魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

星 高目

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いただきますと夢見る少年

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 その日の晩、私はルッツの家族の皆さんと一緒に晩御飯を頂くことになりました。
 食卓に並べられたのは、細かくちぎられたパンと豚肉、キャベツが入ったスープ。
 ゆでられたキャベツの香りが強く存在を主張しています。
 隣にはルッツとリリィ、向かい合うようにしてルッツのご両親が座っています。
 
 目の前にあるそれはフェイルト城での食事とは比べ物にならないほど質素なものです。
 柔らかい肉のステーキに、果物。シェフが腕によりをかけて作った見た目にも美しい料理の数々。
 それはやはり私が王女であったからなのでしょう。
 強さが基準であるとはいえ、魔族もやはり貴族社会のような特権階級が存在したのです。
 いつだって私はそれを享受していた身の上でした。

 しかし今はこうして人の好意に身を寄せ、ご相伴に預かっています。
 華美な世界から一転、大地と共に生きる人たちの世界へ。
 目の前のスープは飾り立てるものが一切ない、野性的とまで言えるものです。
 しかし不満などはなく、むしろこれがこの世界において人々がよく食べているものなのだと感慨深くなります。
 手を合わせて、この食材と関わった人たちに感謝を。

「いただきます」
「「「女神様の恵みに感謝を」」」

 あっ。

「ステラのお祈り、変わってるね。暮らしてた場所のものかな」
「そう、ですね」

 嘘ではありません。
 暮らしていた場所が別の世界であるだけです。
 ちなみに魔族にはそもそも食事の前に感謝を捧げる習慣はありません。
 そういえばお父様の前でも同じようなことをして、その後お父様もいただきますというようになったのでしたか。
 大きな肉体を持つお父様が食事を前に手を合わせる様子は、なんだか可愛らしかったことを覚えています。
 
「そういえばステラってどこから来たの?」

 ルッツが純粋な目で尋ねてきます。
 モーガンおじさんの家にいた時は、ルッツが外の様子やその日あった出来事について楽しそうに話すばかりだったので、こういった質問をされることはありませんでした。
 さて、どう答えたものでしょうか。
 全て正直に答えるのは流石に無理です。かといって全部を嘘で言えるほど私の心は強くありません。
 どこかで取り繕えなくなるでしょうし、きっと罪悪感に苛まれます。
 だから、そう。
 思い浮かべるのは前世、日本の事です。
 それならば嘘にもなりません。
 この世界においては真実にもなりませんが。

「とても遠い、遠い場所だと思います」

 恐らくもう帰ることはできない場所です。
 ルッツが少し悲しそうな顔をしました。

「そうなんだね……。じゃあどうして裏の森にいたんだろう」

 それは私もお父様に聞きたいことではあります。
 ただこれも、困る部分をぼかすしかありません。

「わからないんです。ただ狼に襲われて、必死で逃げていたら辺りが光に包まれて、気づいたらあそこにいました」

 食卓が重い空気に包まれ、暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる音だけが聞こえてきます。
 罪悪感が胸に刺さります。私を迎え入れてくれて、話を聞いて境遇に心を痛めてくれる人たちを騙しているような状態。
 それがこんなにも苦しいなんて。

「もしかしたら、転移の罠を踏んだのかもね。僕、勇者の冒険のお話でそういうのを聞いたことがあるよ」

 当たらずとも遠からず、ルッツの言葉はなかなかいいところをついていました。
 私を出会ってすぐ抱きしめた婦人、ハンナさんがそっと私の肩に手を置きます。

「いいんだよ。帰り方を探すにしろここで暮らすにしろ、うちにいてくれて。もうステラはあたしたちにとって娘さ」
 
 旦那さんであるロックさんもそれに頷きます。

「戸惑うかもしれないけれど、うちでは困っていたら助け合うものなんだよ」

 ルッツを見ればニコニコと笑っています。
 何やら面映ゆいです。
 フェイルト城にいるときは、どうしても誰が敵なのか、王女らしく振舞わねばといった考えがあって好意を素直に受け取れませんでした。
 しかし今はただ子どものステラとして温かく接してもらえている。
 それがどうにも慣れません。

「ありがとうございます」

 顔を隠すようにスープを匙ですくいあげて飲みました。
 塩気の薄い、良くも悪くも素材そのままの味がする無骨なスープ。
 味はシェフが作ったものに劣りますが、しかしその中に込められた思いが確かに感じられます。
 これが自然と共に暮らす人々の食事なのですね。

「おねえちゃん、ないてるの?」

 リリィがこちらを見て首を傾げます。
 かと思えば椅子の上に立ち上がってこちらに手を伸ばしてきました。
 危ない、と思って支えれば頭に温かい感触が触れます。

「おねえちゃん、いたいのいたいのとんでけー」

 小さな掌に撫でられています。
 私の心にわだかまっていた申し訳なさだとか不安が一瞬で吹き飛んで、きゅんとときめきで満たされました。
 思わずぎゅっとリリィを抱きしめます。
 
「わぷ」
「リリィは可愛いです! 大丈夫です、もう痛くないですから。ありがとうございます」
「くすぐったいよー」

 私の抱擁をきゃっきゃと受け入れるリリィにそれを笑って見守るルッツの家族。
 団らんというのはこういうものなのですね。



 夜になれば、辺りは闇に閉ざされます。
 この村には街灯などというものはありませんし、どうやら油も貴重でそう多くは使われないようです。
 前世であれば人々がまだ残業しているような時間でも、寝静まる夜。
 私はリリィのベッドで一緒に眠らせていただくことになったので、すでに寝息を立てている彼女の横で眠る準備をしていました。
 と、そこで扉の開く音が聞こえました。
 そっと扉を開けてみれば、何かを持って家の外に向かうルッツの背中が見えます。
 こんな時間に一体何を?
 そう思って私はルッツの後を追いかけるのでした。

 虫の鳴き声と、時折木々のさざめく音がする森の中。
 村からそう離れていない場所まで行くと、少し拓けた場所がありました。
 そこでルッツは立ち止まり、深呼吸。
 手に持っていたものを正眼に構え、振り下ろし始めました。

 あれは素振りでしょうか?
 何度も何度も、剣を振るようにルッツは動き続けます。
 この体は便利なことに、夜目が利きます。
 よく見ればルッツが持っているのは子どもには少し大きい、訓練用の木剣のようでした。
 彼の鋭い呼気が静けさを小さく裂きます。
 まなざしは真剣そのもの。
 私はそれを木の陰からただじっと見ていました。

 やがて素振りの回数が五百を超え、彼の腕が力なく落ちた頃。
 私は声をかけることにしました。

『光よ』

 辺りをぼんやりと小さな光が照らしだします。
 私の乏しい魔法の才も、こういう時には役に立つものですね。

「何!? ……あれ、ステラ?」
 
 突然現れた光に反応して、ルッツがこちらに剣先を向けます。
 どうやら驚かせてしまったようですね。
 これがいわゆるドッキリというものなのでしょうか。
 しかし人によっては反射的に切られてもおかしくなさそうですね、これ。
 ルッツだから剣先を向けられるだけで済んだ。
 今度からはやめておきましょう。
 
「努力家なんですね」

 そういうと、ルッツは少し気恥ずかしそうに頬を掻きます。
 その体は汗にまみれていて、手も震えています。

『清らかな風よ』

 私が唱えた魔法で、ふっとルッツの全身の汗が消えました。
 シャツのべたつきなども消えているはずです。

「わあ! ステラって魔法を使えたんだね」
「日常で少し便利といった程度ですが」
「それでもすごいことだよ。この村で魔法を使えるのは牧師様くらいだから」
「そうなのですね」

 人間の中では意外と魔法は広く普及していないようです。
 使える人が少ないのか、あまり広められていないのかはわかりませんが。
 魔族ではどの人もこの程度の魔法であれば使えて当たり前だったので、その差に驚きます。
 クルトさんは使えるということは、聖職者や貴族など特定の階級の人によって独占されているという可能性もありそうです。
 それはさておいて、です。

「ルッツはどうして素振りを?」

 それもこんな夜にも関わらず、です。
 この人間の社会において、独りで剣を練習するというのは不思議です。
 ただの運動ではないでしょう。
 目指すとすれば、兵士や冒険者。
 少なくとも一生村人として生活するのであれば剣など必要ありません。
 この村でも剣を持っている人はいませんでした。
 もしかすると彼は本当に……。

「勇者様に、僕はなりたいんだ」

 嘘偽りなど一切なく、彼は言い切りました。
 普通の村人からすれば、夢のそのまた夢、おとぎ話のようなそれを。
 確かにずっと彼は勇者のようになりたいと言っていました。
 それは心構えだとか、在り方の話だと思っていました。
 しかしそれは失礼なことだったかもしれません。
 彼は真実、勇者になりたいのです。

「本気なんですね」
「うん、本気だよ。それにもし勇者になれなくても、いつか大切な人を守らないといけない時が来るかもしれない。いろんな人を助けるために剣を振るうことができるかもしれない。そう思ったら、もっともっと強くならなくちゃって思うんだ」

 とても真っ直ぐな言葉です。純粋無垢に他人を思いやる魂の表れです。
 ともすれば目を背けてしまいたくなるほどに眩しく見えます。
 こんな人が勇者であれば、確かに多くの人が救われそうな気がします。

「いつからしているのですか?」
「うーん、牧師様に勇者の話を教えてもらってからだから、えーと、二つ前の春から毎日かな。この剣もね、その時モーガンおじさんに作ってもらったんだ」
「少し持ってみてもいいですか」
「いいよ!」

 柄の部分を両手で持ち、ルッツが剣を離した途端にずしりと重さが伝わります。
 私は剣を支えきれずに、切っ先を地面に落としてしまいました。
 力を込めても持ち上がりません。中に重りでも仕込んであるようです。

 ふと手に生暖かい感触がします。
 光にかざしてみれば、汗かと思ったそれは血でした。

「手を見せてください」
「え?」
「早く」

 ルッツが差し出した手には潰れたから血が滲んでいました。
 それはそうです。これだけ重いものを子どもが振り回していればこうもなります。

『癒しの光よ』

 聖女の力ではない、おまじない程度の回復魔法。
 小さな光がルッツの掌を包みました。

「治癒魔法も使えるんだ! 聖女様みたいだね」
「大げさすぎますよ」

 勘がいいのか人を褒めるのが上手いのか。
 一瞬どきっとしましたがルッツは朗らかに笑っています。
 他意はないのでしょう。
 ほっと息をつきます。

「それじゃあ戻ろうか。もう暗いしね」
「暗いのに外に出たら危ないですよ」
「大丈夫大丈夫」

 そういってルッツはもと来た道を歩き始めます。
 私もその後ろについていきました。

 もし本当にルッツが勇者になったとしたら。
 血煙となった先代勇者が思い浮かびます。
 私は一体どうするのでしょうか。
 
 
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