魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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私、死にそうです

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 眼前に魔狼という死が口を開けて私を飲み込もうとしています。虚を突かれた形になったので、私を助けられる人はいないでしょう。
 世界がスローモーションになったかのように見えます。足を食いちぎられた激痛と死の予感に、私は前世の走馬灯を見ていました。

 *

 前世の私はほとんどの時間を病床で過ごしていました。珍しい難病とのことで外出許可は中々下りず、出来ても看護師さんに手伝ってもらって車いすで病院の中庭を散歩するくらい。
 人との関わりはあまりなくて、時折見舞いに訪れる両親と看護師さんとのお話がささやかな楽しみでした。
 けれど病床にいるとどうしてもよくないことばかり考えてしまいます。
 確実に自分の体の中を蝕んでいく病魔の影、少し前までできていたことがある日突然できなくなる。両親への負担、二人は私を愛してくれているけれど、何もできない私はそれに甘えるだけで二人に何も返してあげられない。
 死への恐怖、このまま何もせずに死ぬことがとても怖い。したいことの一つもできていない、まだ大切な人達に恩返しもできていないのに死んでしまうなんて。
 窓の外には自由な人たちがいる。私にはないそれを持っているはずの人達はしかしほとんどの人が暗い表情を浮かべているばかりで。
 両親も時折私を見て辛そうな表情を浮かべる。健康に生んであげられなくてごめんね、なんて。二人は何も悪くないのに。
 暗い顔は嫌いだ。もっと世界には素敵なものがあるはずなんだ。それを一緒に探して、笑顔にしたいから。
 苦しいのは嫌いだ。中庭に差す柔らかな木漏れ日も、優雅にはばたく蝶を見た時の感動も苦しい時にはわからなくなる。心を麻痺させてしまうから。
 死は嫌いだ。まだ、まだやりたいことがいっぱいあるのにと心が慟哭してやまないから。なのに全てを私から奪っていく。
 きっと他の人もそうなんだと思う。だから暗い顔をしないで、私のことで苦しまないで。
 ああ、今になって思う。死ぬ間際、緩やかにかすむ意識の中で私は皆にちゃんと笑えていただろうか。楽しそうな顔を見せられていたらいいな。

 *

 気づけば、ありったけの力を注いで目の前に障壁を張っていました。直後魔狼がそれに衝突し、硬質な甲高い音が響きます。魔狼が飛び掛かってきた勢いそのままに、私は大きく吹き飛ばされました。
 魔狼の大きな牙が目の前で私を障壁ごと噛み砕こうとしているのを、すさまじい勢いで後ろに飛ばされながら必死で耐えます。視界から一瞬で部隊の方々が消え、鷲になったかのような速さで木々が視界の端を流れていきます。
 ぎちぎちと競り合う牙と壁、魔狼と私のどちらが先に砕けるのか。
「まだ死ねません。お父様との約束も、救える命もまだあるのです。まだ、まだ!」
 叫び、左手を振りかぶります。拳の先には槍のように鋭く長く障壁を形成し、私への憎悪と殺意に染まった魔狼の目を目掛けて。
 振り下ろし、鮮血が走ります。深々と槍はその右目に突き刺さり、あふれ出した魔狼の血と、禍々しい靄が私に降り注ぎました。そして魔狼は首を左右に激しく振り、私はそれに振り回されて視界がぐらつきます。私の体は軽々と、紐の先につけられたアクセサリーのように宙を舞いました。
「ぎぃあ!」
 全身に走った激痛に呼吸が止まる。ジインと耳鳴りが脳裏に響いて、頭を打ったせいか意識がおぼつかない。ごふ、と嫌な音がする咳を何度もして呼吸を整える。前世の死ぬ前と同じ感覚。私の体はもう死の淵にある。
 それでも、まだ抗わなくてはいけません。例え死に瀕していようとも、死ぬ瞬間まで私は生きています。
 周囲の状況を確認すれば、森の中、茶色い土が見えます。どうやら私は地面に叩きつけられたようです。吹き飛んだ先がやわらかい森の土で幸いでした。これが岩や木であれば私は呆気なく死んでいたでしょう。
 ふらふらと立ち上がろうとして、それすらもおぼつかずへたり込みました。そういえば、足が嚙み千切られていたのでしたっけ。もうあちこちが痛すぎてそれすら意識から抜けていました。
 聖女の力で治そうと左足を見れば、魔狼を覆う紫の靄が傷口を覆っています。これは、治療を阻害しているということでしょうか。
「《どうか私に、……お癒しを》」
 私の言葉に応えて湧き上がった光の粒は、弱弱しいものでした。そして詠唱の完成を待たずに儚く霧散していきます。
 もう聖女の力すら使えないということですか。それほどまでに私は追い込まれている。
 グルルルル……と唸り声がします。声がした方向を見れば、右目からおびただしい血を流しながらもこちらをより一層殺意を込めて睨みつける魔狼がいました。
 さて、どうしましょうか。もう状況は文字通りの絶体絶命。私がいつ死ぬかは魔狼がいつ私を噛み殺そうとするかと同義です。
 体はもう歩けもしないほどボロボロで、頼みの綱である聖女の力も枯渇しました。残されたのは小さくて頼りないこの身一つ。
 だというのに、魔狼は近づいてきません。それどころか牙をむき出しにして、天敵を威嚇するような……。その視線は私より、その後ろを見ていました。
「お父様、どうしてここに……」
 振り向いた私が見たのは、険しい顔で魔狼を睨みつけるお父様でした。お父様はフェイルト城にいるはずなのに、どうしてここに。けれどお父様は私に見向きもしません。
「魔狼よ、ここを去るが良い。今は見逃してやる」
 お父様が低い声で唸ると、魔狼はお父様の意図を理解したのかこちらを睨みながら後ずさり、そして一目散に逃げだしていきました。
「おとうさ「ステラよ」……はい」
 またお父様に助けられてしまいました。魔法使いの方の時はともかく、今回は自分から危険な道を選んでこの有様です。きっと怒られてしまいます。
 そう思ってゆっくりと見上げたお父様の顔は未だ険しく、怒りが籠っていました。
「……人間の世界へ行け。そこでお前の勇者を探せ」
 しかしかけられたのは𠮟責ではなく、突然の命令でした。
「お父様、それはどういう……」
 お父様は私の言葉を意にも介さずに頭に手をかざし、なにか呪文を唱えました。そして私の意識は薄く引き伸ばされるように、白く染まっていきます。
「勇者を見つけたら一緒に帰ってこい」
 薄れゆく意識の中聞こえたのは、そんな言葉でした。

 *
 
 鳥の鳴き声に、木々のさざめきがかすむ意識をくすぐります。動こうとしても痛みを訴える体は応えてくれません。
 痛い。辛い。苦しい。体のあちこちから送られる感覚は、そんな負の感情ばかりを思い起こさせるので、嫌になります。
 私の血がどんどんと地面にしみ込んでいくのが見えています。酷い出血というものは、こうして命が失われるさまを残酷に突きつけてくるものなのですね。
(お父様、どうして……)
 脳裏を埋め尽くすのは、そんな疑念。一体なぜ、こんなことに。そんな思いが答えの出ないままゆっくりと巡ります。
 やがて言葉さえ思い浮かばなくなった頃。
「君、大丈夫!?」
 薄れゆく視界の中に飛び込んできたのは、あどけない、それは優しそうな少年の顔でした。

 
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