魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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ここはのどかなアサン村

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「傷はほとんど治っておる。もう外に出ても問題ないじゃろう」

 目覚めてから三日、私の体を丁寧に触診していたモーガンさんから回復のお墨付きを頂きました。体のあちこちに巻かれていた包帯は既に取れており、傷跡も全く見当たらないまっさらな肌です。
 モーガンさんの下弦の月のように細い目が私をじっと見ています。何か物言いたげな雰囲気です。
 実際のところ私も酷い怪我を負って現れた五歳の女の子が、一週間足らずで完治まで至ったらびっくりすることでしょう。前世なら二、三か月はベッドの上で安静にしていてもおかしくないはずの怪我でしたでしょうし、感染症にも全くかかっていないというのはおかしな話です。
 クスラで見たようにこの世界の衛生環境は整っていないため、ちょっとしたかすり傷で破傷風にかかりかねません。些細な怪我でも命にかかわるのです。
 それにもかかわらず回復した私をモーガンさんは『女神に愛されている』と表現しておられましたが、それだけでは説明がつかない気がします。
 多分魔王の血を引いていることが原因だとは思うのですが、フェイルト城で深窓の令嬢のように暮らしていた私は怪我をしたことがないのでわかりません。それにそんなことを説明できるはずもありません。

 もし聞かれたらどうしましょうか、と悩むのも束の間のこと。

「やった、じゃあ一緒に外へ行こうよ! 僕がこの村を案内してあげる!」

 ルッツが私の手をぶんぶんと振り回します。私より少し大きいだけの手が今はとてもありがたく思えました。急かすルッツに少し待ってもらい、身だしなみを軽く整えて靴を履きます。そして手を引かれるまま部屋の外へ。
 とその前に。

「モーガンさん、本当にありがとうございました」

 窓の外を眺めている彼に深く頭を下げます。腰に椅子を深く落ち着けたその姿は深く根を張る大樹を思わせました。

「子どもが気なぞ遣うな。礼もいらん」
「ありがとうね、モーガンおじさん! また今度狩りを手伝わせてよ!」

 ルッツはそう言い残すと、待ちきれないというように早足で外に向かいます。ですが怪我が治ったばかりの私でも痛くならない程度に抑えてくれているのは彼の思いやりの表れでしょう。
 この歳にして気遣いができる男の子とは、将来が有望ですね。きっと彼はモテる気がします。
 久しぶりに外へ出た私を、柔らかな日差しが出迎えます。ふわりと私を包んだのは夏の名残を流していく晩夏の風、一面に映るのは穏やかな時間が流れる牧歌的な村の風景です。香り立つ草木の香りは近くの森から漂ってきたもの、木で作られた家がぽつぽつとまばらに立っていて、森の反対側には麦畑が広がっていました。
 荒涼とした魔族の地とは異なり自然に恵まれた景色に、思わず立ち止まってしまいます。ああ、なんて美しいんでしょう。
 そんな私を見てルッツは首を傾げます。

「大丈夫? もしかしてどこか痛むの?」
「いいえ、そうではないんです。ただあまりにも綺麗な景色でしたから、少し感動してしまって」

 ルッツの顔が明るく輝きました。

「よかった! でもね、いいところがまだいっぱいあるんだよ。ステラがこの村をもっと好きになってくれたら嬉しいな」

 そして私たちのアサン村観光が始まりました。

 *

 アサン村は森を切り開いて作られた村で、農業と狩猟で生活を成り立たせている人が多いようです。塩などの例外を除いて食料は自給自足できており、村内での物のやり取りはお金ではなく物々交換で行っているというのが、私を案内するのが楽しくてしょうがないというルッツの話から読み取れました。
 あそこに住んでるナニナニさんは気難しいけれど、農業には詳しくて頼りになるだとか肉を持っていくと麦を一杯くれるだとか、村に住んでいる方の細かな情報を矢継ぎ早に教えてくれます。正直全ては覚えきれません。これが田舎特有のネットワークというものでしょうか、情報があまりにも筒抜けすぎます。
 それからモーガンさんについても教えてくれました。

「モーガンさんは昔冒険者をやってたんだって。だから怪我の手当についても詳しいし、狩りの腕も一番なんだ。狩りについては手伝わせてくれるんだけど、冒険してた時の話は全然してくれないんだよね。なんでなんだろう」

 太陽が頂点に差し掛かるまであと少しという今の時間は村の外に出ている人が多いようで、人とすれ違うことはそう多くありませんでした。ただ洗濯物を干している女性や、村の中で遊んでいる子どもたちは居ます。そういう人と出会うとルッツは楽しそうに私を紹介するのですが、私を見た人の反応は様々でした。
 快活そうに大笑いしながら可愛い子だねえと褒める恰幅のいい婦人、鼻の下をこすりながら名乗る男の子、少し睨むようにして渋々名乗る女の子。どうして子どもたちの反応はこうもバラバラなのでしょうと呟くと、ルッツが笑います。

「それはステラが可愛いからだよ。銀色の髪も、金の瞳も今まで見た何よりも綺麗だもの!」
「あ、ありがとうございます……」
 
 不意打ちではありましたが、容姿を褒められるのはフェイルト城で幾度となくされてきたことです。しかしルッツの言う言葉は今までのそれと違い、お世辞や形式と言ったものの気配が感じられなかったので少しどぎまぎしてしまいます。
 やっぱりルッツは将来有望ですね。でも本人は口説くとかそういう意識は全くなさそうなので、恐らくただそう思ったから言っているのでしょう。これは大きくなったら勢いあまって天然の女たらしになっていそうです。
 そんな彼の姿をいつかは見てみたいものですね。

 *

「そういえばステラはお嬢様みたいな感じがするけど、教会とかにも行くの?」
「教会、ですか?」
「そう、偉い人はナーデ様に祈りを捧げるって聞いてるよ」

 女神ナーデ、それはこの世界を作り人間に光をもたらしたとされる神の名前です。座学で聞いたことはありましたが、思い返せば魔族で女神信仰についてはあまり聞いたことがありません。魔族は女神を信じるくらいなら己の強さを信じるといういかにも脳筋な考えだからでしょうか。
 ですから私も教会に行ったことはありません。個人的に祈ったら聖女の力が使えたので信じているとは言えそうですが、普段からお祈りや修行をしているわけではないので信仰とは違う気がします。
 前世から神様は私に見向きもしていないと思っているのですが、これは一度くらいは感謝を捧げに言った方がいいかもしれませんね。

「行ったことはありません。もしよければ案内していただけますか?」
「もちろん!」

 そして連れてこられたのは、この村で一つだけ石で作られた灰色を基調とした建物でした。五十人くらいは中に入れそうなその建物には尖塔があり、その頂上より少し下に前世でも見た十二時間を表す時計が据えられています。
 入り口は大きな木製の扉でしたが、ルッツが少し力を込めるとするすると開いていきます。
 教会の中は外見から想像していたのと同じくらいに広く、木製の長椅子が左右に何列も並べられています。その中央を貫く赤いじゅうたんの先には一段高いところに講壇こうだんが設えられ、その背後では赤子を抱きしめる女性の大きな石像が存在感を露わにしていました。窓はステンドグラスで龍や勇者、聖女と思しき女性が色とりどりに描かれています。

「牧師様ーいらっしゃいますかー?」

 広々とした空間に、ルッツの大きな声が響き渡ります。それが少しの余韻を残して消えた後、かつかつと硬質な靴音が奥から聞こえてきました。
 講壇の横にある部屋から現われたのは白いひげを胸元まで蓄え、真っ黒な修道服を着た白髪の老人でした。真っ直ぐ凛とした姿勢で歩く老人に不思議な威厳を感じまる。しかし彼は私たちに近づくとにこやかに人好きのする笑みを浮かべました。

「おやルッツ君、一体どうしたんだね」
「牧師様、今日はね、新しくこの村に来た子を案内してるんだ!」

 老人の目が私に向きます。私は今日何度このような挨拶を繰り返したかわかりません。ただお辞儀をして、簡素な名乗りをします。

「ステラと言います。怪我をして困っていたところをルッツに助けられました」
「おや、それは難儀だったね」

 老人は一瞬目を瞠ると、しゃがみ込んで私に視線を合わせます。重ねた年の深さを感じさせる穏やかな瞳が覗き込みました。

「私はクルト、この村の牧師だ。もし君が女神さまに祈りを捧げたくなったり、勇者様達の伝説に興味があったらここにおいで。いつでも歓迎するよ」

 その言葉にピンと閃きました。ここであれば、人間の間で伝わっている勇者や聖女についての情報が得られるのではないでしょうか。これからの行動のためにぜひとも手に入れておきたい情報です。

「是非お話をお聞かせ願えませんか?」

 しわの線がいくつも横に引かれた目が細められました。

「勿論、女神様も君の気持ちを喜んでくださることだろう」
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