ラグナス皇国物語 〜大聖女と4人の守護騎士〜

来海空々瑠

文字の大きさ
5 / 7
晴天の霹靂

しおりを挟む
◇◇◇


「ただいま」

 私、ユリス・クロフォードはご就寝になるというアリシア様と付き添いのナツメを部屋まで送り届け、他の守護騎士たちが集まる談話室へと戻ってきた。ここはアリシア様が過ごすお部屋からは一番遠いところにあり、私たち守護騎士は彼女が寝た後、この談話室で会議を開くのが定例となっていた。

 部屋の中央には、三人掛けの長ソファと、ローテーブルを挟んだ対面に一人掛けのソファが二脚、そしてその向こう、執務机がある場所に私の席が用意されている。「お疲れ様です」と労いの言葉をかけてきたルカに手で応えつつ、私は自分の席へと向かい、どさりと腰を下ろした。

「ほら、飲め。コーヒーだ」

 ティーカップを持ってきたリヒトに礼を述べ、苦いコーヒーを口にすれば頭がすっきりと冴えていく。この後、報告書を書く仕事が残っているからありがたい。

「で、今日の聖女様のご様子はどうだったんだ?」

 すると、長椅子にごろんと寝そべっていたジルベールが起き上がり、鋭い切れ長の瞳を私に向けてきた。ジルは今日、主に外の見回り仕事でアリシア様と関わる時間が少なかったから、彼女の様子が気になるのだろう。

「特に変わりなく、というところかな。ナツメによると今日はイチゴを使ったムースをお気に召したようで、二つ召し上がっていたそうだ」

 私がそう答えると、調理も任されているルカがメモを取りながら「そうでしたか」と頷いた。

「昨日もイチゴのタルトが美味しいとおっしゃっていたので、明日のティータイムもイチゴを使ったスイーツを多めにしてみましょうか」
「アーリー・モーニング・ティーは、ミルクとはちみちをたっぷり入れておけ。苦みのある紅茶は苦手そうだったぞ」

 リヒトの助言に「分かりました」と、律儀にメモを続けるルカ。膝に頬杖をついてそんな二人を見るジルベールは、はあと大きなため息を吐く。

「それにしても、聖女様のご機嫌取りは大変だな」

 その言葉に、部屋中がしんと静まり返った。

「……ジルベール、不謹慎な言動は慎め」

 私がそう返すと、ジルベールは鼻を鳴らして笑う。

「事実を言ってまでだ。お前だって、そう思っているだろう?」
「聖女様にこの身を捧げ、お仕えすることが俺たち守護騎士の使命だ」
「その仕事がこれかよ」
「ジルベール、お前――」
「おい、二人ともやめろ」

 リヒトに仲裁された私は次の言葉を飲み込んで、はあとため息をついて背もたれに体を預けた。

「国のとって聖女の力は脅威……。他国に横取りされるわけにはいかない。聖女の心を掴むための、そのとやらも、俺たちにとって重要な任務の一つだ」

 ジルベールに改めてそう言うと、「馬鹿らしい、とは俺も思うがな」と続けたリヒトに再び室内に気まずい沈黙が走った。

 私たち守護騎士は、歴代聖女の守護騎士を輩出してきた名家生まれの者たちばかりで構成されている。

 ハルシュタイン家、クレイン家、ウィストリア家、そして我がクロフォード家。この四家から選ばれた私たちは、幼い頃から聖女様の守護騎士としての役目を果たすために、さまざまな厳しい訓練を受けてきた。

 けれど、現状は聖女を懐柔するために「聖女様にとって心地いい世界を用意すること」が目下の最重要任務となっており、それに対して不満を言いたくなるのも分からなくはない。

 ちなみにアリシア様の専属侍女ナツメは、ジルベールと同じクレイン家出身で、ああ見えて彼女も武術訓練を受けた聖女様の護衛係の一人。同性同士で、何かと距離が近いため、私たちが知りえない情報を提供してもらっている。

「とにかく、しばらくは様子見だ。まだまだここへ来たばかりで、アリシア様ご自身も慣れないことが多いだろうから」
「少なくとも僕らのことを好意的に見てくださっている感じはありますよね」
「あの調子だと、俺たちの手に堕ちるのも時間の問題だと思うがな」
「はっ、たかが小娘ひとりに手こずってられるかよ」

 とりあえず、現状の再確認は終わった。それから私たちが明日のスケジュールを確認しようとした、その時だった──。

「ふーん、なるほど。何かおかしいと思ったけれど、そんな思惑があったとはね」

 部屋の扉が開いたかと思うと、扉の向こうから今まさに話題の中心人物だったアリシア様が入ってきた。その瞬間、動きが止まった私たち四人。

「え、アリシア様……?」
「不思議だと思ってたのよね、聖女の力を持っているっていうだけで、こんな好待遇を受けられるなんて。でも、他国に逃げられたら困るという皇国サイドの言い分はよく分かるわ」

 当の本人は腕組みをしながら、うんうんと深く頷いていた。守護騎士としても凄腕揃いの私たちが、誰一人として彼女が部屋の外にいると気づけなかったことに、ひやりと背中に悪寒が走る。

(まさか、それほどまでに彼女の能力は高いのか……?)

 そんな推測が頭をよぎったが、何はともあれ、今は目の前の彼女だ。

「ア、アリシア様、これはですね~……」

 どうしたものかと困った笑みを浮かべながらも、ルカがアリシア様に近寄れば、返ってきたのは怒りや罵倒の言葉……ではなく、にっこりと眩しい笑顔だった。

「あら、別に私は怒ってないわよ。あなたたちの正直な本音を聞けて、むしろスッキリしたというか」

 どうやら先ほどの話は全て聞かれていたらしい。だが、気まずさを感じる我々とは違って、彼女はどこか楽しげな様子である。

 そんなアリシア様の態度を見て、最初に猫被りを辞めたのはリヒトだった。

「バレてしまったのであれば、仕方ありません。今さら、取り繕ったところで説得力などありませんから、はっきり言わせていただきますが、我々は貴女にここから出ていかれては困ります。だから脱走しようなどと試みないでいただきたい」
「おい、リヒト!」

 ドストレートにこちら側の思惑を伝えるリヒトに、思わず私は声を荒げた。一方、ジルベールもリヒト同様に諦めた様子で、足を組んでソファの背に両手を広げて座っている。

 確かに私たち守護騎士に与えられた使命は、聖女であるアリシア様を守ること。そして、彼女の心を掴み懐柔することだ。誉高い守護騎士の仕事が、こんなものかとがっかりする気持ちは私にだって少しはあったと認めるが……。

「分かったわ」

 そんな風に頭を抱える私をよそに、アリシア様はそう言った。思いがけない反応に、私たち守護騎士は目を見張る。それから彼女は腕組みをして、勝気な笑みを浮かべて私たちを見つめた。

「その代わり私は、私の好きなようにさせてもらうから」と言って――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~

銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。 少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。 ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。 陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。 その結果――?

捨てられた聖女、自棄になって誘拐されてみたら、なぜか皇太子に溺愛されています

h.h
恋愛
「偽物の聖女であるお前に用はない!」婚約者である王子は、隣に新しい聖女だという女を侍らせてリゼットを睨みつけた。呆然として何も言えず、着の身着のまま放り出されたリゼットは、その夜、謎の男に誘拐される。 自棄なって自ら誘拐犯の青年についていくことを決めたリゼットだったが。連れて行かれたのは、隣国の帝国だった。 しかもなぜか誘拐犯はやけに慕われていて、そのまま皇帝の元へ連れて行かれ━━? 「おかえりなさいませ、皇太子殿下」 「は? 皇太子? 誰が?」 「俺と婚約してほしいんだが」 「はい?」 なぜか皇太子に溺愛されることなったリゼットの運命は……。

聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。

重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。 あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。 よくある聖女追放ものです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

誰も信じてくれないので、森の獣達と暮らすことにしました。その結果、国が大変なことになっているようですが、私には関係ありません。

木山楽斗
恋愛
エルドー王国の聖女ミレイナは、予知夢で王国が龍に襲われるという事実を知った。 それを国の人々に伝えるものの、誰にも信じられず、それ所か虚言癖と避難されることになってしまう。 誰にも信じてもらえず、罵倒される。 そんな状況に疲弊した彼女は、国から出て行くことを決意した。 実はミレイナはエルドー王国で生まれ育ったという訳ではなかった。 彼女は、精霊の森という森で生まれ育ったのである。 故郷に戻った彼女は、兄弟のような関係の狼シャルピードと再会した。 彼はミレイナを快く受け入れてくれた。 こうして、彼女はシャルピードを含む森の獣達と平和に暮らすようになった。 そんな彼女の元に、ある時知らせが入ってくる。エルドー王国が、予知夢の通りに龍に襲われていると。 しかし、彼女は王国を助けようという気にはならなかった。 むしろ、散々忠告したのに、何も準備をしていなかった王国への失望が、強まるばかりだったのだ。

アリエッタ幼女、スラムからの華麗なる転身

にゃんすき
ファンタジー
冒頭からいきなり主人公のアリエッタが大きな男に攫われて、前世の記憶を思い出し、逃げる所から物語が始まります。  姉妹で力を合わせて幸せを掴み取るストーリーになる、予定です。

役立たずと追放された聖女は、第二の人生で薬師として静かに輝く

腐ったバナナ
ファンタジー
「お前は役立たずだ」 ――そう言われ、聖女カリナは宮廷から追放された。 癒やしの力は弱く、誰からも冷遇され続けた日々。 居場所を失った彼女は、静かな田舎の村へ向かう。 しかしそこで出会ったのは、病に苦しむ人々、薬草を必要とする生活、そして彼女をまっすぐ信じてくれる村人たちだった。 小さな治療を重ねるうちに、カリナは“ただの役立たず”ではなく「薬師」としての価値を見いだしていく。

【完結】懸命に働いた結果、無実の罪で魔王への生贄にされた聖女。でも、その『氷華の魔王』様に溺愛され、誰よりも幸福な人生を手に入れました。

小平ニコ
恋愛
主人公マリエラは懸命に聖女の役割を果たしてきたのに、婚約者である王太子ウィルハルドは、お気に入りの宮女のデタラメを真に受けて婚約破棄。そしてマリエラを恐るべき『氷華の魔王』レオナールへの生贄にしてしまう。 だが、冷徹で残忍と噂されるレオナールは、マリエラに対して深い愛情と優しさを注ぎ、マリエラを侮辱したウィルハルドの顎を氷漬けにして黙らせ、衆目の前で大恥をかかせた。 そして、レオナールと共に魔王国グレスウェアに移り住むマリエラ。レオナールの居城での新しい生活は、甘く幸福なものだった。互いに『運命の相手』と認め合い、愛を育み、信頼を深めていくマリエラとレオナール。 しかしレオナールは、生まれついての絶大な魔力ゆえの呪いとして、長く生きられない体だった。ショックに打ちひしがれるマリエラ。だがある日、封印された禁術を使えば、自らの寿命が大幅に減るものの、レオナールに命を分けることができると知るのだった。 その頃、王太子ウィルハルドは自分に恥をかかせた魔王レオナールへの憎しみを滾らせ、魔王国の反王政派と結託してレオナールの暗殺を企てる。 しかしそれは、あまりにも愚かな選択だった。レオナールのマリエラに対する態度があまりにも優しかったから、ウィルハルドは彼を侮り、忘れていたのである。『氷華の魔王』が恐るべき存在であることを……

処理中です...