訳あり師弟が媚薬を100本作る方法【完結済】

ゆきのりん

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01.師匠と弟子が出会う方法

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「知らない人について行ってはいけないよ」

 それは本当に、そう。その通り。

 この世界には、気まぐれな魔の者にかどわかされて人の理から外れる者が幾人もいる。
 私は、魔神にちょっとおいでと言われてついて行ったら、いつの間にか数十年が過ぎていて不老の魔女になっていた。
 200年ほど前の話。
   
 魔の者によって魔女にされた人は、与えられた魔法しか使えなくなる。
 
 私に扱える遠見や浄化を生業としながら王都に住んだこともあったけれど、それからは東の樹海と呼ばれる森に建てられた一軒家で、自給自足をしながら暮らしている。
 他人と生活するのが嫌なわけではないのだけれど、人目を気にせずひとりでのんびりと適当に過ごす毎日は正直快適この上ない。
 平和な時代ありがとう!

 森の幸が豊富で温室の果実や小さな畑の作物もよく実り、食べることには困らないけれど、加工肉やパンなどは街で売られているものの方が断然美味しい。
 もちろん、それらを買うには現金が必要になる。
 今日は近くの街に赴き、森の中で放し飼いにしている毛長毒兎や綿毛魔羊の抜け毛を紡いで織った生地を買い取ってもらうべく仕立て屋に持ち込んだ。
 もう少し量が欲しいと言ってもらえたので、食料品の買い出しは次にしようと考えながら街の中央にある噴水の縁に腰をかけていると、目の前で男の子が盛大に転んだ。

「あらあら、大丈夫?」
「大丈夫じゃありません!手当てしてください!」
「ああこんなに血が出て…可哀相に。鎮静の魔法を軽くかけるね」

 私は、持っていた飲み水を浄化魔法で清浄にして少年の手のひらと膝にできた傷を洗い、手持ちの軟膏を塗って洗いたての布を巻いた。
 その間少年は私を真剣な眼差しで見つめていて、痛みに顔をしかめることもなかった。

 処置を終えて立ち去ろうとする私に、少年は送りますと言ってついてきた。

「ありがとうございました!僕はシュウィル・シュー・リュウェンディといいます。君…お姉さんは?」

 おお…いかにも土地を治める系譜の名前だ。聞いてしまってよかったのだろうか。

「私はアム・チェッカ」

 対して私は、200年以上前の古風な名前。

「アム…さん。初めて聞く名前です…素敵ですね!」
「あらら~ありがとうね」

 屈託のない笑顔でそんなことを言われて、思わず頬が緩んでしまった。

「あの、お姉さん」
「あ、お姉さんじゃなくてお婆さんだよ」
「……ぇえ?」
「昔魔神にね…おや、お家の人かな。きちんと手当てしてもらってね」
「魔神…ということは魔導士じゃなくて魔女?あっうちの者ですね…」

 服の上からでもわかる屈強な男性が、獲物を見つけた大口雷熊のような形相で近づいて来る。早い。

「それじゃあ、お大事にね」
「あ、ありがとうございました!あの、」


「知らない人について行ってはいけません!」
「名前聞きました!知人です!まだ言ってないことが!あああ!」

 やはり連れだったか。賑やかなやりとりをしている。
 少し歩いて振り返ると、シュウィルくんは大男に酒樽のように担がれながら千切れんばかりに手を振っていた。
 若い子は元気があっていい。2年くらい若返った心持ちになる。


☆・☆・☆・☆・☆


 その数日後、私はまた街を訪れていた。
 用事を済ませて家に戻ろうと歩いていたら、先日の少年が目の前に飛び出してきた。

「アムさん、こんにちは!荷物持ちます!」
「こんにちは、シューイルくん。えっとじゃあお願いしようかな、ありがとうね」

 改めて見ると、美しい子だ。
 何より肌艶がいい。名前の響きで何となく察するに、いいとこの子なのだろう。
 知らない人について行ってはいけないと、私でも言い聞かせたくなる。

 青みがかった黒い髪の毛は、日の光をこれでもかと反射している。
 少年らしい丸みのある輪郭の中で、目鼻立ちの均衡が整っている。
 大きな灰青の瞳は重い雲のようだけれど陰りなく輝いていて、吸い寄せられそう。

 成長したら女の子が黙っていないだろうなあと思わせる。
 いや、若い娘さんの気持ちはわからないけれども…多分。

「あの、アムさん」
「なあに?」
「アムさんは結婚していますか?婚約者や恋人や密かに想う相手などはいますか?」
「ううん、していないし、そういった相手はいないね」
「じゃあ弟子にしてください!」
「え? それはいい…けど…」
「決定ですね!学校が休みの日に行ってもいいですか?あっ家族にはお前は何でも好きにしていいと言われてるので大丈夫ですよ!」
「いやいや、ご両親には許可をいただいて…」
「…両親はいないので…」
「ああっ」

 配慮が足りなかった…! 
 無駄に歳を重ねてきたのを痛感する。

「長兄でもいいですか?」
「あっじゃあそれで!」

 街外れまで他愛のないお喋りをしながら歩いた。
 シュウィルくんは私とそう背丈は変わらないのに、上目遣いで見てくる。
 元々の顔の作りがいいので、とても可愛らしい。

「シューイルくんはどんな魔法が得意なの?」
「呼び捨てにしてくださいもしくはウィルとでもシュウとでもお前とでもお好きなように呼んでください。魔法は使ったことありません!」
「あら、そうなの。ええと、う…うい……シューくん」
「はい!くんもいりません!でも才能がある気がします!可能性は無限です!」
「ふふっ、楽しみだねぇ」
「かわっ…師匠は魔法、何が得意なんですか?」
「川? ああ向こうに流れてるね。できるのは遠見と軽傷の治癒と浄化も少し…あと、魔法薬の調合かな」

 もしかしたら、お稽古ごとの感覚なのかもしれない。
 自分の適性を知るために小さいうちから何でも経験しておくのはいいとは思っているので、私に扱える魔法が何か将来のきっかけにでもなるといい。

「色々…いろいろ、教えて欲しいです…」
「何に興味があるのかな?」
「いちばんは師匠ですけど、魔法薬興味あります!」
「…んん? あ、薬ね」
「両親が、薬の効かない病気で亡くなっているので…」
「そ…そうかあ…」

「ご迷惑をおかけしてすみませんチェッカ様」
「うひゃぁ」

 遠くに見たことのある体格のいい男性がいると思ったら目の前にそびえていた。早い。
 彼はシューの護衛で、うちまでの送迎をするようだ。
 私が住む家の場所を教えて、解散となった。


☆・☆・☆・☆・☆


 約束していた日に、シューは護衛さんと共にやって来た。
 手渡されたお兄さんからの手紙からは末の弟を案じる気持ちが伝わってきて、心が和んだ。


 初心者のシューに、まずは魔力とは何かということを教えた。
 とても真剣に聞いてくれて、こちらも身が引き締まる思いになる。 

 その次は、魔神に出会う前にこれだけは知っていた魔法の基本中の基本。
 外から内から魔力を集め、使いこなすための訓練。

「師匠と同じ魔法が使えるようになるんですか?」

 私が魔神に与えられた『遠見』や『鎮静』などの魔法は、特別なものではない。
 教われば、要領がよければきっと独学でも習得できる、一般的な魔法。
 
「同じ…なんだけど、個人差が出るから完全に一緒にはならないかな」
「そうなんですね。頑張れば一緒になれますか別の意味でもあっ魔力が通った気がします!」
「んん? あっ上手上手、そのまま手のひらに集めてみて」
「あっ」

 手首を触ったら、魔力が霧散してしまった。

「ご、ごめんね。集中切れちゃったね」
「大丈夫ですどちらかというと強めに握ってもらったほうが嬉しいです」
「んん?」

 魔法を教える合間にシューは、「これ抜いてもいい草ですか?」と私を連れて薬草畑や温室の整理をし、「健康を維持できません!」と護衛さんと森で狩った獣を解体し、「冬が越せるんですか?」と薪を沢山割ってくれた。

「自分は外にいますので」と最初に言っていた護衛さんは黙々と従っていた。普段手の届かない場所の、埃を払い果物をもいでくれた。
 申し訳ない…ありがたい…


「すまないねえ」
「いいんですよ師匠の生活を塗り替えさせてください僕の思うままに」
「んん…?」

 シューは時折早口になる。
 若いから舌もよく回るのだろう。
 私の耳の方がついて行かなくて聞き取れないことが多々ある。


☆・☆・☆・☆・☆


 魔力を安定して集めることができるようになったシューに最初に教えたのは、天気の『遠見』。
 誰にでも扱いやすく、半日先程度なら確実に見ることができるようになる。
 魔力の消費は少ないけれど集中力が必要になるので、初心者の練習用としてはいいのでは。
 
「そう、魔力を集中させて…何か見える?」
「ぬぬ…今夜は晴れ、です!」
「ふふ、どれどれ…うん、私にもそう見えるよ」
「じゃあ成功ですね!やったー!」
「練習すればもっと先の細かい天候が見えるようになるよ」
「僕は師匠と同じものが見たいです!」
「あらあら、うふふ」


 遠見は、個人の適正で見られるものが変わり、訓練すれば精度が上がる。
 今までに取った数人の弟子の目的は皆これだった。
 誰も『戦況』を見ることができないままに、去ってしまったけれど。


☆・☆・☆・☆・☆


「しばらく、来られません」

 ある日シューが、俯きながら言った。

「長兄が領地に帰るので、僕も………」

 普段は放っているくせに、こんな時だけ…とぶつぶつ言っている。
 家庭の事情でここに来ていて、家庭の事情で帰るのだろうと察した。

「そうなの…寂しくなるなあ…」
「本当に、そう思ってくれていますか…? 師匠、恋人は作らないでください。健康には気をつけてください。部屋は最低限でも清潔にしてください。栄養のあるものを食べてください。身体を動かしてください。街の郵便局留めで手紙を出します。月に二度は受け取りに行ってください。返事は待ちません」
「ほ、ほん…あわわ」
「僕を、待っていてください!」

 力強く抱きしめられて私が混乱している間に、足早に去ってしまった。


☆・☆・☆・☆・☆


 シューは宣言通り月に二通は手紙をくれたけれど、やがて合間が空くようになった。

 手紙を書く暇もない程に充実した毎日を送っているのなら何より。
 私は変わらず適当に気楽に日々を過ごしている。


☆・☆・☆・☆・☆


 扉を叩くような音がしたので見に行くと、昔本で読んだことのある古代魔法の矢文が刺さっていた。抜くと、文を残してさらりと消えた。

 差出人は、シュー。
 こんな高度な魔法を使えるようになっていたとは。驚きとともに嬉しさを感じる。

「えーと…なになに?」

 シューは、王都にある魔法の学校に入学していた。
 魔法を選考したことが、師匠と呼ばれた身としては少し誇らしかった。
 この矢文も授業で習い、一矢だけ試射を許されたものらしい。
 それを私に使ってくれるなんて。
 手紙を出せなくなったことを余程気に病んでいたのだろうか。
 
 最近は校舎を離れての実習ばかりで、実家どころか寮にも帰れない。外部との連絡が禁止されるので手紙も書けないと思う。
 
 ―――とのこと。
 学生さんは大変だ…
 
 読み終えると、手紙はふわりと消えた。
 
 シューは、卒業したら魔法を生業にするのだろうか。
 今でも王都なら仕事がありそうだ。


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