魔王の娘ですが、人類最高支援能力を持つ聖女です ーお前の勇者を連れて来いって、どういうことですかお父様ー

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いつか迎えに来てください

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 明くる朝。
 私とルッツはモーガンさんのお墓を訪れていました。
 墓と言っても、彼の家の傍で遺体を土に埋めてその上に少し大きめの石を乗せただけの簡素なものです。
 魔狼の襲撃で避難していた人々が、討伐の報せを受けて村に戻ってきたり周囲の安全確認をしたりと慌ただしい中ではちゃんとした墓も作ってあげられません。
 皆が彼を村の英雄だと、恩人だと感謝しているというのに。
 それでも急いで埋葬せざるを得ないのは、遺体がアンデッド化してしまうのを防ぐためです。
 この世界では死体を放置するとただ腐りゆくだけでなく、ときたま魔物の魂に入り込まれて魔物と化してしまう。
 だから応急処置でも、例え彼の偉業に見合わない墓でも埋葬しなくてはならないのです。
 もっとも墓石に関しては立派なものを後で作り直すとのことで。
 多少の救いではあるのでしょう。

 二人でモーガンさんの名前が彫られた石の前に立って、近くで摘んだ花を供えます。
 墓石の前には、いくつもの花が置かれていました。

「おじさん、皆がありがとうって言ってるよ」

 彼の冥福を祈っていると、不意にルッツが零しました。

「おじさんは覚えてないかもだけど、昔酔っぱらった時にさ。仲間の皆を見捨てて生き延びてしまったんだって泣いてたよね。自分みたいな臆病者こそが死ぬべきだったって」

 それは私の知らない彼らの思い出。
 老いながらも衰えを感じさせなかった巌のような体の内に、そんな後悔を隠していたのですね。

「おじさんは臆病者なんかじゃないよ。僕達を見捨てなかった。村の皆のために戦ったんだ」

 ぽつりと、彼が供えた花に涙が零れ落ちます。
 私はそれに気付かないふりをしました。
 人を想って流す涙は尊いものですから。

 私の命はルッツとその家族、そしてモーガンさんに救われました。
 けれどモーガンさんにはまだ何も返せていません。
 そして返せないまま彼は逝ってしまった。
 ですから私にできることは、この命を終えた時彼に私を救ったことを後悔させないような人生を過ごすことのみです。
 モーガンさんが繋いだこの命を以て彼に報いるのです。
 ですから。

「どうか見ていてくださいね」

 長い時間祈って、一緒に村に帰る私とルッツ。
 そうか、と低い落ち着いた声が聞こえた気がしました。
 
*
 
 村に帰るといつになく騒々しい様子でした。
 家から飛び出した皆が見ているのは、入り口に立つ白銀の鎧に全身を包んだ馬を連れた四名の騎士。
 隊列の真ん中にはところどころに女神や聖女の意匠が彫られた荘厳な白馬車を引き連れており、彼らの鎧の胸には女神が剣を構えて立つ紋章が輝いています。
 少し知識を持っている者ならそれらが何なのかがわかるのでしょう。
 白馬車は聖女を迎えるときにのみ使われる専用の馬車。
 女神が剣を構えて立つ紋章をあしらった鎧は、ナーデ教の聖騎士である証。
 つまりこれは、聖女をこの村に迎えに来た一行なのです。

 先頭にいた聖騎士の方が村の中心へ歩き出します。
 そして朗々とした声で宣言しました。

「この村に聖女様が御降臨された! よって我ら聖騎士はお迎えに上がった次第である!」

 村の人々がざわついています。
 一体誰だ? と皆が疑問に思っているのでしょう。

「お父さん、お母さん! 一体何が起きてるの?」
「ルッツ……」

 ルッツがハンナさんとロックさんを見つけて駆け寄ります。
 二人の表情は不安で彩られていました。
 ハンナさんの腕の中ではリリィが周りの喧騒も知らず眠りについています。
 
「これはね、めでたいことが起きたんだよ」
「めでたいこと?」
「ああ、聖女様がこの村に現れられたんだ」
「……おかあさん、いたいよ」
「……ごめんよリリィ」

 よく見ればリリィを抱えるハンナさんの腕は震えていました。
 きっと強く力が込められているのでしょう。
 リリィは魔法の天才です。この子が聖女だとして連れていかれることをハンナさんは恐れているのでしょう。
 まだ幼い子を親元から引き離す。
 たとえそれが周りからすればどんなに喜ばしいことであっても、子を愛する親にとってそれはどれほど残酷なことか。
 将来ここ百年勇者一党を破ってきた魔王の元に向かうことが運命づけられているとなれば尚更です。

「大丈夫ですよ、ハンナさん」
「ステラ? あんた一体何を……」
「リリィを、妹をよろしくお願いしますね」

 何かに気付いた様子のハンナさんを横目に歩き出して。
 右手を引かれて立ち止まりました。
 振り返れば、今にも泣きだしそうなルッツがそこにいます。

「ステラ、行かないでよ」
「行かなければいけません」
「どうしてさ」
「それが私の進むべき道だからです」

 ぎゅっと、手に込められる力が増しました。
 
「何を言っているのかわかんないよ。このまま村で一緒に暮らそうよ」

 このまま村で一緒に。
 きっとそうできたなら、穏やかな日々が続くのでしょう。
 ルッツもリリィもハンナさんもロックさんもいて。
 四季折々の変化を楽しみながら、ただの人間として生きていく。
 
「それもいいですね。ですがそれでは助けられない人がいます。犠牲になる人がいます。それに目を背けることはもうできません」

 私が魔狼を甘く見積もっていなければ、モーガンさんは死ななかったかもしれない。
 私が聖女の力を振るわねば、怪我をしていたオークの方々のような人々が助けられないかもしれない。
 私が聖女として生きなければ、お父様にはもう会えないのかもしれない。

 私はずっと不思議に思っていました。
 魔王の娘と聖女という相反する立場に転生してきたことに何か意味があるのかと。
 魔族からも人間からも命を狙われるだけの厄ばかりの境遇です。
 女神様の悪戯と言えばそれで終わりなのでしょうが、それにしては。
 
 そもそもお父様とお母様は敵対する立場でありながら子を為して私を産みました。
 魔狼は自分の命を顧みることなく、生存本能以上に大きな何かに突き動かされるように私の命を狙っていました。
 お父様は私の勇者を連れてこいと仰いました。

 これらはきっと意味のあることです。
 私にはまだわからないけれど、この世界全体に関わるような何かが私の存在理由なのです。
 それを知るために、安穏とした日々の中にはいられない。
 
「どうして君が……」
「ルッツは見たでしょう? あれはそういう力なんです。誰かを助けるための力なんです」

 ルッツは何かを言葉にしようとして、口を噤みました。
 その手は震えていて、握られた手が痛いくらいです。
 ですがそれを振り払う気にはなれません。
 痛み以上に、温かさが伝わるから。

「わかったよ」

 やがてルッツは意を決したように顔を引き締めました。

「なら、僕が君の助けになる。今は無理でも、いつかは」
「ええ」

 頼りなく震える手に空いている掌を重ねます。

「もしあなたが私を助けたいと願うなら、いつか迎えに来てください」

 私の勇者様、と他の人に聞こえないよう小さな声で呟きました。
 ルッツはこくりと頷いて、ゆっくりとその手を離します。
 
「もういいかい?」

 背後から掛けられた声に振り向けば、にこりと笑うトレヴァーさんがそこにいました。
 恐らく待ってくれていたのでしょう。気付けば村の方々の視線もこちらに向けられています。
 まあ、一人だけ目立つ行動をしていればそうなりますよね。

「大丈夫です」
「じゃあ行こうか」
「はい」

 トレヴァーさんに連れられて、聖騎士の方々の方へ歩き始めます。
 私を遠巻きに囲む村人達のざわつきが耳に入っては消えていき、やがて聖騎士の方々が片膝をついて畏まったことで静かになりました。

「隊長殿、こちらの方が聖女様なのですね?」
「ああ、間違いない。魔狼を討伐してのけた、百年来の聖女様だよ」

 隊長と呼ばれたトレヴァーさんが私が聖女であることを保証します。
 いや、聖騎士だとは思っていましたがまさか隊長だったとは。

「隊長なのにこんなところにいてよかったんですか?」
「隊長だからこそだね。聖女様の捜索に保護、特に今回はややこしかったからさ」

 何とも言えない気分になります。
 確かに私の出自はいかにも扱いかねるに違いないものですが……。

「それに私の部下は優秀だ。私が一年どころか五年くらいいなくても何とかしてくれるだろう」
「た、隊長!?」

 思わず、と言った様子で聖騎士の方が顔を上げます。
 頭を守るヘルムで表情は読み取れませんが、明らかに焦った声でした。
 ああ、やっぱり迷惑を被っている人がいたんですね。
 しかしそれに構わず、トレヴァーさんは飄々と告げました。

「いや、ちょっとこの村で面白いものを見つけちゃったからさ、しばらくここにいることにするよ」
「そ、そんな……」
 
 そう言うと彼はこっそりとルッツに目をやり、私にウィンクをしました。
 ルッツのことは任せろ、ということなのでしょうか。
 こちらとしては嬉しいですが、目の前にいる聖騎士の方にとっては絶望なのでしょうね。
 思わず慰めてしまいたくなるほど悄然と肩を落としています。
 
「案内をお願いできますか?」
「は、はい!」

 流石にいたたまれなくなってきたので、声を掛けます。
 慌てて立ち上がった彼(彼女?)に連れられて、私は馬車に乗せられました。

「おねえぢゃあん!」

 悲痛な泣き声。
 窓から外を見ると、リリィがこちらに向かって泣きながら手を伸ばしていました。

「おねえぢゃん! まっで! なんでえ!」

 思えばリリィが泣いている所は初めて見るような気がします。
 あの子はいつもマイペースに眠ってばかりいましたから。
 それでも賢い子ですから、幼いながらに別れを悟ったのでしょうね。
 泣いてもらえるほどにあの子のお姉ちゃんが出来ていたと思うと、なんだか嬉しくなります。
 私は馬車から体を乗り出しました。

「リリィ! いい子にしているんですよ! そうしたらきっとまた会えますから!」
「やーあ“! おねえちゃん!」
「ルッツも元気で! ハンナさんにロックさん、ありがとうございました!」
「いつか会いに行くから!」
「向こうでも元気にするんだよ!」
「この子達は任せておくれ!」

 お世話になったルッツの家族に手を振っていると、聖騎士の方に危ないのでおやめくださいと諭されてしまいました。
 けれど馬車が動き出して、彼らの姿が見えなくなるまで私はそれをやめませんでした。
 いつかまたを約束しても、必ず果たされるとは限らない世界です。
 いつ理不尽に命が失われてもおかしくない。
 だからこそ別れを大切にしたいのです。

 やがて村が見えなくなって、私はいつ私が落ちても大丈夫なように並走してくれていた聖騎士の方に礼を言って、体を引っ込めました。
 これからしばらくは聖女の名を背負って一人で進む道です。
 けれど魔狼が来たときにトレヴァーさんが語っていたことから察するに、私はナーデ教にとってあまり都合がいい存在ではないのでしょう。
 聖女と分かっていながらもその命を奪うことを考えるほどに。
 全くいつまで経っても、私の命は狙われるものですね。
 昔は力がなく、力を手にしてからは立ち向かう勇気がなかった。

 ですが今は。
 いつかの約束を思えば勇気が湧いて来るのです。
 だから何とかなりそうな気がします。

 窓の外では小麦が緑に色づき、蝶がゆらゆらと舞っています。
 私の旅立ちはうららかな日差しが差し込む、春の日のことでした。
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