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5-6 アレクシス・ロルフ・ヒルデグンデ・ヴォルアレスという男
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見捨てられる可能性は高いけれど、フリードリヒを味方につけたのは大きい。方々に間者を放っているので、アレクシスの身に何かあれば調査してくれるだろう。きっと前回の襲撃事件もフリードリヒは犯人が分かっていただろうが、下手に動いて相手の陣営を刺激したくなかったのでだんまりを決め込んだはずだ。
だが今回はアレクシスとの約束もある。フリードリヒは冷酷であるけれど、血の繋がった弟との約束を簡単に破る人ではない。味方が出来て少しだけ肩の荷が下りた気がした。
それから数ヶ月が経過し、王家主催の狩猟大会が行われている最中のことだった。まだ幼いアレクシスたちは王宮で留守番をしていた。主催者である国王とリーゼロッテ妃たちが狩猟大会に参加していて、王宮は普段より静かになっていた。
アレクシスがいつものように訓練場へ向かっているとき、それは起きた。基本的にアレクシスがアメジスト宮を出るのは王から呼ばれた時か剣術の稽古をする時ぐらいなのでこのタイミングを狙われるのは仕方ない。目の前に現れた刺客にアレクシスは訓練用の剣を構えた。
護衛の人数も増やしたままだったので、前回のように殺されかけることはない。相手は手練れでそこそこ苦戦し、アレクシスも含めて軽傷を負うものがいたが命の危険までには及ばなかった。
「お父様! こっちです!」
バタバタと複数人の走る音が聞こえてきてアレクシスはそちらを見る。眩しいまるで太陽のような髪をした少年が大人の腕を引いてこちらにやってきた。
「……あれは」
「どうしたんだ、オリヴァーって……。殿下!? 大丈夫ですか」
駆け寄ってきたスコット侯爵を見て、アレクシスは「はい」と返事をする。どうしてスコット侯爵がこんなところにいるのか、と考え、すぐに答えが出てきた。先代のスコット侯爵は将軍まで務めた武官だったが、現当主は文官だ。狩猟大会では活躍できないからと留守番を買って出たのかもしれない。
「今日の稽古は中止しましょう。陛下へ伝令を出します」
「はい。よろしくお願いします、侯爵」
アレクシスは手を引かれて立ち上がる。視線を感じて侯爵の奥を見ると、オリヴァーがジッとこちらを見つめていた。彼はアレクシスより二つ年上だからまだ四歳なのに、人目を引く美しさを持っている。見られていると気恥ずかしくなってきてアレクシスは俯いた。
「アメジスト宮の警備の心配はいらないと思いますが、念のため、今日は数を増やします」
「はい」
「それではアメジスト宮までお送りしましょう。オリヴァー。お前は母様のところに戻っていなさい」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げるとオリヴァーは走って行ってしまった。自分たちで何とか出来たが、またもや彼が目撃して助けを呼びに行ってくれたみたいだ。
「彼が……、侯爵を呼びに?」
「ええ。息子のオリヴァーです。奇妙な風体の男が王宮内に入り込んでいると教えてくれました。まさか殿下を狙っているとは思いませんでしたが……」
「彼にお礼を言っておいてください」
「いえ、臣下として当然の務めですから」
にこりと笑うスコット侯爵を見て、アレクシスは仄かに残念な気持ちになった。
結局、その後、アレクシスは前回と同じように王妃の実家があるザセキノロンへと向かうことになった。フリードリヒにはすぐ襲撃した男やその背景を調べてもらうよう依頼したところ、やはり背景にはリーゼロッテ妃とルドルフが絡んでいた。これは彼らにとっての弱みになる。
そうして少しずつ未来は変わりながら、ほぼ前回と同じように進み始めた。ザセキノロンに到着したアレクシスは国境を見学したいという名目でジュノ家へ赴きバルナバスと出会った。彼とは剣の話で盛り上がり、ゆくゆくはスコット領のスコット元将軍に師事する話をしたところ、彼も付いてくることになった。
そうしてスコット領へ移動し八歳になった時、突然、スコット家の次男、オリヴァーが領地にやってきた。前回の人生ではそんなこと一度もなかったのに、どうしてだろうか。しかもルドルフの従者になる話を蹴ってわざわざ領地までやってきたと言うのだから驚きの連続だった。
オリヴァーは決して、性格のいい男ではなかった。自分の見目が飛びぬけていることをよく知っていて、その容姿を利用して男女問わず誑かせた。傲慢で高飛車だと噂されていた彼だったが、領地へ来たときはそんなこと一切なく、騎士や使用人を労わり礼儀正しい少年だった。
時間を戻して彼が変わった理由は何なのか。もしかしたら前回の記憶があるのか。時間を戻したときの奇跡が不完全だったから、自分は死なずにルドルフにもオリヴァーにも記憶が残ってしまったのかもしれない。けれど怖くて聞くこともできなかった。
前回の人生ではスコット領での生活が終わった後に騎士の叙任を受けたけれど、アレクシスは人脈を作るためにも王立学園へ行く予定にしていた。どうせならオリヴァーと一緒に入学したいと考えていて、猛勉強した甲斐もあって首席で入学できた。
何だかんだ学園生活も順調だったけれど、ルドルフの卒業パーティでアレクシスとオリヴァーの関係は一変してしまった。
「……ああ、俺、絶対に言うタイミング間違えたよな」
オリヴァーのいなくなったベッドを見つめ、アレクシスはがっくりと項垂れた。
だが今回はアレクシスとの約束もある。フリードリヒは冷酷であるけれど、血の繋がった弟との約束を簡単に破る人ではない。味方が出来て少しだけ肩の荷が下りた気がした。
それから数ヶ月が経過し、王家主催の狩猟大会が行われている最中のことだった。まだ幼いアレクシスたちは王宮で留守番をしていた。主催者である国王とリーゼロッテ妃たちが狩猟大会に参加していて、王宮は普段より静かになっていた。
アレクシスがいつものように訓練場へ向かっているとき、それは起きた。基本的にアレクシスがアメジスト宮を出るのは王から呼ばれた時か剣術の稽古をする時ぐらいなのでこのタイミングを狙われるのは仕方ない。目の前に現れた刺客にアレクシスは訓練用の剣を構えた。
護衛の人数も増やしたままだったので、前回のように殺されかけることはない。相手は手練れでそこそこ苦戦し、アレクシスも含めて軽傷を負うものがいたが命の危険までには及ばなかった。
「お父様! こっちです!」
バタバタと複数人の走る音が聞こえてきてアレクシスはそちらを見る。眩しいまるで太陽のような髪をした少年が大人の腕を引いてこちらにやってきた。
「……あれは」
「どうしたんだ、オリヴァーって……。殿下!? 大丈夫ですか」
駆け寄ってきたスコット侯爵を見て、アレクシスは「はい」と返事をする。どうしてスコット侯爵がこんなところにいるのか、と考え、すぐに答えが出てきた。先代のスコット侯爵は将軍まで務めた武官だったが、現当主は文官だ。狩猟大会では活躍できないからと留守番を買って出たのかもしれない。
「今日の稽古は中止しましょう。陛下へ伝令を出します」
「はい。よろしくお願いします、侯爵」
アレクシスは手を引かれて立ち上がる。視線を感じて侯爵の奥を見ると、オリヴァーがジッとこちらを見つめていた。彼はアレクシスより二つ年上だからまだ四歳なのに、人目を引く美しさを持っている。見られていると気恥ずかしくなってきてアレクシスは俯いた。
「アメジスト宮の警備の心配はいらないと思いますが、念のため、今日は数を増やします」
「はい」
「それではアメジスト宮までお送りしましょう。オリヴァー。お前は母様のところに戻っていなさい」
「分かりました」
ぺこりと頭を下げるとオリヴァーは走って行ってしまった。自分たちで何とか出来たが、またもや彼が目撃して助けを呼びに行ってくれたみたいだ。
「彼が……、侯爵を呼びに?」
「ええ。息子のオリヴァーです。奇妙な風体の男が王宮内に入り込んでいると教えてくれました。まさか殿下を狙っているとは思いませんでしたが……」
「彼にお礼を言っておいてください」
「いえ、臣下として当然の務めですから」
にこりと笑うスコット侯爵を見て、アレクシスは仄かに残念な気持ちになった。
結局、その後、アレクシスは前回と同じように王妃の実家があるザセキノロンへと向かうことになった。フリードリヒにはすぐ襲撃した男やその背景を調べてもらうよう依頼したところ、やはり背景にはリーゼロッテ妃とルドルフが絡んでいた。これは彼らにとっての弱みになる。
そうして少しずつ未来は変わりながら、ほぼ前回と同じように進み始めた。ザセキノロンに到着したアレクシスは国境を見学したいという名目でジュノ家へ赴きバルナバスと出会った。彼とは剣の話で盛り上がり、ゆくゆくはスコット領のスコット元将軍に師事する話をしたところ、彼も付いてくることになった。
そうしてスコット領へ移動し八歳になった時、突然、スコット家の次男、オリヴァーが領地にやってきた。前回の人生ではそんなこと一度もなかったのに、どうしてだろうか。しかもルドルフの従者になる話を蹴ってわざわざ領地までやってきたと言うのだから驚きの連続だった。
オリヴァーは決して、性格のいい男ではなかった。自分の見目が飛びぬけていることをよく知っていて、その容姿を利用して男女問わず誑かせた。傲慢で高飛車だと噂されていた彼だったが、領地へ来たときはそんなこと一切なく、騎士や使用人を労わり礼儀正しい少年だった。
時間を戻して彼が変わった理由は何なのか。もしかしたら前回の記憶があるのか。時間を戻したときの奇跡が不完全だったから、自分は死なずにルドルフにもオリヴァーにも記憶が残ってしまったのかもしれない。けれど怖くて聞くこともできなかった。
前回の人生ではスコット領での生活が終わった後に騎士の叙任を受けたけれど、アレクシスは人脈を作るためにも王立学園へ行く予定にしていた。どうせならオリヴァーと一緒に入学したいと考えていて、猛勉強した甲斐もあって首席で入学できた。
何だかんだ学園生活も順調だったけれど、ルドルフの卒業パーティでアレクシスとオリヴァーの関係は一変してしまった。
「……ああ、俺、絶対に言うタイミング間違えたよな」
オリヴァーのいなくなったベッドを見つめ、アレクシスはがっくりと項垂れた。
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