魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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作戦開始です

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 どうしてこうなったのでしょう。
 私の目の前には即席の部隊にも関わらず一糸乱れることなく整列し、その練度の高さを余すことなく証明しているオークの兵士の方々およそ百人。
 それを外野から羨ましそうに見つめているその他大勢の兵士が多数。
 私の目の前に並んでいる方々の視線には並々ならぬ熱量があり、ともすれば彼らの背後からオーラめいた陽炎がゆらゆらと立ち上っているようにも思えます。流石に錯覚です……よね?
 これから行われるのは私自身で提案した、私の能力を活かした討伐作戦の前段階。私の能力が兵士の方々にどれほどの影響を及ぼすのかの調査です。
 言ってしまえばこの方々は実験台ということなのですが……。
「それではみなさん、よろしくお願いいたします」
「「「「「「ウオオオオオオオオオオオオ!」」」」」」
 私よりも皆さんのほうがやる気なのは何故でしょうか。

 先日私はレーゲン大将とカリレア卿に作戦を提案し、無事受け入れられました。しかし軍事作戦というのはそうすぐに行えるものではありません。人や物の準備、現在の状況との調整などで時間がかかるものです。私の提案した作戦も実行速度が重要なものではなく、私の立場上警護についても迷惑をかけてしまう以上なおさら時間が必要でしょう。
 それでお二方が準備を整えている間、軍事に関して門外漢の私は怪我人の治療に当たっていました。ここは魔暴災害の最前線であり、日夜魔物の漸減のため戦闘が行われていますから怪我人は留まることを知りません。
 戦闘が不能になるほどの重傷を負った兵士は応急処置の後にオクスノへ送られ、軽傷の兵士と後送する余裕もない兵士はここで治療されます。連日運び込まれる怪我人に、衛生部隊は忙殺されている様子でした。この忙殺は比喩ではなく、割と本気で衛生部隊の皆さんは死にそうな顔で駆けずり回っておられました。体力的に死にそうな人が身体的に死にそうな人を治すブラックな環境、初めて見た時には内心恐怖を覚えました。
 とかく軽傷まで含めれば怪我人の数は膨大になります。私は重傷の方から聖女の力で治していくことにしました。仕事に横やりを入れることで衛生部隊の方から苦情を言われるかと思いましたが、大多数からはむしろ両手を合わせて拝まれました。なんといいますか本当に心身ともに追い込まれる切羽詰まった環境だと、文句を言う余裕もなくなるものなのですね。
 そうして重傷の方は後送予定だった人も含めてあらかた完治しました。では軽傷の方だけならば衛生部隊に余裕が生まれたのかというとそうでもなかったのです。
 何故かといいますと、衛生部隊の診療所が絶望的に不衛生だったためです。怪我人の血はベッドに染みついたままだったり、治療に使われる道具は消毒されていなかったり。そのため軽傷であっても傷が膿んでしまったり、感染症にかかる人が多かったのです。
 これは前世の知識を持つ私だからそう言えるのですが、魔法による治療も行われるこの世界だとそう考えられてはいないようで、衛生部隊の方々は魔物の魔力が体内に侵入して暴れることで軽傷でも悪化するのだと仰っていました。
 確かにそれはあるのかもしれません。この世界の医療と前世の医療は違って当然ですし、病気も違って当然です。ですからそれ自体はあってもおかしくないと思います。
 しかしだからといって何もしないわけにはいかないでしょう。私は無理を押して軽傷の方も聖女の力で全員治した上で、余裕が少し生まれた衛生部隊の方に衛生環境の改善をお願いしました。
 とはいっても前世で医療に詳しかったわけではないので医療所を清潔に保つこと、一度使った道具は煮沸や加熱によって消毒すること、傷口には度数の高い酒を掛けて消毒することくらいしか提示できませんでしたが……。
 これでナイチンゲール女史が有名になった時代の衛生環境くらいにはなったのではないでしょうか。
 その日私は夕ご飯を食べる余裕もなく倒れるように眠りこみましたが、できる限りのことはしたと思います。これで何の成果も無かったら非常に申し訳ないですが、やらない選択肢はありませんでした。
 そして次の日作戦の準備ができたことを伝えられ、出発前に部隊へ激励の言葉をかけることになった私が見た光景。それが先ほどの兵士の方々というわけです。

「兵士の皆さんはステラ様の話題で持ち切りですよ。三日月姫は癒しの光を使われる天使のようだって」
 中層へ向かう道中、ソーニャさんがそんなことを言っていました。私が動けない間にこうして情報を集めてくださるのは嬉しい限りです。ですがどうしてこう、私を称賛する内容ばかりなのでしょうか。
 まあ確かに昨日は怪我人を全員治すような無茶をしたわけで、自分でも驚く限りなのですがたった一度だけでそんな尊敬の目を向けられるほどでしょうか。皆さんにはまだはっきりとわからない聖女の力の実質的な練習台になっていただいているような形ですし……。
「もうだめかもしれない、そんな状況を救っていただけるのは例え相手が悪魔であろうとも命の恩なのですよ。そして姫様は天使のように愛らしくいらっしゃる。天使から命の恩を受けて、何も思わぬ恩知らずは我らオークの軍人にはおりませぬよ」
 いまいち納得がいかない私を見かねたのか、私の護衛に就いているオークの方がそう仰ります。周りの兵士の方も一様にうんうんと頷いており、どうやらそれが今回の作戦に志願された方々の総意であるとわかりました。
 本当にありがたいことだと思いました。私が聖女の力を使う理由の一つに自分が生き延びるためという打算は確かにあるのですが、それでもこうして感謝を形にされると私の行動は少なくとも人を救っているのだと思えて胸が温かくなります。
 前世で人を救うことはなく、今世では自分が救われるために現実逃避をしてきたこの身でも人を救えたのだと。
 そうしているうちに私たちは、かなりの数の魔物が討伐され危険の少なくなった森の浅層を通過し中層に至ります。
 中層は鳥の鳴き声一つ聞こえてこない不気味な場所でした。時折魔物と兵士の方が交戦しているのか、叫び声や剣戟がこだまします。辺りには魔物との戦闘で着いたと思しき生々しい傷跡や、魔物に食べられたのであろう動物や魔物の死骸が転がっています。
「では、作戦通りに」
 部隊長の合図で部隊が散開し、私たちは現在形成されている前線より突出する形になりました。私がいるここが最前線で、実験を行う精鋭部隊二十名余りとソーニャさんがここに残り、他の方々は私たちの側面と退路を固めてくださっています。
 さらに森を進むと漂う不気味さは一層増し、戦闘音もあちこちで響くようになりました。
「姫様、魔物です」
 部隊長が指差す先には兵士の方と同じくらいの全長はあるだろう狼が、その巨大な牙を剥きだしにして唸っていました。それも単独ではなく、見える範囲には三匹ほど。
 あの牙で噛まれてしまえば兵士の方といえど簡単に腕を引きちぎられてしまうでしょう。
 ですから怪我人が増えないよう、皆さんに力をお願いします。
「《どうか彼らに御力を》」
 イメージを固めやすくするために私の中で定義した祈りの言葉を唱えると同時に、青い光が兵士の方々に降りかかります。おおっ、と兵士の方が驚いたのも一瞬で油断なく武器を構えて狼と向かい合っています。
 どちらが口火を切るかと見合ったのも束の間、先頭の狼が走りこんできて一瞬で距離を詰められました。群れの狼も続き、同時に飛び掛かってきます。
 それを受けるのは先頭に立つオークの兵士です。自らの胴体を覆い隠すほどに大きな盾を構えた彼は同時に飛び掛かってくる狼にも臆さずずっしりと攻撃を受けきる構えです。その後ろでは彼が攻撃を受けた瞬間に狼に攻撃を加えようと何人かが備えています。
 そして狼がその盾にかぶりついた瞬間、ごごごんと岩を連続で殴ったような鈍い音が響きました。盾の端を加えて振り飛ばそうとする狼、防御が崩れたところに本命の一撃を加える予定だった狼、そのどれもが失敗し、盾に衝突したのです。一方盾を構えている彼はこゆるぎもしていません。
 次いで後ろの兵士の方の攻撃が狼に殺到します。一撃で首を絶たれ、心臓を刺し貫かれ、現れた狼の群れは全滅しました。
 ……これが魔物との戦闘。魔法使いの方に殺されかけた時とは違う、野生に対する恐怖を思い起こさせる光景でした。
 兵士の方は後続の狼を警戒し、それがないとわかるとこちらに集まってきます。
「第一戦、B級凶つ狼タイラントウルフ三頭、討伐完了致しました」
 部隊長がその報告に応えます。
「うむ。所感を述べよ」
「はっ。非常に強力な身体強化であると思われます」
「小官も同意いたします。仮に姫様の身体強化がなければ、初撃を受けとめることは不可能でした」
「攻撃についても同様で堅固な奴らに対して一撃で致命傷を負わせたことから、純粋な魔法による身体強化以上の効果が見られます」
「なるほど、あい分かった。次の会敵に備えよ」
「「「はっ」」」

 こんな調子で次々と報告が上がってきます。その内容を聞く限りではどれも順調で、重傷を負った怪我人は出ていないようです。
 怪我を負った方についても、ソーニャさんの回復魔法で治せるもので戦闘に支障はないとのこと。
 正直安心いたしました。望んでついてきてくださった方々とは言え、私の提案で大きな怪我をされるのはとても苦しいですから。
「姫様、この身体強化は全力ですか?」
「いえ、あまり強くすると兵士の方に負担になるかもしれませんので六割程の力です」
「余力はどれくらい残していますか」
「七割程でしょうか。一度掛けたらそのまま継続して効果を発揮するので、初め以外消耗していません」
「二十人に対してこれほどの強化で三割……なるほど継続時間はこれからですが、十分期待できそうですな」
「ありがとうございます」
 どうやらかなり期待できる結果であるようです。どうやらこのクスラの森の中層で出くわす魔物はどれも危険度が高く、オークでは精鋭でも怪我人を出さずに戦うのはかなり難しいのだとか。それなら確かに怪我人が多いことも納得です。
 そして一時間ほどは経ったでしょうか。私が掛けた身体強化の効果が切れ始めたという報告が上がり始めたため、撤退の準備を始めた時にそれは起こりました。
 ワオオオォォォォォ……。
 静かな中層に響き渡る遠吠え。途端に辺りが騒がしくなり、兵士の方々が臨戦態勢に入ります。
 次いでカンカンカンと緊急事態を報せる鐘の音が響き渡ります。最前線で何かが起きていることを誰かが察知して鳴らしたのでしょう。これで後方のカリレア卿とレーゲン大将にも伝わっているはずです。
 辺りから聞こえる唸り声が数を増していきます。見渡せばあちらこちらの木の影で先ほどの狼達が殺意を露わにしています。
 そしてドスンと柔らかい森の土の上でなお重い音。
「ボスがなぜ中層のここに現れる!? 撤退だ!」
「後方囲まれています! 側面の部隊で処理しきれない数が来た模様!」
「くそっ! 死んでも姫様を守り抜け!いいな!」
 圧倒的な存在感でした。全長は五メートルに至るでしょうか、家一軒はあろうかという巨大な狼。
 兵士の方であろうと丸呑みできそうなその魔狼は、紫に揺らめく靄をその身にまといながらあふれ出しそうなほどの憎悪をその目に滾らせて私を睨みつけていました。
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