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魔狼再び
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森の柔らかい土を蹴り飛ばしながら必死で走ります。
森の中は不気味なほどに静かでした。魔狼の気配に、森が皆息を潜めてしまったかのようです。
ルッツの姿はまだ見えません。ですが蹴り飛ばされた土や葉が彼の足跡を示してくれています。
どうか、どうか、彼がまだ無事でありますように。
きっとあの魔狼は私を追ってここまで来たのです。そうでなくては、ここに現れる理由がありません。
クスラの森から、恐らくはハレウィア山脈を一年かけて越えてきたのでしょう。
山脈を迂回すれば、人間の国をいくつも経由することになります。魔狼ほどの魔物が誰にも知られずにここまで来られるとは思えません。
この世界、インターネットはなくとも魔法が存在します。馬も伝書鳩もあります。魔狼がどこかで見つかれば、噂の一つはこの村にも飛び込んでくるでしょう。
なのに魔狼は突然現れた。
私は魔狼を侮っていました。その執念、憎しみを軽んじていました。
当初から、何故か私を見る目に憎しみを宿していたあの狼は、私に追い噛みの呪いをかけるほど執着していたのです。
思えばモーガンさんは、追い嚙みの呪いのことをこう言っていました。
力ある狼が恨んだり、絶対に仕留めると決めた獲物にかける呪いだと。
私はそれを、右目を奪ったことに対する恨みだと思っていました。
甘かったのです。
まさか後者の方だとは。
まさか魔族領から私だけを追いかけてここまで来るほどとは!
「ぐぅっ!」
走り慣れない森の中、何度も飛び出た枝先で切り傷を作ったり、木の根に躓いて転びます。
息も切れ、体中のあちこちが鈍い痛みを訴えてきます。
それでも前へ進むしかありません。
私一人が行ったところで何ができるのか。トレヴァーさんの言葉は間違いなく状況を捉えています。
私一人では何もできません。
ですが私が行かなければ、確実にルッツは帰ってこないでしょう。老練なモーガンさんも、あの魔狼を相手に生還できるのかわかりません。
赤い狼煙が上がった以上、彼はほぼ確実に魔狼を目にしていて、狼煙でその存在を魔狼に曝しているのですから。
私が行かなければ、魔狼はどこまでも私を追いかけてくるでしょう。
ここで私が逃げれば、これから避難するアサン村の人たちをきっと巻き込んでしまう。
トレヴァーさんに切り捨てられるかどうかなどということは、この際どうだっていいのです。
私は私の大切な人のために、行かなくてはならない。
後のことなど、後で考えればいい。
今はただ、後で考えたら取り返しのつかないことのために行動するのです。
私自身の命の危険など、もう呪いのように纏わりついているので考慮するにも値しません。
恐怖に足がすくめば、それこそ背中から心臓を食いちぎられるでしょう。
であるならば、ただ前へ、為すべきと信じたことのために進むのです。
たとえそれが振り返ってみれば、蛮勇と呼べるものだったとしても。
振り返られるのならば、生きているということなのですから。
これほどまでに覚悟を抱けるのは、私に力があって、誰からも狙われるこの生を生き延びるという目標があって。
そしてそれ以上に、彼が私に多くの物をくれたから。
だからどうか、神様。
あの命の輝きを奪わないでください。
どれだけ走ったでしょうか。
ようやく狼達が激しく行きかう音と、甲高い男の子の――ルッツの一生懸命な息遣いが聞こえてきました。
音の聞こえる方へ、一心不乱に走ります。
やがて木々の間に見えてきたのは――。
「ルッ……ツ……?」
血だまりに倒れ伏すモーガンさん。
ルッツを囲うように位置取った森の狼達。
そして。そんな。
今まさに私と目が合った魔狼が、ルッツの胴体を嚙みちぎり、鮮やかなまでに赤い血が吹き上がる瞬間でした。
森の中は不気味なほどに静かでした。魔狼の気配に、森が皆息を潜めてしまったかのようです。
ルッツの姿はまだ見えません。ですが蹴り飛ばされた土や葉が彼の足跡を示してくれています。
どうか、どうか、彼がまだ無事でありますように。
きっとあの魔狼は私を追ってここまで来たのです。そうでなくては、ここに現れる理由がありません。
クスラの森から、恐らくはハレウィア山脈を一年かけて越えてきたのでしょう。
山脈を迂回すれば、人間の国をいくつも経由することになります。魔狼ほどの魔物が誰にも知られずにここまで来られるとは思えません。
この世界、インターネットはなくとも魔法が存在します。馬も伝書鳩もあります。魔狼がどこかで見つかれば、噂の一つはこの村にも飛び込んでくるでしょう。
なのに魔狼は突然現れた。
私は魔狼を侮っていました。その執念、憎しみを軽んじていました。
当初から、何故か私を見る目に憎しみを宿していたあの狼は、私に追い噛みの呪いをかけるほど執着していたのです。
思えばモーガンさんは、追い嚙みの呪いのことをこう言っていました。
力ある狼が恨んだり、絶対に仕留めると決めた獲物にかける呪いだと。
私はそれを、右目を奪ったことに対する恨みだと思っていました。
甘かったのです。
まさか後者の方だとは。
まさか魔族領から私だけを追いかけてここまで来るほどとは!
「ぐぅっ!」
走り慣れない森の中、何度も飛び出た枝先で切り傷を作ったり、木の根に躓いて転びます。
息も切れ、体中のあちこちが鈍い痛みを訴えてきます。
それでも前へ進むしかありません。
私一人が行ったところで何ができるのか。トレヴァーさんの言葉は間違いなく状況を捉えています。
私一人では何もできません。
ですが私が行かなければ、確実にルッツは帰ってこないでしょう。老練なモーガンさんも、あの魔狼を相手に生還できるのかわかりません。
赤い狼煙が上がった以上、彼はほぼ確実に魔狼を目にしていて、狼煙でその存在を魔狼に曝しているのですから。
私が行かなければ、魔狼はどこまでも私を追いかけてくるでしょう。
ここで私が逃げれば、これから避難するアサン村の人たちをきっと巻き込んでしまう。
トレヴァーさんに切り捨てられるかどうかなどということは、この際どうだっていいのです。
私は私の大切な人のために、行かなくてはならない。
後のことなど、後で考えればいい。
今はただ、後で考えたら取り返しのつかないことのために行動するのです。
私自身の命の危険など、もう呪いのように纏わりついているので考慮するにも値しません。
恐怖に足がすくめば、それこそ背中から心臓を食いちぎられるでしょう。
であるならば、ただ前へ、為すべきと信じたことのために進むのです。
たとえそれが振り返ってみれば、蛮勇と呼べるものだったとしても。
振り返られるのならば、生きているということなのですから。
これほどまでに覚悟を抱けるのは、私に力があって、誰からも狙われるこの生を生き延びるという目標があって。
そしてそれ以上に、彼が私に多くの物をくれたから。
だからどうか、神様。
あの命の輝きを奪わないでください。
どれだけ走ったでしょうか。
ようやく狼達が激しく行きかう音と、甲高い男の子の――ルッツの一生懸命な息遣いが聞こえてきました。
音の聞こえる方へ、一心不乱に走ります。
やがて木々の間に見えてきたのは――。
「ルッ……ツ……?」
血だまりに倒れ伏すモーガンさん。
ルッツを囲うように位置取った森の狼達。
そして。そんな。
今まさに私と目が合った魔狼が、ルッツの胴体を嚙みちぎり、鮮やかなまでに赤い血が吹き上がる瞬間でした。
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