それらすべてが愛になる

青砥アヲ

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想い想われ1

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「リストにあるのは全部入れたか?忘れ物するなよ」
「分かってますって、大丈夫ですよ」

 清流は持ち物の最終確認をしてからスーツケースを閉める。

 清流は今日から1週間、会社の宿泊研修に行く。
 社内で1年目から4年目の若手社員から十数名が選ばれる中で、清流も選ばれて参加することに決まったのだ。

 同じグループ系列の会社からも参加者がいるらしく、講師を呼んでの座学以外にもワークショップやロールプレイングを取り入れた内容も組まれているらしい。
 普段は経営企画課に籠って仕事をすることが多い清流にとって、他の同年代の社員と親睦を深めるチャンスだと、参加が決まってからはかなり楽しみにしていた。

「あとシンクライアントのバッテリーに、スマホの充電器もな。寝る前でもいいから1日1回は連絡しろよ」
「意外と心配性ですね」
「1週間も行くんだから当たり前だろ。ちゃんと連絡しろよ」
「そうはいっても、同じ都内ですよ?」

 そう言いながらも、分かりましたと苦笑しながら返事をする。

「加賀城さんこそちゃんとごはん食べてくださいね、あとソファーで寝ちゃダメですよ」
「分かってる」
「あとミントの水やりもお願いします」
「分かってるって、そろそろ出ないと遅れるぞ」

 時計を見ると7時半。
 8時半にターミナル駅に集合なので、余裕を見て早めに出ておこうと思っていた。

「じゃあ先に出ますね」
「あぁ、経営企画を代表していってこい」
「ちょっとそれは重いんですけど」

 行ってきます、と笑顔で出ていく清流を洸も軽く手を上げて見送った。

 ◇◇◇◇

 昼前の会議室に、経理部マネージャーの声が滔々と響いている。

 洸は回覧されてきた『削減目標』と書かれた資料をめくり目を通すと、隣りの営業部部長に回した。それを見て顔をしかめる様子に、洸は同情の視線を送る。

 経費削減の鬼と称されるこのマネージャーは、販促費、広告費、出張費などを何かと減らそうと画策してくる。
 もちろん無駄は減らすべきだが、そのほとんどは営業が戦略として先手で仕掛けているものだ。
 ただ、すぐに利益に結びつくものばかりではないため、営業部が槍玉に上げられる傾向が強い。

 さっそく営業部の部長が手を挙げて反論するのを見て、これは荒れそうだなと心の中で呟く。

 朝から会議続きで、自分のタスクは何も進んでいない。

 内職しても咎める人間などいないが『他の作業してるのって意外とバレますから気を付けた方がいいですよ』と、頭の中で以前言われた忠告が聞こえてくる。

(本当にあいつ、言うようになったよな)

 予定表の確認ぐらいいいだろう、とタッチパッドの上で指を滑らせる。
 この後は14時半に外出の予定が入っている。このアポも清流が取ったものだ。

『お前な、夏の14時台って一番暑い時間帯だぞ』
『その時間しか空いてなかったんだから仕方ないじゃないですかっ』

 加賀城さんが忙しすぎるのがいけないんです、と清流としたやり取りを思い出して思わずふっと笑いが漏れた。

 最近の洸の思考には、こうしてときどき清流が登場する。
 清流が宿泊研修へ行ってからはそれがより顕著になった気がしていた。

 清流が参加している研修は洸も若手社員だった頃に参加した。
 今もカリキュラムが同じかは分からないが、チーム競争型で順位付けも行われるため、最終日に向けてやや殺伐とした雰囲気だった記憶がある。

 清流の性格だとグループワークではチーム内の調整役に回りそうだな、と上手くやれているか気になりつつ、意外とどこでも逞しくやれるタイプだろうという謎の信頼感もあった。

 今日で3日目。
 帰ってくるのは土曜の夜、まだ先だ。


 昼休みにコンビニで弁当を買い、フロアの休憩スペースの前を通ると、待ち構えていたかのように未知夏が手招きをした。
 未知夏は周囲に人がいないことを確認して、隣りに並ぶ。

「加賀城くん、婚約したってほんと?」

 急に話を振られて、洸は一瞬沈黙した。

「どこで聞いた?」
「秘書課の子から尋問されたわよ、相手が誰か知ってるんじゃないかって。何度知らないって言っても信じてもらえなくて、大変だったんだから」

 よっぽど問い詰められたのか、今ならあの子たち刑事になれるわと疲れたように言う。

「で、どうなの?」
「まぁ…本当」
「へぇ、あんなに逃げ回ってたのに意外。ついに年貢の納め時ってわけね」

 役員とその秘書の口に戸は立てられない。未知夏は以前秘書課にいたこともあり、そういう話が耳に入る機会も多く、普通の同期以上に事情はよく知られていた。

「その顔は、乗り気じゃない感じ?」
「……いや、そうでもない」

 それは洸の本心だった。
 自分としては初めからそのつもりで声を掛けたが、一緒に暮らすようになってもほとんど気を使うこともない。
 何なら清流がいる生活が普通になってきている今、この生活の延長に結婚があるのなら構わないと思っている。

 けれど、清流の方はどうだろう。
 まだ初めの頃のように絶対に嫌だと思っているのだろうか。

『出ていかないです』

 あのときはそう言っていたが、今すぐ出ていくつもりはないというだけであって、ずっといるという意味ではないのかもしれない。
 もしくは、このまま同居は続けてもいいが結婚は嫌だ、という可能性もある。

 あの言葉がどういう意味なのか、今どう考えているのか深くは聞けていないままだ。もし聞いて断られたら―――

(断られたら……?)

「でもいいの?」
「……何が」
「清流ちゃんのこと好きなんじゃないの?」

 未知夏は清流が当事者だとは知らない。
 だから、清流ではない誰かと結婚してもいいのかと聞いているのだと理解できる。
 だが、どうしてそういう結論に達したのか洸には分からなかった。

「……俺が、工藤を?」
「はぁ…あれだけ態度に出しておいて自覚なしなわけ?これだから言い寄られるだけの人生で、恋愛偏差値が底辺の男は始末に負えないのよね」

 散々な言い草だなと思いつつ、前半はあながち的外れでもないから癪に障る。

「あいかわらず性格悪いな」

 あら心外だわと嘯くが、浮かべている表情は言葉とちぐはぐなのがまた腹立たしい。
 彼女に言わせれば、清流にかける言葉や態度、気の使い方などを見れば一目瞭然だという。
 おそらく加賀城洸という人間は、ひたむきさや努力といったものだけで他人を認める性格ではない、と言いたいのだろう。

「勘ぐりすぎだろ」

 言うなれば単なる同情と、少しばかりの好奇心。
 それ以外に何がある?

「あっそ。自覚してないならそれでもいいわ。でも、気持ちは言えるときに言わないと後悔するわよ」

 未知夏は紙コップをゴミ箱に投げ入れると、じゃあねと言って休憩スペースを出ていった。

 ―――言えるときに言わないと後悔する。

 その言葉の意味を、のちに身をもって思い知ることになるが、そのときにはもう何もかもが遅かった。

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