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1章 出会いのクッキー

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「もういいって──」
「神宮寺さんが言いたいことはよく分かります」

今度は久志が薫の言葉を遮るように、言葉を継いだ。

「ストーカーは立派な犯罪です。そんな犯罪者を易々と許すようなことをすれば、また別の事件が起こりうる可能性だってある。いまは形だけの反省で、もしかしたら、また俺の生活を脅かすような出来事があるかもしれない。それは、俺も分かってます。けど……」

久志はそう言うと涙でぐちゃぐちゃな顔になった鈴木のことを、じっと見つめた。

明るく朗らかで、面倒見のよかった鈴木には、確かに今回のストーカー事件をきっかけに、それ以外のプライベートな悩みを相談したりすることもあり、距離は以前よりも近くなっていたと思う。

そうなったきっかけを作った原因が彼女であったこと。信じていた人に裏切られたこと。10歳以上も離れた女の人から異常な好意を向けられていたことは、どう考えたって久志にとっては受け入れがたく、嫌悪感を感じてしまう。ただ──。

「……俺は、警察に突き出そうとか、そういったことは考えていません」

久志の言葉に、鈴木は大きく目を見開いて驚いているようだった。久志の位置からは薫や加賀美の表情は見えなかったが、きっと彼らも久志が出した決断に驚いているだろう。

「あなたの家族やバイト先の誰かに、このことを話して『鈴木さんはストーカーだ』だなんてことを言いふらしたりもしません」
「久志くん……」
「……だからって俺はあなたがしたことを許しているわけじゃないし、顔だってもう見たくない。今だって、すごく信頼してた人だったのにって、あなたのことを軽蔑してます。でも──」

そこで言葉を区切った久志は、顔を俯かせた。

「少しの間でしたが、同じバイト先で働いていた仲間です。……もう、あなたはこんなことをしないと、信じたい気持ちが俺にはあります」

手のひらを握りしめて、気持ちを強く持つ。

「だから、って今回の件を不問にするっていうわけでもないですけど……」

久志がそっと顔を上げると、目の前の鈴木は泣き崩れ、小さな声で「本当にごめんなさい」と繰り返していた。

「鈴木さん……もうこんな真似は、絶対にやめてください」

口から出てきた声は震えていた。

きっと、この判断は間違っている。そう思いながらも、犯人を見つけ出す前の答えと、真逆の答えを口にしていた。自分でもバカだなと思う。けれど、久志には、やっぱり鈴木を警察に突き出すことはできなかった。

春の温かな夜風が頬をすっと撫でて行く中、そんな久志と鈴木のことを二人の男は見守るかのようにじっと見つめていた。
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