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今日から好きにします
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「う~ん、いい朝だわ……」
小鳥のさえずりで目覚めた朝、窓辺のカーテンを開けて陽の光を体に浴びた私は、ここ数日で一番清々しい気持ちで起きることができた。
いつもは侍女のナツメが部屋まで起こしに来てくれていたけれど、今日は明確な目的があったので、いつもより随分と早起きだ。辺りは静まり返っていて、空気もきりっと澄んでいる。
私は「よし!」と気合いを入れると、部屋のドレスルームではなく、自宅から持ってきたトランクから普段着の簡素なドレスを取り出した。長い髪は赤いリボンでひとまとめにして、身支度もばっちり。
「さあ、今日は朝から動くわよ~」
やる気十分で自室を出た私は、早速食堂近くにある調理場へと向かったのだった。
◇◇◇
目的地へ到着するとルカがいて、朝食の準備を始めようとしているところだった。どうやら彼が調理担当らしい。テーブルの上には、今から料理に使うであろう食材が並べられている。
「おはよう、ルカ」
「ア、アリシア様……?!」
黒のサロンエプロン姿で腕まくりをしたルカは、こんな朝早くに私が調理場へ来たことに驚いているようだった。目をぱちぱちと瞬かせている。
「今から朝食の準備でしょう?」
「ええ、そうですが……。どうされましたか、こんなところへいらっしゃるなんて」
戸惑っているルカを横目に、私は中に足を踏み入れて「朝ご飯を作りに来たの」とテーブルに並ぶ食材を手に取る。
「そんな、アリシア様のお手を煩わせるわけにはいきません……!」
「貴方が毎朝作ってくれる料理も美味しいけれど、実家でも毎日料理していたもの。これくらい朝飯前よ」
「ですが……!」
と、困り顔のルカ。そういう反応をされるだろうな、ということは百も承知だった。けれど、このままぬくぬくと何もかも「してもらうだけ」の生活を送っていては、廃人まっしぐらである。
(ここ数日食べていて思ったけれど、どれも高級そうな食材ばかりで胃もたれしてるのよね……)
私は数ある食材の中からいくつかを手に取って、棚に並ぶ調味料を近くに籠に入れていく。それから隣でオロオロするルカに、にこりと微笑みかけた。
「じゃあ、ルカは私のお手伝いをしてくれる?」
「アリシア様の、ですか……?」
「ええ、まずはそこにある食パンのヘタを切ってくれるかしら」
私が指示を出すと、目を瞬かせながらもルカは「はい!」と言って、いそいそと調理に取り掛かってくれた。
今から作るのは、トマト、レタス、ベーコンのサンドイッチ。シンプルだけど、軽めに食べたい朝には打ってつけのメニュー。ここ数日の高級料理に、そろそろ飽きてきていたところなので、今日は趣向を変えていこうと思う。
ルカはさすが調理担当だけあって手際が良く、トマトも綺麗に薄くスライスしてくれた。その間に私はソース作り。マスタードにオリーブオイル、塩胡椒、蜂蜜、搾ったモン汁を加えれば完成だ。
「アリシア様、ソースには蜂蜜をお使いになるんですか?」
「この前レシピ本に書いてあったの。隠し味にちょうどいいらしいから、試してみたくて」
スプーンですくって味見をしてみれば、コクがあってまろやかな味わいに、レモンの爽やかな風味と蜂蜜の甘味がほんのり効いている。
「うん、美味しい~……!」
私が思わず味の感想を述べれば、そわそわと私の様子を伺うルカ。「味見してみる?」と聞いてみると、「いいんですか⁈」とパァと目を輝かせる。何だか、大きなワンコみたいで、彼の背後にパタパタ振る尻尾の幻覚が見えそうだ。
「はい、どうぞ」
と、スプーンを手渡すと、ぱくりと口に含んだ瞬間、ルカは目を見開いて「美味しいです!」と感激しているようだった。その言葉に嬉しくなった私は、「でしょう?」と、にこりと微笑んだ。
それから二人で一緒に準備した具材を、ヘタを切ったパンに挟んでいく。
余ったパンのヘタは一口サイズに切った後、バターで炒めてこんがりしてきたら砂糖をまぶして出来上がり。これは小腹が空いたときのおやつにするつもり。食材も無駄なく使うことができて大満足だ。と、その時――。
「アリシア様、こんなところにいらしたのですか」
声がした方に視線を向ければ、調理場の入口に侍女のナツメが立っていた。
「寝室にいらっしゃらないので、どこにいるのかと」
そう続けた彼女に「おはよう、ナツメ」と挨拶をすれば、私の手元を見たナツメが慌てて料理を中断させようと中へやってきた。
「食事のご用意は我々がしますので、アリシア様は──」
「ストップ」
ルカと同じことを言い出すナツメの言葉を遮って、私は腰に手を当てた。
「昨日も守護騎士四人にも言ったけど、私は何から何まで人にやってもらうのは性に合わないの。料理くらい自分でしたっていいでしょう?」
「ですが──」
「ここでは『聖女のご機嫌取り』が貴方たちにとって重要な任務の一つ、なのでしょう? 私がやりたいことをやっているのだから、問題ないはずよ」
その話を持ち出せば口ごもり、ちらとルカに視線を遣るナツメ。ルカが諦めたように苦笑を浮かべているのを見て、ナツメは小さく息を吐いた。
「……承知いたしました。どうぞ、貴女様の御心のままに」
「了承してくれて何よりだわ」
卑怯な手を使って無理やり納得させた感はあるけれど。そうでもしないと、また元の生活に戻ってしまいそうだから、私もここは譲らないでおく。
その後、「私もお手伝いいたします」とナツメも加わることになり、私は朝食づくりを再開することにした。
「なら、ナツメはフレッシュジュースの準備をしてちょうだい。オレンジがたくさん、あったでしょう?」
「承知いたしました」
「ルカはサンドイッチを詰めるボックスを探してきてくれる?」
「はい、アリシア様!」
二人が他の作業をしている間に、私は作ったサンドイッチを色のついた薄い紙でラッピングしてリボンで結んでいく。久々の料理につい気合いが入ってしまったけれど、こうやって手料理に勤しむ時間はとても楽しいものだった。
小鳥のさえずりで目覚めた朝、窓辺のカーテンを開けて陽の光を体に浴びた私は、ここ数日で一番清々しい気持ちで起きることができた。
いつもは侍女のナツメが部屋まで起こしに来てくれていたけれど、今日は明確な目的があったので、いつもより随分と早起きだ。辺りは静まり返っていて、空気もきりっと澄んでいる。
私は「よし!」と気合いを入れると、部屋のドレスルームではなく、自宅から持ってきたトランクから普段着の簡素なドレスを取り出した。長い髪は赤いリボンでひとまとめにして、身支度もばっちり。
「さあ、今日は朝から動くわよ~」
やる気十分で自室を出た私は、早速食堂近くにある調理場へと向かったのだった。
◇◇◇
目的地へ到着するとルカがいて、朝食の準備を始めようとしているところだった。どうやら彼が調理担当らしい。テーブルの上には、今から料理に使うであろう食材が並べられている。
「おはよう、ルカ」
「ア、アリシア様……?!」
黒のサロンエプロン姿で腕まくりをしたルカは、こんな朝早くに私が調理場へ来たことに驚いているようだった。目をぱちぱちと瞬かせている。
「今から朝食の準備でしょう?」
「ええ、そうですが……。どうされましたか、こんなところへいらっしゃるなんて」
戸惑っているルカを横目に、私は中に足を踏み入れて「朝ご飯を作りに来たの」とテーブルに並ぶ食材を手に取る。
「そんな、アリシア様のお手を煩わせるわけにはいきません……!」
「貴方が毎朝作ってくれる料理も美味しいけれど、実家でも毎日料理していたもの。これくらい朝飯前よ」
「ですが……!」
と、困り顔のルカ。そういう反応をされるだろうな、ということは百も承知だった。けれど、このままぬくぬくと何もかも「してもらうだけ」の生活を送っていては、廃人まっしぐらである。
(ここ数日食べていて思ったけれど、どれも高級そうな食材ばかりで胃もたれしてるのよね……)
私は数ある食材の中からいくつかを手に取って、棚に並ぶ調味料を近くに籠に入れていく。それから隣でオロオロするルカに、にこりと微笑みかけた。
「じゃあ、ルカは私のお手伝いをしてくれる?」
「アリシア様の、ですか……?」
「ええ、まずはそこにある食パンのヘタを切ってくれるかしら」
私が指示を出すと、目を瞬かせながらもルカは「はい!」と言って、いそいそと調理に取り掛かってくれた。
今から作るのは、トマト、レタス、ベーコンのサンドイッチ。シンプルだけど、軽めに食べたい朝には打ってつけのメニュー。ここ数日の高級料理に、そろそろ飽きてきていたところなので、今日は趣向を変えていこうと思う。
ルカはさすが調理担当だけあって手際が良く、トマトも綺麗に薄くスライスしてくれた。その間に私はソース作り。マスタードにオリーブオイル、塩胡椒、蜂蜜、搾ったモン汁を加えれば完成だ。
「アリシア様、ソースには蜂蜜をお使いになるんですか?」
「この前レシピ本に書いてあったの。隠し味にちょうどいいらしいから、試してみたくて」
スプーンですくって味見をしてみれば、コクがあってまろやかな味わいに、レモンの爽やかな風味と蜂蜜の甘味がほんのり効いている。
「うん、美味しい~……!」
私が思わず味の感想を述べれば、そわそわと私の様子を伺うルカ。「味見してみる?」と聞いてみると、「いいんですか⁈」とパァと目を輝かせる。何だか、大きなワンコみたいで、彼の背後にパタパタ振る尻尾の幻覚が見えそうだ。
「はい、どうぞ」
と、スプーンを手渡すと、ぱくりと口に含んだ瞬間、ルカは目を見開いて「美味しいです!」と感激しているようだった。その言葉に嬉しくなった私は、「でしょう?」と、にこりと微笑んだ。
それから二人で一緒に準備した具材を、ヘタを切ったパンに挟んでいく。
余ったパンのヘタは一口サイズに切った後、バターで炒めてこんがりしてきたら砂糖をまぶして出来上がり。これは小腹が空いたときのおやつにするつもり。食材も無駄なく使うことができて大満足だ。と、その時――。
「アリシア様、こんなところにいらしたのですか」
声がした方に視線を向ければ、調理場の入口に侍女のナツメが立っていた。
「寝室にいらっしゃらないので、どこにいるのかと」
そう続けた彼女に「おはよう、ナツメ」と挨拶をすれば、私の手元を見たナツメが慌てて料理を中断させようと中へやってきた。
「食事のご用意は我々がしますので、アリシア様は──」
「ストップ」
ルカと同じことを言い出すナツメの言葉を遮って、私は腰に手を当てた。
「昨日も守護騎士四人にも言ったけど、私は何から何まで人にやってもらうのは性に合わないの。料理くらい自分でしたっていいでしょう?」
「ですが──」
「ここでは『聖女のご機嫌取り』が貴方たちにとって重要な任務の一つ、なのでしょう? 私がやりたいことをやっているのだから、問題ないはずよ」
その話を持ち出せば口ごもり、ちらとルカに視線を遣るナツメ。ルカが諦めたように苦笑を浮かべているのを見て、ナツメは小さく息を吐いた。
「……承知いたしました。どうぞ、貴女様の御心のままに」
「了承してくれて何よりだわ」
卑怯な手を使って無理やり納得させた感はあるけれど。そうでもしないと、また元の生活に戻ってしまいそうだから、私もここは譲らないでおく。
その後、「私もお手伝いいたします」とナツメも加わることになり、私は朝食づくりを再開することにした。
「なら、ナツメはフレッシュジュースの準備をしてちょうだい。オレンジがたくさん、あったでしょう?」
「承知いたしました」
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