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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード

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陽が降りそそぐ窓辺で眠り 
燃えるグロリオサを愛おしむ
季節は巡り やがて稲穂が色づく頃
孤独に沼地で生を終える
最後に祝杯をあげる我に 神よ祝福を

薫が呟いた言葉に首を傾げながら、久志と加賀美は手元を覗きこんだ。達筆な字で書かれた謎の文章。それが何を意味するのかは、じっと手紙を見つめてみても久志にはまったく検討がつかなかった。

「なんですか、この文章は」
「私にも、それがさっぱりでして……」

裕次郎は綺麗にアイロンがかけられたハンカチを額に当てながら、頼りなく、そう呟いた。薫は穴が開くんじゃないかと言わんばかりに、手元の紙をじっと見つめ、何か考えている様子。

「何かの詩かと思ってネットで検索してみたんですけど、そのような文が綴られている作品もないようで」
「この文章そのものに意味があるんですかね」

うーんと考え込む久志だが、やはり何度文章を読んでみても何が何だかさっぱりである。

「この『グロリオサ』というのは、ユリ科の花だったよな?」
「ええ。和名はキツネユリ、7月から9月と夏にかけて咲く花です。確か、花言葉は『栄光』や『勇敢』だったでしょうか」

ちらりと加賀美を見た薫がそう尋ねると、優秀な執事も顎に手を当てながらそう返す。顎に手を当てて、じっと考え込む薫を横目に、裕次郎はハンカチで額を拭いながら、「やっぱり、父のいたずらでしょうか」と呟いた。

「正直なところ……兄も姉も、こんな訳の分からない遺言状は、ただのイタズラだろうと話していて。お恥ずかしながら、父とは親子関係があまり良くなかったもので疎遠状態でしたから、僕らへの当てつけのような気もして」

そう言って表情を暗くした裕次郎は、サッとソファから立ち上がって薫たちを見た。

「急に、変なご相談を持ちかけてしまって申し訳ありませんでした……っ。このお話は忘れてください」

裕次郎はそう言ってテーブルにあった遺言状や、荷物をまとめて部屋を出て行こうとした。加賀美が慌てて、それを引き止めようとしたのだが、裕次郎は「いえ。お時間いただき、ありがとうございました」と一礼して、そのまま出ていってしまう。

だが、薫はただじっと黙ったまま、その様子を見送るだけ。加賀美は裕次郎を見送るため、エントランスの方へと行ってしまった。なんだか慌ただしい一幕に、その場に残された久志は呆然とした。

「なんだったんでしょうね……」

久志がそう呟くと、脚を組んでソファに座っていた薫がくるりと振り向いた。

「久志、君に頼みたいことがある」
「た、頼みたいこと……?」

突然のお願いに、久志は首を傾げて薫を見た。すると、薫は自分のスーツの袖についているボタンを掴んで引きちぎると、それを久志に差し出した。「高級そうなスーツのボタンをそんな簡単に」と久志は思ったのだが、当の本人は特に気にもしていない様子である。

その真意が分からず、久志が目の前のボタンをじっと見つめれば、

「今から冨山氏を追いかけて『忘れ物ですよ』と、届けてきてくれ」

と言って、薫は意味深な笑みを浮かべたのだった。
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