それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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誰かと暮らすということ2

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「食材の買い出し?」
「はい、もう食材がほとんどなくて。この辺りって近くにスーパーとかありますか?」

 朝食の後、洸の言葉に甘えて2杯目のカフェラテを飲みながら尋ねると、少し考えながら視線を向けた。

「マンションの近くだと、コンビニぐらいの小さい店舗しかないな。駅ビルの方が何でも揃っていると思うけど」
「そうなんですね、食材買うだけならどうしようかな、、」
「あれも買えば?何だっけフライ返し。オムライス作るのにいるだろ」
「使うのはオムライスだけじゃないですけどね」

 そうなのか?と首を傾げる洸に苦笑する。
 それでも、また今度作ってほしいとリクエストされたのでフライ返しを買うことは決まった。

 どうやら駅ビルにはキッチン雑貨のお店も入っているようなので、そちらへ行くことにする。

 駅前ならマンションからもそんなに遠くない。
 それにこの周辺は清流の生活圏ではなかったので、しばらくここで暮らすことを考えると地理を覚えるにもちょうどいいと思った。

「何時ごろ行く?」
「この後は残ってる部屋の片付けを終わらせようと思ってるのでお昼前…11時くらいでしょうか?」
「11時な」

 洸がスマートフォンで何やら操作しているので不思議に思い、仕事ですか?と聞くと槙野を迎えに来させると言う。

「えっ、いや、呼ばなくていいですよ!」

 あと少しで発信ボタンを押しそうなタイミングで、清流は慌てて止めた。

「何で?」
「何でって、思いっきり私用で呼ぶのダメだと思いますっ」
「槙野はもともと実家にいたときから専属運転手だし、社用以外は別で手当も払ってる。だから問題ない」
「そ、そうかもしれないですけど、」

 買い出しのために休日に呼びつけるなんて。昨日だってわざわざマンションまで送ってくれたのに、また呼びつけるなんて申し訳なさすぎる。
 清流がどれだけ説明してもいまいちピンと来ないようで、こういうところが育ちの違いというかセレブだな、と思わず遠い目になった。

 どうにか徒歩で行くことに納得してもらい、清流は出掛けるまでに残った部屋の片付けを終わらせることにした。

 段ボール箱に入れていた服をクローゼットにかけたり、実家の本棚から厳選した本を棚にしまう。

 それから趣味の刺繍セット。
 はたしてやれる時間があるかは分からないが、母の特技でもあった刺繍は、今は清流にとっても大切な趣味の一つで、一人の時間に没頭できるところが好きだった。

 持ってきた一式も母が使っていたもの。

 それらを大事に棚へとしまって最後の段ボール箱が空になったとき、部屋のドアがノックされた。


「そろそろ時間だけど行けそうか?」

 時間を見るともう少しで11時だった。

「はい、ちょうど終わりました」

 ふと見ると、洸も上着を着てバッグを持っている。

「加賀城さんも行くんですか?」
「駅前まで行くの初めてだろ」
「そうですけど、ちゃんと行き方は確認したから大丈夫ですよ」
「何、一緒だと都合悪い?」

 都合が悪いというよりも、誰か会社の人に見られたら困るというのが本音だ。

 会社の人には婚約者のことは伏せてもらうのだから、万が一休日に二人でいるところを見られたら言い訳ができない。すると、何だそんなことかと言った調子で、少し不機嫌になりかけていた表情が和らいだ。

「この辺りで鉢合わせする確率は低いし、もし鉢合わせしたところで、まだ清流は人事の一部にしか顔も知られてないんだし、問題ないだろ」
「そ、そうですかね?」
「警戒しすぎ。荷物持ちくらいさせろ、行くぞ」

 洸はさっさと玄関へと向かって行くので、清流もバッグを手に取ってその後を追いかけた。


 マンションを出て、駅前までの道を並んで歩く。
 知らなかったのだが、駐車場には洸所有の車がもう1台あるらしく、自分が車を出すと提案してくれていたがそれも丁重に断った。

 今日は天気も良くて暖かい。
 梅雨が来る前の、一番爽やかなこの季節が清流は好きだ。
 最近会社の面接やマンションへの手続きなどで車や電車移動が多く、清流にとってはこうしてゆっくり外を歩くのも久しぶりだった。

「でも、加賀城さんも運転できるんですね」

 昔から運転手付きの暮らしをしていたようなので、そもそも自分で運転をしない人なのかと思っていた。

「普段はしないけど、休日にたまに一人でドライブくらいする」
「ちなみに最近ドライブしたのっていつですか?」
「3ヶ月、いや4ヶ月くらい前か?」
「…次に車乗るときも槙野さんに来ていただきましょうか」
「どういう意味だそれ」

 洸が拗ねたように面白くなさそうな顔をする。
 暮らし始めて2日目だが、洸は意外と感情が顔に出ることを知った。

 これまでは洸の行動や言動に振り回されることが多く、洸が何を考えているか読めないことばかりだったので、意外な発見だった。
 それに、少し子どもっぽい一面もある。

「冗談です」
「じゃあ今度な、助手席に乗せてやる」

 洸の提案は社交辞令だろうと思いつつ、清流はありがとうございますとお礼を言った。

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