17 / 34
私イン知らない場所
しおりを挟む「……ここはどこでしょうか」
目を覚ますと知らない天井が視界いっぱいに映りました。フェイルト城の手入れの行き届いたそれと比べるべくもない木造の天井。シミやひび割れなど年季が入っていることがわかるそれは、この世界では見覚えのないものです。
「木造の建築……なんだか懐かしいです」
魔族でも木造の建築が行われている場所はありますが、都市部では石造りが主流なため残念ながら私がステラとして産まれてから目にしたことはありません。
古びた木の香りが、前世でまだ元気なころに訪れたことのある田舎の祖母の家を思い起こさせます。
「あいたっ!」
身を起こそうとして全身に痛みが走ります。そういえば私は魔狼との戦闘で大けがをして、それで……。左足を。
はっと気づいて私に掛けられていた布をめくります。そこには包帯が巻かれているもののしっかりと繋がった健康な足がありました。
記憶の中にある私の足は確かに狼によって噛み千切られていたはずなのですが……。
よほど腕のいい方が治療してくださったのでしょうか。
怪我に響かないようゆっくりと身を起こすと、私が寝かされているのは質素な部屋に置かれたベッドの上だとわかりました。
家具はほとんどなく、最近使った人がいる気配はしません。
私の体はあちこちが湿布や布で覆われていて、いかにも怪我人と言った有様です。
戦闘に備えて動きやすいものにしていた服装も、今は質素な貫頭衣のようなものに変えられていました。
左足に手を伸ばして状態を確かめます。感覚はある、動きも多少ぎこちないだけ。もしかすると立てる?
ベッドから降りようとしたそのとき部屋の扉がキイ、と音を立てて開かれました。
「あ、起きてる! 大丈夫!?」
そういって私に駆け寄ってきたのは、私が意識を失う間際に出会った少年でした。
年齢は私と同じくらいでしょうか、短いながらもあちこちがまっすぐはねた茶色い髪に、人懐っこさを感じさせるくりくりと丸いシトリンのような黄色の目が私を覗き込んでいます。
「あ、はい。大丈夫です」
「よかったー。君、七日間ずっと寝てたんだよ。大怪我もしてるからすっごく不安だったんだ」
私の回復を喜ぶ彼の笑顔は無垢なお日様のようで、心の底から心配してくれて、今こうして喜んでくれているのだと何の疑いもなく思えました。
何もわからない状況、知らない人。抱いていた警戒は、その笑顔に一瞬で溶かされてしまいます。
なんだか不思議な人です。一瞬で安心してしまっている自分がいます。
「ここは一体どこなのでしょう?」
「ここはアサン村だよ。タリアっていう国の端っこにあるらしいんだけど、村の外に出たことないからそんなわかんないや、ごめんね」
「ああ、いえ。ありがとうございます」
タリアという国の名前は聞き覚えがあります。タリア王国、魔族領と国境を接する国の一つで比較的気候、治世ともに安定している国だとカラザフから教わりました。敵である魔族領と国境を接しているのにそのような状態でいられるのは、国境の全てが魔族にとっても過酷な環境であるハレウィア山脈によって構成されているからです。
ハレウィア山脈は五千メートル級の険しい山が立ち並ぶ地で、強大な生物である龍の生息地でもあります。
過去に一度ハレウィア山脈を越えて魔族が侵略しようとしたことがありますが、山を越えるだけで半数の戦力を失い、侵入に成功した残りの半数も補給がままならずに全滅したそうです。それも人間の主戦力ではなく、練度の低いタリア王国の防衛部隊によって。
『ハレウィアの愚攻』と後世に呼ばれるそれは、魔族が人類に対して今の防衛に偏重した戦略を取るようになった原因の一つだともされています。
……つまり私は人間の領地に飛ばされてしまったのですね。恐らくお父様の転移呪文で。お父様の言葉が脳裏をぐるぐると巡ります。
『お前の勇者を探せ』、とは一体どういうことなのでしょう。なぜお父様は瀕死の私を人間の世界に送り込んだのでしょうか。一体何のために?
わかりません。何一つとしてお父様の考えがわかりません。ただ一つ言えるのは、私はこれから一人でなんとか生きていかなければならないということです。
ここでは魔王の娘という権威は通じません。むしろ名乗った瞬間殺されるというシンプルな自殺行為です。
聖女であることも、情報がない今は扱いに困ります。私は人間にとっての聖女がどれほどの影響力を持つ存在なのかを知りません。もし簡単に明かして、例えばそれで人間の重要な国家……フォニア帝国やナーデ聖王国にでも連れていかれるようなことになれば一気に動きづらくなるでしょう。
そういったことを考えて行動しなければ、待ち受けるのは最悪の未来です。聖女の力でどうこうなることではありません。
今私は敵地に一人でいるのですから。
……そういえば、なぜ私たちは言葉が通じているのでしょう。魔族と人間の言葉の大部分が共通していることは教わっていましたが、実際にこうして何不自由なく話せることに逆に違和感を覚えてしまいます。
「……え! ねえ!」
「わあ! すみません、少し考え事をしていました」
「そうなの? 邪魔してごめんね」
「いえ、こちらこそ無視する形になってしまい申し訳ありません」
考え込んでいた私を覗き込む、ガラス玉のように透き通った無垢な目。ハッとなって私は考えを中断しました。
少年は何も気にしていないかのように話し続けます。
「ねえねえ、君の名前はなんていうの?」
「私、私は……」
明かせるのは、ほんの一部分だけ。
「ステラです。ただのステラです」
「ステラ、きれいな名前だね! 僕はルッツ、ルッツ・アサン! よろしくね!」
どこまでも明るく、見るものの心を温かくさせる笑顔で、少年はルッツと名乗りました。
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます
七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。
「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」
そう言われて、ミュゼは城を追い出された。
しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。
そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……
どうぞお好きになさってください
みおな
恋愛
学園に入学して一ヶ月。
婚約者の第一王子殿下は言った。
「学園にいる間くらい自由にさせてくれないか。君が王太子妃になることは決定事項だ。だから、せめて学園に通う二年間は、僕は恋がしたい」
公爵令嬢はその綺麗な顔に冷酷な笑みを浮かべる。
「好きになさればよろしいわ」
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる