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兵士さん、ばーっと治しちゃいましょう
しおりを挟む私は聖女の力を持ちながら、魔王の娘でもあります。そして先日父にどちらも捨てないことを宣言しました。
決して魔王になりたいわけではありません。ただ魔王の娘であることによって降りかかる危険から自分の命を守るだけの力を手に入れなければ、その約束を果たすことさえ叶わないでしょう。
というのも良からぬものが魔王の座を狙った時、私の存在は明確に邪魔となるからです。
魔族は強さを何よりも重んじます。それ故に魔族の中で最も強いものが魔王となるのですが、魔王にも二つの種類があります。
一つは勇者に魔王が討ち取られた後に自然発生する魔王です。自然発生とは言うものの詳しい条件はわかっておらず、ある日突然魔族の子どもに絶大な力が与えられたり、そもそも強大な存在として産まれることがあるとだけ歴史書には記されています。
この産まれ方をした魔王は魔族という枠組みを超えた権能とも呼べる力を持っており、必ずと言っていいほど時代に名を残します。お父様はこちらに該当します。
二つ目は魔王に力を認められた魔族がその力を継承して産まれる魔王です。一つ目の魔王には明確に力で劣りますが、それでも魔族の中では一線を画す力を得ます。このような産まれ方をする魔王は多くの場合それを魔王の暗殺や決闘という形で成し遂げました。しかしこの方法の難点は魔王を殺したとして、殺したものが必ず魔王を継げるわけではないことです。魔王を継ぐのはあくまで魔王が認めた者のみ。それでも魔王の地位を狙う者は度々歴史の中に現れます。その権力と名声のために。
したがって魔族の中には魔王の命を虎視眈々と狙う者がいるのです。彼らにとって私は次代の魔王に選ばれる最有力候補に見えることでしょう。となれば私を先に排除しておきたいのも当然の道理です。
私が魔王の娘という立場を嫌がる理由がこれです。人類にとって不倶戴天の敵であるだけでなく、下剋上を狙う魔族からも命を狙われるのです。四面楚歌、疑心暗鬼、自己防衛です。最も、自己防衛するための力も非力な私にはなかったのですが。
ところが先日、聖女の力といういわゆるチートとも呼べる力を手にしたことで事情が変わりました。世界でも最上級の治癒と防御の力を活かすという選択肢を手に入れたのです。
これをどう活かすかというと、人を癒すことで恩を売ります。恩を売ることで私の敵が減りますし、もしもの時には助けてもらえるようになるでしょう。それにこの力は手に入れたばかりで練習が必要です。しかしフェイルト城では治療が必要なほどの怪我人は少なく、城の医療設備で間に合ってしまいます。そこに私の出番はありません。
その点オーク領は広大な領地に点在する魔物や、国境で発生する人間との戦闘などで慢性的に医療物資や人材が不足しているという問題を抱えています。怪我をされた方を実験体にするようで申し訳ないですが、しかしお互いにメリットのある提案だと思います。
カリレア卿はしかし快諾はしませんでした。
「失礼ながら王女殿下、貴方様は回復魔法に長けているというわけではなかったと存じておりますが」
当然ながらカリレア卿は私が聖女の力に目覚めたことを知らないわけですから、この反応は予期して然るべきでしたね。
「説明が遅れました。実は私、お母様から聖女の力を受け継いでいたようで、それが先日の襲撃で目覚めたのです」
「なんと、そんなことが……」
カリレア卿は顎に手を当てて思案しています。よく考えれば上司の娘が訪問してくるから無難に歓迎するつもりだったのに、いきなり予定にないことを言われては困るというものでしょう。これは私の思慮が足りていませんでしたね。
とはいえこちらも簡単に引き下がるつもりはありません。私の命もかかっていますし、私の力で治せる人の命もかかっています。
ふむ、と一つカリレア卿は息を吐きました。
「医療所など、王女殿下が見ても決して気持ちのいいところではございませんよ」
「構いません。いつまでも箱入りではいられませんので」
私が退くつもりがないことを察したのか、カリレア卿は重い腰を上げて立ち上がりました。
「では医療所へ向かいましょう。ただし今の医療所は修羅場を迎えておりますので、できる限り邪魔はされないよう」
汚れてもいい質素な服に着替え、カリレア卿を先頭に医療所へ向かう道中オーク領の現状について説明を受けました。
人間の領との国境付近で大規模な魔物の狂暴化が起きており、それによって例年とは比べ物にならない死傷者が出ているとのこと。今のオクスノの医療所はどこも怪我をしたオーク兵で溢れており、医療のリソースを圧迫しているようです。
城内の医療所に近づくにつれ慌ただしくなる白衣の人の行きかい、運び込まれる負傷者、豪奢な城の中でそこだけ別空間になったかのように漂い始める鉄の匂い。やがて見えてきたのは、医療所の室内に収まり切らず廊下にまで並べられた怪我人の列でした。
そこらから響くうめき声と香る血生臭い匂いを前に、想像していたよりも状況はずっと酷いようだとわかりました。医療所のスタッフの方々の何人かは邪魔だと言わんばかりの険しい表情を見せています。ですがたじろいでいる暇はありません。
手始めに一番近くにいた片腕の肘から先が無くなり、断面に巻かれた包帯から血が滲みだしている兵士の方の横に跪きました。
「大丈夫ですか?」
「ぅ……あぁ……」
虚ろな返事を聞きながら、両手を組んで強く願います。ソーニャさんは聖女の力を使うために必要なのは心の奥底からの強い思いなのだと。
であるならば思うのは痛み、苦しみが消え去ること。これほどの怪我をした痛みはどれほどのものだったでしょうか。もしこの方が亡くなってしまえば、どれだけの人が悲しむのでしょうか。今私の目の前にある命はもう他人事ではなく、失いたくない尊い命なのです。
ですから、この想いをどうか受けとめてください神様。
指先が赤くなるほど強く力を込めた祈りは間違っていなかったようで、医療所中に青い光がふわふわと舞い始めました。それを見て急に静まり返った医療所の中では、誰かが綺麗と呟いた声さえ聞こえます。
やがて青い光は目の前の兵士の方だけでなく、一面に並べられた怪我人の方にまで降り注いでいきました。そして彼らの怪我が青く仄かな光とともに治っていくのです。片腕を失くされた兵士の方の欠けた腕が、青い光に縁どられながら徐々に生えていきます。はらりと包帯が落ちて、あっという間に残った腕と変わりない正常な腕が再生されました。
くらくらとする頭で辺りを見渡せば、ちらほらと起き上がって不思議そうに怪我があった場所を確認する兵士の方々が見えます。青い光が溢れたのは廊下だけではなかったのか、医療所の中もにわかにざわつき始めているようです。
そして私が祈りをやめると青い光が淡く消えていきます。多くの視線がこちらに向けられていました。今起きたことが信じられないといったような驚愕の視線。
私はそれにカーテシ―で応えました。
「皆様の奮戦によって多くの命が守られています。そのことに私、ステラ・ノルト・フェイルトから最大限の感謝を」
一瞬の静寂、そして各々が状況を認識し始めると鼓膜が破れんばかりの喝采が沸き起こりました。今まで何もできなかった私でもこうして人を助けられるということに胸が温かくなります。
しかしめまいがしているところにあまりの音量で叫ばれたので、昏倒しそうになってしまいました。ぐっとお腹に力を込めて耐えました。やはり気合は、大事です。
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