氷月の最愛~政略結婚のはずが、クールな旦那様から溺愛が始まりました!~

来海空々瑠

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揺れる芝桜

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「……いくら子どもを助けるためとはいえ、あんな大男相手に箒ひとつで向かっていくなんて無謀にも程がある。貴女のその細い腕を捻り上げることなど、男ならいとも容易くできるのですよ」

 淡々とそう告げる千歳の言葉を、椿は静かに聞いていた。

「正義感があるのは良いことですが、それで己の身を滅ぼしては元も子もないでしょう」

 千歳が言うように、今回はたまたま彼が椿を見つけてくれたから事なきを得たのは確か。

 あのまま、もし誰も助けに来てくれなかったなら、椿が今頃あの男に連れ去られていたかもしれない。千歳の言うことは最もだ、と椿も思う。

「すみませんでした。あのときは、考えるより先に体が動いてしまって……」

 けれど、恐怖に怯える子どもの顔を見た瞬間、考えるよりも体が動いてしまったことは事実だった。あの子を何としてでも助けなければ。その一心で、後先のことをよく考えていなかった。

「……今後は、気を付けます」

 千歳の方をよく見ることができず、暗い地面を見つめながらそう言った椿。

 それから、ほどなくして背中にふわりと何かが掛かる感触に顔を上げた。見れば、千歳が着ていたスーツのジャケットが椿の肩に掛けられている。ほんのりと温かく、かすかに感じる千歳の香り。

「……帰りますよ」

 そう言った千歳の背中に「ありがとうございます」と礼を述べた椿だったが、彼が振り向くことはなく。こんなに近くにいるのに、まるで遠くにいる千歳のことが、今の椿にはよく分からなかった。

 初めての夫婦ふたりでの外出で、ようやく少し近づけた気がしていたのに。触れられそうな距離にいるはずの背中が、今はひどく遠く感じられた。
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