さんですから、純粋に親しくなってみたいという気持ちもあります。小動物のようで可愛らしかったのでぜひお友達になってみたいものです。この城では私は魔王陛下の娘として扱われるので、気軽に話せる人がいないのです。
 さて、と昔を懐かしむように頬を緩めていたお父様がその表情を引き締めました。重要な話が始まりそうだという予感が肌を撫でます。
「ステラよ、お前はこの先どうしていきたい?」
 その質問は私のこれからを問う重要な言葉ではありました。しかしその意味は広すぎて掴みかねます。
「どう、とは?」
「お前は今回聖女として目覚めた。おそらくはリリアと同じかそれ以上の素質を持ってだ。反対に、魔王となるに足る力は不足しているだろう。そのうえで問う。お前は聖女として生きるのか、我の娘として生きるのか」
 頭が理解を拒んでいます。お父様の言葉、それはどちらかしか選べないことが前提になっています。どちらも私に違いないのに。
「どちらも私です。聖女も魔王の娘も、私に与えられた称号にすぎないでしょう」
「称号などではない、生き方だ。どちらもを選ぶには、あまりに相反するのだ」
 聞き分けのない子どもに対して、優しく諭すような口調でした。
 頭の中できいんと耳鳴りが響いて、思考が張り詰めて固まったかのようです。だって、だってそれは。
「聖女として生きるといえば、お父様の娘ではなくなるとでもいうのですか」
「そうではない。ステラが我とリリアの子であることには変わりないのだ。ただ魔王の娘として与えられている立場や権利をいずれ失うことになるだろう」
 魔王の娘という立場を失ってただの聖女となる、それはつまり。
「お父様の、敵になれということですか」
「……そうなる可能性もあるな」
 聖女は勇者と並んで魔王に対抗する、人間の希望の象徴です。魔族にとっては不俱戴天の敵、そう簡単には受け入れられません。
 お父様は言葉を濁しました。けれどほぼ確信しているからこそ、明言しなかったのでしょう。聖女でも、魔王の娘でもないただの人間として生きることは私にはできないと。ただの人間として生きようとしても、目の前に聖女の力で助けられる人がいれば助けずにはいられないでしょう。
 私の心はきっと、人を見捨てることに罪悪感を感じてしまう。
「お父様の娘として生きる、と言えば」
「……我が生きているうちは守ってやれよう」
 わかっている。私は魔王の娘としてはあまりにも無力だ。魔族の中にはお父様の娘でありながらほとんど人間である私を疎む者もいる。お父様という後ろ盾を失った時、私は簡単に命をおとすでしょうから。
 けれど、そんなことはどうだっていいのです。
「まるで遠くないうちに自分がいなくなるような言い方をされますね」
 どうして百年を超えて生きる魔王がどうして自分がいなくなる前提の話をするのでしょうか。
「ステラ、勘違いするな。魔王とて不滅ではない。ただ父親として、自分がいなくなった後も娘のことを心配するのは当然のことだ」
 確かにそうです。私は心の中で、お父様が死ぬはずがないと思っています。あれほど強くて、長い時を生きてきたこの人が死ぬなんて想像もつきません。
 しかし生物として死ぬのは当然のことなのでしょう。人間と魔族のハーフである私とどちらが先に寿命を迎えるのかわかりませんが。
「それにステラよ、お前は私を厭うていただろう。別の生き方を選ぶことができるのだぞ」
 かちん、と頭の中で何かが切れる音がしました。
「私は魔王の娘という立場が嫌だったのです。お父様の娘であることが嫌だったわけではありません!」
 そうです。転生したとはいえ、前世に未練を残しているとはいえ、自分を愛してくれる今世でたった一人の家族を嫌えるはずもないのです。
 私は魔王の娘という特上級に危険に溢れた立場が嫌なだけ。それで恨むのは神様で、お父様ではありません。
 それなのに、私がお父様を嫌っていると思われていたのですか?
「決めました」
 確かに私の振る舞いにも問題はあったのでしょう。魔王の娘という立場から逃げるように、頑なにそう名乗らず公の場にも顔を出すことを控えていましたから。
 それが原因で、魔王の娘は病弱で次の魔王にはきっと選ばれないだろうと噂されていることも知っています。
 本当はやっぱり逃げ続けたいです。安全な場所でただの人間として生きる未来は魅力的です。けれどそれで何かを失いたくはありません。救える命も、お父様との関係も。
 いずれ失うとわかり切っている未来を選ぶくらいなら、必死で生きることを選びましょう。
 そのためなら、望まない立場だって身に余る力だって使い倒して見せましょう。
「私は魔王の娘ですが聖女です。どちらも捨てません。救える命を救って、お父様も死なせません。お父様は自分が死んだ後のことより、私が先に死ぬことを心配したほうがいいですよ?」
 できるかぎり不敵に見えるように笑って宣言した。
 そんな私を見て、お父様は困ったように笑って頬を掻くのでした。
「欲張りな娘だ。まるで魔王のようだよ」
 


 
 
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