それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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誰かと暮らすということ1

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 翌朝、清流は仕掛けたスマートフォンの目覚ましで目が覚めた。

 仰向けの状態で何度か瞬きを繰り返すと、だんだんと頭が覚醒してくる。
 備え付けとはいえきっといいマットレスなのだろう、部屋のベッドは家にあったものより寝心地が良くて、夜はすぐに眠りに落ちた。

 まだ温かい布団にくるまっていたいけれどそろそろ起きなければ。まだ重い目蓋を開けて起き上がると、大きく伸びをした。

 部屋で服を着替えてから、チェストの上に飾った両親の写真に手を合わせる。
 洗面所で顔を洗って身だしなみを整えてからリビングへ行くと、まだ洸は起きてきていないようだった。

「あっ、朝ごはんどうしよう」

 冷蔵庫を開けてみるけれど中身は昨夜と同じ。それでも今ある材料で洋食と和食の朝ごはんを両方用意することにした。

 準備をしながら、今日買い出しに行ってもいいか相談してみようと考えていると、ちょうど洸も起きてきた。

「あ、おはようございます」
「…おはよう、早いな」
「そうですか?昨日よく眠れたからかもしれません」

 よかったな、と言う洸はまだ眠そうだった。
 スタイリングされていない髪は横髪が少しはねていて、今まで気づかなかったけれど、ややくせ毛なのかもしれない。

 普段の隙のない雰囲気と違いどこか子どもっぽくて、清流は笑いそうになるのを堪える。

「あの朝ごはんですけど、パンとごはんどちらがいいですか?昨日聞きそびれてしまってとりあえず両方作ったので、好きな方を選んでください」

 といえ、洋食はトースト、オムレツ、焼いたウィンナーのワンプレート。和食は卵焼き、玉ねぎの味噌汁、昨夜の残りのごはんという飾り気のなさで、あまり胸を張れるものでもない。
 野菜がほとんどないのも気になるが、材料がないのだから仕方がないと納得させる。

 一方の洸は、ダイニングに並んだそれらを見ながら眉を寄せて難しそうな表情をしている。もしかして、どちらも好みではなかったのだろうか。

「あの…」
「じゃあ、トーストもらっていいか?」

 おかずの乗った皿に焼いたトーストを乗せ、ワンプレートにして洸の席へと置く。

「それから、キッチンのコーヒーマシンって使ってもいいですか?」
「あぁ、いいけど」
「ありがとうございます、私コーヒー淹れてきますから先に食べててください」

 キッチンの作業スペースに置いてある大きなコーヒーマシン。
 右上にロゴマークがあるけれど、清流には聞き馴染みのないメーカーだった。

「うーんと、電源はどこだろう。あ、その前にカップを用意しないと」

 CMなどでよく見るおしゃれなものよりも武骨で、無駄なものが削ぎ落されたデザイン。全面ステンレス製でボタンはブラックと、色味もとてもシンプルだ。

 カフェにあったコーヒーマシンがコンパクトになったような、プロ仕様な見た目だけれど、キッチン担当だった清流はコーヒーマシンには触ったことがなかった。

 その存在感に圧倒されつつ、まずは棚からカップを出してセッティングする。

 洸には先に食べててもらうように言ったし、こちらに呼ぶのは気が引けた。
 マシンの前で格闘してようやく電源らしきボタンを押すと、赤いランプが光った。

(次は…コーヒー豆の絵が描いてある、このボタンかな?)

 押してみるとシューッと蒸気が出るような音の後に、ピーッと大きな音が鳴る。

(えぇっ、ボタン間違えた?それか壊れた、というか壊した!?)

 おろおろとしていると、横から伸びてきた手が何やら操作をして音が止まった。不安を煽る音が止まって、清流はひとまず安堵する。

「タンクに水を入れてないからそのアラート音。こういうの使うのが初めてなら聞けばいいのに」

 コーヒーを作るのだから水が必要なのは当たり前だ。
 そんな初歩的なことにも気づかない自分に呆れる。

「そうですよね、すみません…」

 洸が手前のタンクを外して水を入れる。
 そこが外れるのか、と驚きながら使い方を覚えようと洸の手元を見る。

「すごく本格的ですね」
「あぁこれ?出張でミラノに行ったときに薦められて買わされた。物は悪くはないし使いやすいけど」

 清流も飲むかと聞かれて首を振る。

「ごめんなさい、せっかくなんですけどコーヒー飲めなくて」

 コーヒーの香りは大好きなのだけれど、苦味や酸味が苦手で飲めないのだ。

「そうか、ラテとかも無理?」
「カフェラテは好きですけど、そういうのも作れるんですか?」

 洸はもう一つカップを取ると牛乳を注いだ。
 そのカップを左側のノズルの下に置きダイヤルを回すと、スチーム音とともに牛乳がみるみる泡立っていって、思わずわぁっと声が出る。

「もうコーヒー豆は入ってるからやることは水をタンクに入れるだけ。後はコーヒーならこれ、エスプレッソならこのボタンを押せばいい」

 マシンが動き出しコーヒー豆がミルで挽かれる音と、コーヒーのいい香りがキッチンに広がってきた。
 その一つ一つの動作を食い入るように見ていると、そんなに珍しい?と聞かれる。

「はい、バイト先に似たようなのがあったんですけど使ったことなかったので…当たり前ですけど使い慣れてますね」
「手順を覚えれば簡単だ、セッティングすればボタン一つだし…何か昨日と立場が逆だな?」

 少し得意げに笑う洸を見て、昨日のオムライスのことを言っているのだと清流も全く同じことを思う。

「あとは俺がやっておくから、向こうで座ってれば?」
「いえ、やり方を覚えて次から自分でできるようにしたいので」

 二つ目のカップにコーヒーが注がれていくのを見つめたまま答えると、隣りから見られている視線を感じる。

「なぁ、俺は清流のことを、家政婦とかお手伝いとして住まわしてるわけじゃないんだけど」
「…え、?」

 思いがけない言葉に洸を仰ぎ見ると、さっき朝食を前にしたときのような難しい顔をしていた。

「すみません……迷惑でしたか?」

 清流自身も、家政婦のつもりではなかった。
 夜になれば献立を立てて全員分の夕食を作る。食べたいものが違えばそれぞれ用意する。朝は一番に起きて朝ごはんを作る。
 それは染み付いた習慣のようなもので、これまで通り同じようにやっているつもりだった。

「迷惑とかじゃなくて、朝もどっちがいいか分からないから両方作ったって言ってたけど、それなら俺が起きてから聞いてもよかったわけだし」
「…それだと、待たせることになると思って」

「今日は休日だし、普段だって1分1秒を争うような生活はしてない。
 それに、この家で分からないことがあったら俺に聞けばいいし、やり方を覚えるのはいいけど一緒にやれば早いこともあるだろ。確かに俺はほとんど料理はできないけど、パン焼いたりコーヒー淹れたりぐらいはできる。皿だって洗える」

 二つ目のカップにコーヒーが注ぎ終わって、音が鳴った。

「だから、何でも一人でやろうとしなくていい」

 一緒に、やる。
 その選択肢はなかった。

 やれることを探して、先回りして動いておく。
 なるべく相手の意向に沿うように、抜かりがないように。

 そうすることでスムーズに物事が運んだし、自分の居場所を確保してきた。

「返事は?」
「……はい」

 前にも、こんなやりとりがあった気がする。
 ふわふわの泡がたっぷりのカフェラテを渡されて、清流は素直に受け取った。

「今の台詞、婚約者っぽいだろ」
「……正確にはまだ婚約者ではないですから、」
「はいはい。甘いのがよければ砂糖はそこの引き出しにあるから、適当に入れて」

 軽くあしらうように清流の頭を1回ぽんっとすると、洸は一足先にダイニングへと戻って行く。

 ―――何でも一人でやろうとしなくていい、か。

 洸の言葉が、柔らかな響きで蘇る。
 嬉しさと、少しの気恥ずかしさとで顔が自然と熱い。

 身体を巡る熱をごまかすように、淹れたてのラテを一口飲む。

 まだ砂糖を入れていないのに、その味はどこか甘かった。
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