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2章 遺言状とプリン・ア・ラ・モード
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裕次郎と共に久志がやってきたのは、北野坂にある「にしむら珈琲店」だった。かつては日本初の会員制喫茶として、名を馳せた地元神戸でも有名。レトロで落ち着いた雰囲気が好きで、久志も度々足を運ぶお気に入りのお店だ。
「好きなもの頼んでいいよ」
裕次郎はそう言ってくれたのだが、ほぼ初対面の人にケーキを買ってもらったあと、荷物持ちをさせられたことは記憶に新しい。久志はひとまずコーヒーだけ注文することにした。、しばらく世間話なんかをして間を繋いだが、コーヒーが席に来ると、久志は姿勢を改め、裕次郎に向き合った。
「あの……富山さん。もしよかったら、さっきの話、詳しく聞かせてもらえませんか。その、ご家族のこと……」
裕次郎がコーヒーカップを口に運ぼうとしていたのをやめて、久志を見る。店の前で呼び止められたとき、久志には裕次郎が何か話をしたそうにしているように見えたのだ。
「いや、別に話したくないのなら無理とは言わないんですけど……っ!なんか、富山さん、悩んでらっしゃるみたいだったから……。俺みたいな年下の男に話したところで、何の解決にもならないかも、ですけど」
あわあわとそう説明する久志に、裕次郎はふと笑みをこぼした。どこか自分のことを情けない、と思っているような表情で。
「ありがとう。……じゃあ、ちょっと聞いてくれるかな。うちの家族の話について」
そう言って、裕次郎はぽつりぽつりと自身の家族についての話を語り始めた。
兄弟は兄と姉の二人いること。母親は幼い頃に病気で亡くなり、子どものころは家族四人で過ごしてきたこと。父親は、仕事が忙しくてあまり家におらず、家事などは自分たちでやってきたこと。
「おかげで自立するのも早くて、大学進学と同時にみんな家を出て行ったわけだけど……。その頃になると、僕らも親父と衝突することが増えてきて。飲むと酒癖も悪くて、よく兄とは喧嘩をしてた。姉も兄の味方をすることが多かったから、次第に親父とは疎遠になってね。僕はそこまで親父のことが嫌いだったわけではないけれど、一緒にいても会話は続かないし……。どこか気難しい性格の人だったから、兄や姉と同じように大学進学を機に家を出てからは、ほとんど連絡なんて取ることもなかったんだ」
裕次郎はテーブルの上に置いてあるグラスを見つめながら、そう話す。久志は途中で口を挟んだりせず、ただじっと彼の話に耳を傾けていた。
「そんな親父が残した変な遺言状とあって、兄や姉は随分と文句を言っていたし、ただのイタズラなんじゃないかって話してたんだけど……。やっぱり、僕は気になるんだ。親父は、僕らに何か伝えたいことがあったんじゃないかって」
そう話す裕次郎は、何かを噛み締めるように肩をギュッと震わせていた。
完全に部外者の久志からすれば、確かに長年疎遠になっていた子どもたちに、父親が残した変なメッセージが書かれた遺言状ともなれば、首をかしげたくなる気持ちは理解できる。ややこしい遺言状を残すことで、子どもたちがケンカすることだって考えられることを思えば、どうしてわざわざそんなことを、とも。
けれど、裕次郎が話すように死を前に、父親がわざわざ暗号みたいなメッセージを残してまでしたものともなれば、そこに何か大きな理由があるのでは、とも考えるのもわからなくもない。
「冨山さん、やっぱり神宮寺さんに頼んでみましょうか?あのメッセージの謎解きを」
「でも、いいのかな……。勢いで行っちゃったけど、迷惑だったりしないかな」
裕次郎は、あのお坊ちゃんを前に萎縮してしまって依頼を取り下げたのだろうか。このまま、というのは久志自身もなんだか気になって仕方ないという気持ちもある。「乗りかかった船」というやつだ。
それに、きっと薫ならあの謎も解いてくれるのではないか、とどこか確信めいたものがあった。自分の事件も華麗に解決してくれた、あの名探偵ならと。久志は「大丈夫ですよ」と裕次郎に返し、「俺に任せてください」とにこりと笑うのだった。
「好きなもの頼んでいいよ」
裕次郎はそう言ってくれたのだが、ほぼ初対面の人にケーキを買ってもらったあと、荷物持ちをさせられたことは記憶に新しい。久志はひとまずコーヒーだけ注文することにした。、しばらく世間話なんかをして間を繋いだが、コーヒーが席に来ると、久志は姿勢を改め、裕次郎に向き合った。
「あの……富山さん。もしよかったら、さっきの話、詳しく聞かせてもらえませんか。その、ご家族のこと……」
裕次郎がコーヒーカップを口に運ぼうとしていたのをやめて、久志を見る。店の前で呼び止められたとき、久志には裕次郎が何か話をしたそうにしているように見えたのだ。
「いや、別に話したくないのなら無理とは言わないんですけど……っ!なんか、富山さん、悩んでらっしゃるみたいだったから……。俺みたいな年下の男に話したところで、何の解決にもならないかも、ですけど」
あわあわとそう説明する久志に、裕次郎はふと笑みをこぼした。どこか自分のことを情けない、と思っているような表情で。
「ありがとう。……じゃあ、ちょっと聞いてくれるかな。うちの家族の話について」
そう言って、裕次郎はぽつりぽつりと自身の家族についての話を語り始めた。
兄弟は兄と姉の二人いること。母親は幼い頃に病気で亡くなり、子どものころは家族四人で過ごしてきたこと。父親は、仕事が忙しくてあまり家におらず、家事などは自分たちでやってきたこと。
「おかげで自立するのも早くて、大学進学と同時にみんな家を出て行ったわけだけど……。その頃になると、僕らも親父と衝突することが増えてきて。飲むと酒癖も悪くて、よく兄とは喧嘩をしてた。姉も兄の味方をすることが多かったから、次第に親父とは疎遠になってね。僕はそこまで親父のことが嫌いだったわけではないけれど、一緒にいても会話は続かないし……。どこか気難しい性格の人だったから、兄や姉と同じように大学進学を機に家を出てからは、ほとんど連絡なんて取ることもなかったんだ」
裕次郎はテーブルの上に置いてあるグラスを見つめながら、そう話す。久志は途中で口を挟んだりせず、ただじっと彼の話に耳を傾けていた。
「そんな親父が残した変な遺言状とあって、兄や姉は随分と文句を言っていたし、ただのイタズラなんじゃないかって話してたんだけど……。やっぱり、僕は気になるんだ。親父は、僕らに何か伝えたいことがあったんじゃないかって」
そう話す裕次郎は、何かを噛み締めるように肩をギュッと震わせていた。
完全に部外者の久志からすれば、確かに長年疎遠になっていた子どもたちに、父親が残した変なメッセージが書かれた遺言状ともなれば、首をかしげたくなる気持ちは理解できる。ややこしい遺言状を残すことで、子どもたちがケンカすることだって考えられることを思えば、どうしてわざわざそんなことを、とも。
けれど、裕次郎が話すように死を前に、父親がわざわざ暗号みたいなメッセージを残してまでしたものともなれば、そこに何か大きな理由があるのでは、とも考えるのもわからなくもない。
「冨山さん、やっぱり神宮寺さんに頼んでみましょうか?あのメッセージの謎解きを」
「でも、いいのかな……。勢いで行っちゃったけど、迷惑だったりしないかな」
裕次郎は、あのお坊ちゃんを前に萎縮してしまって依頼を取り下げたのだろうか。このまま、というのは久志自身もなんだか気になって仕方ないという気持ちもある。「乗りかかった船」というやつだ。
それに、きっと薫ならあの謎も解いてくれるのではないか、とどこか確信めいたものがあった。自分の事件も華麗に解決してくれた、あの名探偵ならと。久志は「大丈夫ですよ」と裕次郎に返し、「俺に任せてください」とにこりと笑うのだった。
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