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1章 出会いのクッキー

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◇◇◇

「……って、そんな甘い話があるわけないですよね」

数分後、ショップバッグを手に持って店を出た久志は、金髪イケメン──もとい神宮寺薫の隣をぐったりとした様子で歩いていた。ちなみに、手に持っているショップバッグの数は合計四つ。その内三つは、薫が大人買いしたケーキたちである。

「ほら、行くぞ。傾かないように気をつけて持ってくれ」
「……了解しました」

あのあと、薫の好意により食べたかったケーキを二つ買ってもらった久志だったが、店を出るときに「ちょっと待て」と引き止められた。振り向けば、にこりと綺麗な顔をして笑う薫の姿。「なんですか?」と尋ねると、「買いすぎたから車まで荷物を運んでくれ」とのことだった。

どうやらあの執事は車で待機中らしく、近くにはいないのだそう。だったら、電話で呼び出せばいいのではと思ったのだが、あいにく薫はスマホを車内に置き忘れたようで、ちょうどいいところにいたのが久志というわけだ。

(自分で持たない辺り、坊ちゃん気質だな……この人)

とはいえ、車までは徒歩数分。買ってもらいっぱなしも申し訳ないと思った久志は、荷物持ちを引き受けることにしたのだ。やはりスイーツをおごってもらうだけ、だなんて甘い話は現実には存在しなかった。

「へぇ~、神宮寺さんは最近神戸に引っ越してきたんですね」
「つい2週間ほど前にな。子どもの頃はよく遊びに来ていたから知った街ではあるけど、住むのは初めてだ」

道すがらいろいろと話しかけてみると、薫は自身のことについても話してくれた。意外とよく喋る。ちなみに、あの大きな屋敷は薫の祖父母が所有していた邸宅らしく、やはり彼が金持ちであることは間違いなさそうだ。

「それにしても、屋敷の主が自分でケーキなんて買いに来るんですね。そういうのは、執事の仕事かと思ってましたけど……」

雑談の一つとして、軽い気持ちで投げかけた言葉だった。だが、薫はかっと目を見開いて久志を見ると、「馬鹿を言うんじゃない!」と声を荒げる。

「自分が食べたいスイーツは自分で選ぶ。当たり前のことだろう⁈」

久志の何気ない言葉に、そう抗議してくる薫。久志は「な、なんですか……急に」と若干引き気味だ。

「君もスイーツ好きならわからないか?店にどんなスイーツが並んでいるのかも気になるし、そのときの気分で食べたいものは変わるというものだろう。他人にどれを手にするかという選択権を与えるよりも、僕は自分で自分の食べたいものを選びたい」

声高々にそう宣言する薫。急に人が変わったような態度に驚いたが、「確かに、それはわかります」と久志が返すと、薫は「そうだろう」と何やら満足そうに頷いた。

(でも、この人さっき全種類買ってたよな……?)

全部買うなら、結局他人に買いに行かせても同じなのでは、と思うのだが、そこはひとまずツッコまないでおく。

何はともあれスイーツ好きの同志の存在は、久志の気分をほんの少し明るくしてくれた。
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