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6-2 モルドペセライ帝国
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南東にあるスコット領から北にあるジュノ辺境伯領まではこのヴォルアレス王国を縦断する旅となる。馬での移動でも三日は要する。状況が状況だけに大人数で行けば時間がかかるため、オリヴァーは少数だけ引き連れてジュノ辺境伯領へ向かった。
ルドルフが隣国へ留学すると聞いたときは、国内では足りない自分の支持勢力を伸ばすために他国を利用するのかと思ったが、まさか戦争を仕掛けようとしているとは想像していなかった。祖父が出兵した戦争ではかなりの被害が出たと聞く。今でこそジュノ辺境伯のおかげで和平は保たれているけれど、国内のことを詳しく知っている王子が情報を流せば帝国が勢いづくのは当然だ。戦争となれば騎士達だって駆り出される。隠居しているけれど劣勢になれば祖父だって呼ばれるかもしれない。
騎士が出兵するとなると、今は下積みをしているアレクシスだって戦場に向かうこととなるだろう。オリヴァーはぎゅっと手綱を握りしめる。自分が知っている未来とはかけ離れてしまった。自分の行動が何を引き起こすのか、もう分からない。
「オリヴァー様、お待ちしてましたよ」
ジュノ領にある城へ到着すると出迎えのはバルナバスだった。
「……なんでお前がここにいるんだ。王都で騎士団に入ったんだろう?」
「さすがに実家に危険が迫っていれば戻りますよ。嫡子ですし」
「お前がここにいるってことは……」
アレクシスもいるのだろうか。オリヴァーがパッとバルナバスから目を逸らすと、噴き出すような笑いが聞こえる。
「アレクシス殿下は王都ですよ」
考えを読まれたようにそう言われて、オリヴァーは「聞いてないっ!」と怒鳴る。必死になって否定したのが余計に可笑しかったのかバルナバスは腹を抱えて笑っていた。
バルナバスに案内されてジュノ辺境伯の執務室に入る。バルナバスの父とあって一見爽やかな雰囲気があるけれど、しっかりと鍛えられた体は屈強な戦士を彷彿とさせる。オリヴァーの姿を見るなり、ジュノ辺境伯は立ち上がった。
「お待ちしておりましたスコット侯爵令息。ご足労頂きありがとうございます」
ぴしっと礼儀正しく挨拶する様は出会ったばかりのバルナバスを思い出した。
「どうぞオリヴァーとお呼びください、辺境伯」
「ではオリヴァー殿。どうぞそちらにおかけください。バルナバス、お前も一緒に」
「分かりました」
ジュノ辺境伯に促されてオリヴァーはソファーに腰かける。
「早速ですが、エッカルト様から帝国の話はお聞きになりました?」
「帝国の動きが活発になってきているのと、それに第二王子が絡んでいるということしか聞いてません」
「それでは時系列順に話をしましょう」
先の戦争が終わってからジュノ家では帝国に間者を放って様子を伺っていた。いくらヴォルアレス王国が勝利し和平を結んだとは言え、彼らは虎視眈々とヴォルアレス王国の土地を狙っていた。彼らは最初小さな国だったが、地続きの国を侵略して大きくなった経緯がある。敗北した程度で簡単に引き下がったりなどしない。
数年前に流行り病が蔓延してから帝国は不作が続いていた。首都でも死者が発生するほどの病で、ヴォルアレス王国からも援助を出していたがそれだけでは足りなかったようだ。民の不満を逸らすため病はヴォルアレス王国から持ち込まれたと嘘の情報を流布して王国へのヘイトを集めていた。
そんな中、王国の王子が留学に来たのだから、民は余計に反発した。タイミングも読めずに訪問するなんて、やはり頭が悪いな、とオリヴァーは内心で貶したけれど、ルドルフは武闘派であるオールディス伯爵と接触して上手く帝国で立ち回っていた。
「うまく情報を小出しにしているみたいですが、全て流れるのも時間の問題でしょう」
「早急に動く必要がありそうですね」
「ええ。オールディス伯爵も武器を集めていると情報が入っています。すぐに開戦はしないでしょうが、帝国内の状況も踏まえたら開戦する可能性は高いと言えます」
祖父はどうして自分にジュノ辺境伯の所へ行けと言ったのか。祖父から剣術を教えてもらったと言っても、多少腕に自信があるぐらいで本職とは相手にもならない。スコット領とジュノ領を行き来して情報の伝達だけを任せるつもりだったのかもしれないし、オリヴァーがこの現状を知ってどう動くのか見たいだけなのか。
祖父は何かを試すような人間ではない。信頼のおける人物に伝令を任せたかったのだろう。けれどオリヴァーとしては自分が下手に動かなければルドルフが帝国に行かなかったことを考えると、何としても戦争を止めなければと使命感が生まれる。
「分かりました。俺がルドルフ殿下の所へ密偵として入り込みます」
「は?!」
「ちょ、ちょっと! オリヴァー様、何を考えてるんですか!」
親子そろってそんなに驚くとは思わず、オリヴァーは僅かに身を引かせる。
「俺だったらきっと向こうも受け入れるでしょう。今、あの人に近づける人物は限られているはずです」
「あまりに危険ですよ、それは」
オリヴァーが裏切っていると知れば、今度こそルドルフは自分を殺すかもしれない。けれどオリヴァーは何としてでも帝国との戦争を止めたかった。
「危ないと思ったら引きます。辺境伯、万が一を考えて向こうに入り込んでいる密偵を数人教えてもらえますか。俺もルドルフ殿下の後を追って帝国に留学することにしたと言えば、あちらは喜ぶでしょう」
ついでに目を覚まして、これまでの行いについても謝罪すればルドルフは受け入れるはずだ。辺境伯は「一先ず、エッカルト様とスコット侯爵に話をします」と言って、この場では返事を貰えなかった。
ルドルフが隣国へ留学すると聞いたときは、国内では足りない自分の支持勢力を伸ばすために他国を利用するのかと思ったが、まさか戦争を仕掛けようとしているとは想像していなかった。祖父が出兵した戦争ではかなりの被害が出たと聞く。今でこそジュノ辺境伯のおかげで和平は保たれているけれど、国内のことを詳しく知っている王子が情報を流せば帝国が勢いづくのは当然だ。戦争となれば騎士達だって駆り出される。隠居しているけれど劣勢になれば祖父だって呼ばれるかもしれない。
騎士が出兵するとなると、今は下積みをしているアレクシスだって戦場に向かうこととなるだろう。オリヴァーはぎゅっと手綱を握りしめる。自分が知っている未来とはかけ離れてしまった。自分の行動が何を引き起こすのか、もう分からない。
「オリヴァー様、お待ちしてましたよ」
ジュノ領にある城へ到着すると出迎えのはバルナバスだった。
「……なんでお前がここにいるんだ。王都で騎士団に入ったんだろう?」
「さすがに実家に危険が迫っていれば戻りますよ。嫡子ですし」
「お前がここにいるってことは……」
アレクシスもいるのだろうか。オリヴァーがパッとバルナバスから目を逸らすと、噴き出すような笑いが聞こえる。
「アレクシス殿下は王都ですよ」
考えを読まれたようにそう言われて、オリヴァーは「聞いてないっ!」と怒鳴る。必死になって否定したのが余計に可笑しかったのかバルナバスは腹を抱えて笑っていた。
バルナバスに案内されてジュノ辺境伯の執務室に入る。バルナバスの父とあって一見爽やかな雰囲気があるけれど、しっかりと鍛えられた体は屈強な戦士を彷彿とさせる。オリヴァーの姿を見るなり、ジュノ辺境伯は立ち上がった。
「お待ちしておりましたスコット侯爵令息。ご足労頂きありがとうございます」
ぴしっと礼儀正しく挨拶する様は出会ったばかりのバルナバスを思い出した。
「どうぞオリヴァーとお呼びください、辺境伯」
「ではオリヴァー殿。どうぞそちらにおかけください。バルナバス、お前も一緒に」
「分かりました」
ジュノ辺境伯に促されてオリヴァーはソファーに腰かける。
「早速ですが、エッカルト様から帝国の話はお聞きになりました?」
「帝国の動きが活発になってきているのと、それに第二王子が絡んでいるということしか聞いてません」
「それでは時系列順に話をしましょう」
先の戦争が終わってからジュノ家では帝国に間者を放って様子を伺っていた。いくらヴォルアレス王国が勝利し和平を結んだとは言え、彼らは虎視眈々とヴォルアレス王国の土地を狙っていた。彼らは最初小さな国だったが、地続きの国を侵略して大きくなった経緯がある。敗北した程度で簡単に引き下がったりなどしない。
数年前に流行り病が蔓延してから帝国は不作が続いていた。首都でも死者が発生するほどの病で、ヴォルアレス王国からも援助を出していたがそれだけでは足りなかったようだ。民の不満を逸らすため病はヴォルアレス王国から持ち込まれたと嘘の情報を流布して王国へのヘイトを集めていた。
そんな中、王国の王子が留学に来たのだから、民は余計に反発した。タイミングも読めずに訪問するなんて、やはり頭が悪いな、とオリヴァーは内心で貶したけれど、ルドルフは武闘派であるオールディス伯爵と接触して上手く帝国で立ち回っていた。
「うまく情報を小出しにしているみたいですが、全て流れるのも時間の問題でしょう」
「早急に動く必要がありそうですね」
「ええ。オールディス伯爵も武器を集めていると情報が入っています。すぐに開戦はしないでしょうが、帝国内の状況も踏まえたら開戦する可能性は高いと言えます」
祖父はどうして自分にジュノ辺境伯の所へ行けと言ったのか。祖父から剣術を教えてもらったと言っても、多少腕に自信があるぐらいで本職とは相手にもならない。スコット領とジュノ領を行き来して情報の伝達だけを任せるつもりだったのかもしれないし、オリヴァーがこの現状を知ってどう動くのか見たいだけなのか。
祖父は何かを試すような人間ではない。信頼のおける人物に伝令を任せたかったのだろう。けれどオリヴァーとしては自分が下手に動かなければルドルフが帝国に行かなかったことを考えると、何としても戦争を止めなければと使命感が生まれる。
「分かりました。俺がルドルフ殿下の所へ密偵として入り込みます」
「は?!」
「ちょ、ちょっと! オリヴァー様、何を考えてるんですか!」
親子そろってそんなに驚くとは思わず、オリヴァーは僅かに身を引かせる。
「俺だったらきっと向こうも受け入れるでしょう。今、あの人に近づける人物は限られているはずです」
「あまりに危険ですよ、それは」
オリヴァーが裏切っていると知れば、今度こそルドルフは自分を殺すかもしれない。けれどオリヴァーは何としてでも帝国との戦争を止めたかった。
「危ないと思ったら引きます。辺境伯、万が一を考えて向こうに入り込んでいる密偵を数人教えてもらえますか。俺もルドルフ殿下の後を追って帝国に留学することにしたと言えば、あちらは喜ぶでしょう」
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