魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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オークさん、昔話をしましょう

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 オクスノは活気にあふれた街でした。行きかう魔族の方々、あちこちに設えられた無骨ながらも実用的な出店、人々の生き方が整えられた秩序ではなく各々がむき出しにする感情や本能によって形作られる混沌を内包した街。街に入った私を迎えたのは、そんな人々の営みの熱でした。
 今回は慰問という形なので、事前に私たちが来るというお触れが街の人々に伝わっています。私たちが通る予定の道はすべて行き来が制限され、道のわきには一目私を見ようといろんな種族の魔族の方々がひしめき合っています。東京の満員電車もかくやといわんばかりの有様です。
 歓声、好奇の目、値踏み。いろんな視線が私に向けられているのを感じます。すべてが好意的なものではありません。私はこれまでこうして魔族の民の前に顔を出すことはなかったものですから、中には軽蔑の目さえ向けている人もいるようです。
 ほら、耳を澄ませば『三日月姫』という声がちらほらと。それは唯一の王女でありながら影が薄く、今にも隠れてしまいそうだと私を揶揄する意味で使われている言葉です。美しい言葉の中に隠された、確かな棘が私に刺さります。
 けれどそんなことはおくびにもださず、笑顔で淑やかに手を振って私の存在を示します。通りにはちきれんばかりに集まったオークの方々に、私を見て少しでも温かい心持ちで帰っていただけるように。
 黒子の面のような、隠形の効果を持った魔道具を付けたソーニャさんはこの景色に驚いているようです。魔族も人間も、群れて営みを作り出す生命に変わりはないですからちょっとしたカルチャーショックというところでしょうか。人間から見た魔族というのは、このような営みのない悪辣非道な者たちの集まりだと教えられている可能性もありそうです。
 それとも私を見るためだけにこれだけのオークの方々が集まったことに驚いているのでしょうか。正直言ってそれについては私もとても驚いています。こうして表舞台に顔を出すことをあまりしてこなかったので、きっと引きこもり扱いされてあまり人も集まらないだろうと思っていたのですが。
 人の列は見る限り私たちが目指すオクスノ城まで続いています。お祭り騒ぎは留まるところを知りません。
 ふと私が手を振った先にいたオークの子どもが目を輝かせて、何かを母親にまくしたてる様子が目に留まりました。明るい光景、出迎えた歓声。それを思うと作り笑いでなく、心からの微笑みで手を振るようになっていました。

 私を見ようと集まった人々の列はやがて城の門前で途切れました。四、五メートルはあろうかという立派な門をくぐり、出迎えた遣いの者に案内されるまま城の中を進みます。フェイルト城ほどではないにしろ、案内の方がいなければあっという間に迷ってしまうであろう広さを持った城の中は、王女の訪問ということからか張り詰めた雰囲気が漂っています。
 やがて辿り着いたのは他より少し華美な装飾が施された扉でした。案内の方がドアノッカーを鳴らすと、お入りくださいと声がしました。生前のカラザフの低い声をいくらか若くしたような、少し籠った声。
 開かれた扉の先にいたのは緑の軍服に身を包み、不動の敬礼で私を出迎えるオークの方でした。緑色の肌、大きな体躯に広い顔、口の端から飛び出す牙に、尖った耳。そんな容姿を持つオークの中でもひときわ筋肉質なその方は、私をまっすぐ射貫いています。
「長旅ご苦労様でした。カリレア・ノルト・オクスノ並びにオーク一同は貴方様を歓迎いたします。王女殿下」
「お気遣い感謝いたします、カリレア卿。急な訪問で無理をさせてしまったことでしょう」
「王女殿下が気にされることではありますまい。それが我らの仕事なれば」
 カリレア卿は無愛想と取れるほどに表情を引き締めていました。どうぞと勧められた席に座り、さてどうしたものかと考える。
 はたしてどのようにすれば、カリレア卿の心を解せるのか。警戒心の見えるそのたたずまいに、どう訴えかけるのか。
 ……私に小難しいことはできないでしょうね。ただカラザフのことを話しましょう。
「此度の勇者の侵入によってカラザフ卿が亡くなられてしまったこと、とても残念に思います」
「……いえ」
「彼は私にとって、尊敬できる教師でした」
 王女である私に専属の教師としてつけられたのが、魔族の中でも幅広い知識を持つカラザフでした。代々オークの首領には力だけでなく、経済や農業など魔族最大の人口規模を統治するために必要な知識も求められます。他の種族はそもそも数が少なかったり、放任主義だったりするのでそういった面に疎く教師には向きません。
「彼と初めて会った時、私が何と言われたかご存じですか?」
「いえ、父はあまりそのようなことを語らなかったものですから」
「そうなのですね。『あなたは魔王には向いておりませんな』と仰ったのですよ」
 思い出して、少し口の端が緩みます。
 あれは衝撃的でした。魔王の娘として生き延びるために、何とかして力を誇示しなければ殺されるかもしれないと躍起になっていた頃の事でしたから、そんなことを言われて殺されてしまうのかと。
 種すら撒いてもいないのに早くも年貢の納め時かと覚悟をしましたが、続く言葉は予想外の物でした。
「酷いものですよね、まだ小さな子どもを捕まえてそんなことをいうなんて」
「父らしいですな。子どもにも容赦はない」
「ええ。そしてこうも言ったのです。『しかし民を導く王ならば』と」
 彼が省いた言葉が何だったのかはわかりません。もしかしたら父と比べる言葉だったのかもしれませんし、まだ何とかなるといった消極的な内容なのかもしれません。
 どれだっていいのです。どうすれば生き延びられるのか藻掻いていた私にとって、本当に大切なのはそこではありませんでした。
「彼は私に目指すべき王の在り方を示し、必要なものを教えてくれました。私にとって彼は師ともいえる存在です」
「王女殿下にそう仰っていただけるのであれば、父も浮かばれましょう」
「本当に、惜しい人を失くしました」
 少しだけ雰囲気が和らいだように思います。形だけの訪問ではなく、カラザフを悼む意志が確かにあることが伝わったでしょうか。
「実はカリレア卿のことも少しだけ話しておられたのですよ」
「私の、ですか」
「まだまだ甘いところがあるだとか、感情的に過ぎるだとか」
「……そうですか」
 そう残念そうな顔をしないでください。大切な言葉がまだ残っています。
「ですが最後の授業の時にはこう言っていたのですよ」
 ――息子はまだ未熟者ですが、教えられることは全て教えました。貴方が王となったとき、きっとお役に立てるでしょう――
 その言葉を伝えるとカリレア卿ははっと体を震えさせ、そうですか、と呟いたのち暫し瞑目していました。
「……父は生前一度も私を褒めなかったものですが、そんなことを言っていたとは」
「あまり多くを語らない厳しい方でしたね。ですが私も今日貴方を見て同じことを思いました。貴方なら、きっとカラザフに劣らぬオークの長となれるでしょう」
 王女でありながら、三日月姫などと揶揄される私がオークに利益をもたらすのか推し量っていたでしょう?と問えば、カリレア卿は牙を剥きだしにして笑みを浮かべました。
「ばれていましたか」
「ええ、ですが狂信や無関心よりもよほど信頼に値します」
 実際、それらは苦手です。私は過ぎた信頼を受け入れられるような人間ではないですひ、無関心には取り付く島もありません。
 その点私という存在がもたらす価値を見定めようとするならば、私にできることをすればいいだけです。
「ですからお願いしたいことがあります」
「お願い、ですか」
 カリレア卿が目を細めたのがわかりました。どのような内容かで私を推し量ろうということでしょう。結構です、私も自分の価値を貴方に示そうとしているのですから。
「私にけが人の治療をさせていただけませんか?」
 ほう、と感嘆の息をカリレア卿は漏らしました。
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