赤十字(戦死者達の記録)

具流 覺

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21頁 樽を開ける

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 砂浜に着いて、一息吐(ツ)く痩せた患者(兵隊)サン達。
すると突然、緒方軍医長が、

 「樽はないか!タルを探せ~ッ!」

と力強い号令を全員に掛けました。
そこで崔軍医は初めて「樽」の意味が分かったそうです。
すると一人の患者(兵隊)サンが力無く砂浜を指さし、

 「・・・あそこに見えるのは・・・樽じゃないか?」

と言いました。
それに続き、他の患者(兵隊)サンからも、

 「あそこにも何か有るぞ、あッ、タルだ!」

それを聞いて緒方軍医長が樽に向かって走りました。
痩せた患者(兵隊)サン達も、自分が見つけた樽に向かってフラフラと走って行きます。
暫くしてあちこちから、

 「軍医長、この樽に糧秣(食料)と書いてあります」
 「軍医、樽に雑貨と書いてあります」
 「軍医長殿! 赤十字の印(シルシ)が書いてあります」

の声が聞こえて来ました。
軍医長が、

 「ヨシ、椰子の樹の下へ転がせえーッ!」

と号令をかけます。
患者(兵隊)サン達は必死に『樽』を転がして行きます。
だいぶ樽は集まりました。
が、粗末な物しか食べてない患者(兵隊)サン達です。
患者(兵隊)サン達だけではなく、緒方軍医長以下、呼ばれた私達医療関係者も空腹と疲れで、椰子の樹の下に倒れ込んでしまいました。
すると、一人の患者(兵隊)サンがため息まじりで、

 「軍医長殿! どうやってこの樽を病院まで運ぶんですか。腹が減って動けません」

と言いました。
すると河村(看護兵)サンが、

 「糧秣(食料)と書かれた樽の中を開けてみましょうか」

と緒方軍医長に提案しました。
軍医長は暫く考え、

 「よしッ、河村くん。開けてみなさい」

と答えました。
河村さんは急いで近くにコロがっている丸太を取って、樽の蓋を叩き割りました。
すると中から、

『米、乾パン、餅、缶詰め、茶、梅干し、魚の干物、昆布、塩、砂糖、醤油、味噌・・・』

が出てきました。
河村さんはもう一つの「赤十字の印(シルシ)」がペンキで書いて有る樽を開けると、中から病院に必要な医療用器具や薬まで出て来ました。
これには私も眼が眩(クラ)むほど驚き、その場に倒れこんでしまいました。
暫く全員が小休止を取り、久しぶりに「まともな食事」にあり付けました。

 小休止が終わると、力の付いた患者(兵隊)サン達は病院に向かって、樽を転がして行きました。
                つづく
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