赤十字(戦死者達の記録)

具流 覺

文字の大きさ
上 下
49 / 63

49頁 マダンの残留兵

しおりを挟む
 その日の夕方、衛兵の居ない正門を通って『マダンの日本軍陣地』に着きました。
緒方軍医長と金田サンは急いで「部隊本部」に報告に行きました。
私達は夕陽に照らされ、陣地内の椰子の樹の下の長椅子に座り、マダンの陣地を見回しました。
不思議と静かで兵隊サンは見あたりません。

 暫くして、緒方軍医長と金田サンが本部から出て来ました。
私が緒方軍医長に、陣地内の兵隊サンの事を尋ねると、

 「散開してしまった」

と言うのです。

 「サンカイ? どう言う事なのですか」

と尋ねると、
金田サンが、

 「フィンシュハーヘンの次はマダンだと思い、攻撃を受ける前に逃げてしまった」

と言うのです。
そして、

 「此処に居るのは『部隊長代理の若い准尉』と、その准尉が選んだ『数名の残留兵』だけだ」

と話してくれました。
野嶋婦長サンが一番心配な『食料』の事を尋ねました。
緒方軍医長も、准尉(部隊長代理)にその事を聞いたそうです。
すると准尉は部隊長が散開(逃げる)する前に、

 「オマエは残れ。オマエが残るのなら米を少し置いて行ってやる」

と言ったそうです。
金田サンが部屋の中を見回すと、「米」は確かに部屋の隅に『三俵』置いて有ったそうです。
私も野嶋婦長サンもそれを聞いてホッとしました。
本部での報告時、緒方軍医長(大佐)と金田サン(大尉)が名前と身分を明かし、

 「私達はラエの野戦病院からフィンシハーヘンの日本軍陣地、そして此処まで下って来た」

と伝えたそうです。
若い准尉は急に畏(アラタ)まって、

 「ジブンは『徳丸伸治(トクマル シンジ)准尉』であります。ご苦労さまでした。ゆっくりしていって下さい。部屋は沢山、空いてます。ご自由にお使い下さい」

と言ったそうです。
私は此処の部隊長や兵隊サン達はいったい何処に散開して行ったのか不思議に思いました。
                つづく
しおりを挟む

処理中です...