『魅了』の加護を持つ令嬢と、初夜

ゆきのりん

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『魅了』の加護を持つ令嬢と、初夜

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☆最後の方に若干のすけべ展開があります
☆愛されない妻はいません
★少々修正しました

―――――――――――――――――――


 ―――私達の婚姻は、絵に描いたような政略結婚だったわ。
 私は一人娘で、婿を迎えなくてはいけないのだもの。
 それでも…少しは期待していたのかもしれないわね。
 
 一度会話をしたらしいけれど、私は覚えていなかったわ。
  
 二度目の会話は初夜の寝室で、夫となった男は私の顔も見ずに言ったの。

 『貴女を愛することはない。私には心に決めた人がいる』と。
 私の喉からは、侮蔑でしかない声が出たわ。『………最低ですわ』と。

 そして―――


◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇


 モネモリス・スザンネ・ヒリンザムは貴族学院に通う15歳。
 堅実な領地経営を信条とするヒリンザム伯爵家の一人娘で、いずれ婿を取り跡を継ぐ予定だが、婚約者はまだいない。

 並んで静かに佇んでいるだけでも存在感のある父母は、社交界では折り合いが良い夫婦として知られてる。
 口数が少なく、楽しいことなど何もないといった風の、いかにも厳格という印象の父親だが、華やかでいて柔らかな風貌の優艶な母に耳打ちされると仄かに頬を染めるのだ。
 ある日その様子を見かけたモネモリスは、思考を停止させてしまった。


 この国は魔力が豊富で、大陸全土を巻き込み長く続いた戦の前は女神や精霊が身近に感じられる地だった。彼女らに愛された人々は魔法と共に様々な加護を受け、後に貴族となった。
 しかし、代を重ね他家と交わるたびに徐々に薄れ、ここ百年ほどは加護の力を全く持たなかったり気づかないほど微力な者も多くなっている。
 
 ヒリンザム家の始祖は、美の女神から『魅了』の加護を授かった。
 眠ると解ける、夢物語のような能力。
 とある先祖は魅惑の瞳で国王と皇帝とに同時に求愛され、またある先祖は魔法を溶かしこんだ惚れ薬を調合し…そんな逸話は遥か昔のもの。どこかにあったらしい記録は、その後の戦で燃えてしまい、全ては口伝に。
  
 モネモリスも自身にその能力を実感することなく、無難に学生生活を送っている。
 生真面目な彼女は、薄茶色の豊かな髪の毛は編み込んでまとめ、制服は決して着崩さない。
 声も動作も小さく、物静か。成績は上の下をキープしている。
 父親似の目元がややきつい印象を与える顔立ちなのは自覚しているので、自然と俯きがちになっていた。彼女の瞳の色が紫色だと知る生徒は、親しい友人たちだけだろう。
 
 嫡男ではない令息の婿入り先としては魅力的なヒリンザム家だったが、モネモリスは女性としてはつまらないと思われていて、言い寄る男子生徒はいなかった。


・・・・・


 ある日の放課後、担任教師の手伝いを済ませたモネモリスは学院の一階の長い渡り廊下を歩いていた。
 中庭に面した辺りに人だかりが見えた。黄色い声も聞こえる。
 同学年だが別のクラスに在籍するこの国の第一王子と、彼を囲む女子生徒たちだ。
 避けるために芝生に降りると、集団の端にいた一人が弾かれ、モネモリスにぶつかった。

「…きゃっ」
「あっ、ご、ごめんなさい!」

 モネモリスはふらふらとよろめき、薔薇の生垣の側に両膝をついた。

「申し訳ございませんモネモリス様、大丈夫ですか?」
「ご心配なく、私こそごめんなさい……少々考え事をしていましたの」

 慌てながら駆け寄ってきたのは、顔見知りの令嬢だった。手を借りて立ち上がると、人波が割れ、第一王子が近づいてきた。

「ヒリンザム伯爵令嬢、お怪我はありませんか?」
「は、はい、お気遣いいただきありがとう存じますアンディヴァイン殿下、失礼いたします」

 学院内では生徒同士の平等を謳われているが、モネモリスにとっては恐れ多い相手だった。平静を装いながら廊下の角を曲がり、息を吐く。
 微かな痛みを感じて膝を見ると、靴下が破れ血が滲んでいた。

「…あらら」

 薔薇の棘かもしくは倒れ込んだときにでも掠ったのだろうか。
 ちょうどこの先は医務室だ。大した怪我ではないが、万が一のことでもあればかの令嬢が心を痛めるだろう。
 そう考えて、ノックした後に静かに扉を開けた。

「…失礼いたします」

 入室し見渡すが、誰もいない。

「軟膏をお使いください」
「ひえぇっ」

 後頭部のかなり上から低い声が聞こえた。恐る恐る振り返るとそこにあったのは男子生徒の制服の胸。

「あ……ルイスキン様」

 ちらりと見上げ確認すると、声の主は第一王子の護衛の一人、ルイスキン辺境伯家の令息だった。
 時折見かける第一王子と取り巻きの集団の中にいる、頭ひとつ分長身の彼は、常に厳めしい顔で周囲を警戒している。
 制服を纏っているが実際は生徒ではない、特例で暗器の所持を認められている、などと噂で聞いたことがある。
 ルイスキン家の加護は『良縁』。羨ましく思ったのでよく覚えている。

 ここに彼がいるのは、恐らく主人の命だろうとモネモリスは察した。

 モネモリスの横を通り、部屋の中ほどまで音もなく歩きそこにあった椅子を指し示した。 

「イライアシーとお呼びください、ヒリンザム伯爵令嬢。どうぞ」
「それでは、私のこともモネモリスと…」

 無機質な声。表情は一切変わらない。
 勧められるがままにモネモリスは腰掛けたが、医務室とは言え密室で男性と二人きりは体裁がよくないのではと考えた。

「あの…イライアシー様…」
「自分の家に伝わる秘薬です」

 イライアシーは、懐から小瓶を取り出した。
 近くの台の上には、生徒が使用を許されている応急処置の道具が揃っている。
 器具を使い手早くガーゼに軟膏を塗り、トレイの上に乗せ差し出した。

「患部にお貼りください。短時間で完治します」
「あ、ありがとうございます…あっあの、自分でできます…」
「はい。自分は失礼させていただきます」
「イライアシー様、ご心配いただきありがとうございました…」
 
 魔力を感じる。貴重な治癒魔法を練りこんだ軟膏なのだろう。
 包帯のように細長いガーゼの中央に塗ってある。
 靴下を下げて傷のある膝頭を露わにし、ガーゼを当て、膝裏で端を結んだ。

 その瞬間、大きな影が目の前をよぎった。

「モネモリス嬢、自分は貴女の虜になってしまった」
「ええぇっ!?」

 部屋を出て行ったと思っていたイライアシーが、モネモリスの足元に這いつくばっていた。

「どうか自分と結婚してください」
「え!? ええっ!?」

 あまりにも唐突な求婚。
 日焼けした肌に短い銀髪、モネモリスでも制服の下は鍛え上げられた身体だとわかる大男が、目の前で床にひれ伏している。
 思考を停止してしまいそうだったが、なんとか耐えてモネモリスは椅子から降りイライアシーの前に両膝をついた。
 その瞬間、俯いていたイライアシーは鼻血を噴いた。
 床が鮮血に染まる。

「きゃーーー!!」
「どうか良いお返事を」
「あああ明日、明日まで考えさせてくださいいい」

 モネモリスは小心者ゆえに無下に断ることができなかった。

「留守にしてすみませんでしたね、どうかしましたか~」

 そこへ養護教諭が戻ってきた。

「先生、ルイスキン様が鼻血を…っ」
「おやおやいっぱい出しましたね~」
「よろしくお願いいたします、私はこれで」

 モネモリスは逃げるように医務室を出て、誰もいない廊下で靴下を引き上げリボンで留め、教室で自分の鞄を掴み、待機している馬車に乗り込み腰を下ろすと、とうとう思考を停止した。


「…はっ」

 気がつくとモネモリスは、着替えを済ませ夜の食卓に着いていた。
 デザートスプーンを手にしている。

「モモちゃん、今日学校で何かあったの?」

 気遣わしげな表情の母に尋ねられた。

「ええ…ええと…お母様、この後相談に乗っていただけますか」
「あら、もちろん! 私のお部屋にいらっしゃい」
「はい…」

 同じテーブルに着いていた父親は終始しかめつらしい顔で、無言だった。


「さあ、何でも話してちょうだい!」

 母親の自室で、モネモリスは一人掛けのソファに座った。
 無駄のない動きで茶と軽い菓子を用意した侍女は退室している。

「はい、あの………実は私、同級生に求婚されたのです」
「…まあ、まあ!」
「ですが、様子がおかしかった気がするのです」
「緊張するでしょうから仕方ないわよぉ」
「いえ、そういった風ではなく…」
 
 モネモリスは、自分がイライアシーを何らかの形で『魅了』した可能性を考えた。
 しかし、彼の不可解な行動を母に詳しく話すのは憚られた。

「お母様、お母様の魅了の能力について聞かせていただけませんか」

 母が『魅了』の能力を持っていることを、モネモリスは聞かされていた。
 結婚して初めてわかったのだとも。

「そうね…あなたもいい年頃ですものね、話してもいいわね」
「…お願いします」


「―――私達の婚姻は、絵に描いたような政略結婚だったわ。私は一人娘で、婿を迎えなくてはいけないのだもの。それでも…少しは期待していたのかもしれないわね」

 貴族の恋愛結婚は少ない。
 父母も親同士に決められた結婚だろうとモネモリスは何となく感じていた。
 自分もいずれそうなるのだろうと、どんな相手でも受け入れようと、覚悟を決めていた。

「一度会話をしたらしいけれど、私は覚えていなかったわ。二度目の会話は初夜の寝室で、夫となった男は私の顔も見ずに言ったの」
 
 母の表情が、冷ややかなものに変わる。

「『貴女を愛することはない。私には心に決めた人がいる』と。私の喉からは、侮蔑でしかない声が出たわ。『………最低ですわ』と。そして―――」

 そんな過去があったとは。モネモリスは固唾を呑む。
 
「お父様は私の愛のしもべになったの」
「…………はい?」
「どうやらそれが私の魅了魔法だったらしいの」
「…それ…どれですか?」
「『最低ですわ』って言ったでしょう。私の他人を蔑む声は、蔑まれたい層にとってはたまらないらしいのよ」
「つまり…?」
「お父様はいかにも堅物そうなお顔をしているけれど、実は女性に罵られていたぶられたい性癖の持ち主だったの。ふふ、内緒よ」
「い…意味がわかりませんん…」

 母は可愛らしく微笑んで、口元に指を当てた。
 この辺りで、モネモリスは思考を停止した。

「よくよく話を聞くと、お父様と初めて出会ったのは、ほら、あなたも招待されて、何もなかったと言っていたけれど…王家主催の『デビュタント前のお茶会』」

「あのひと、幼い頃から偏屈で、私にひと目惚れしたのに『近寄るな醜女ぶおんな』なんて言ったのよ。それで私は『最低』って言い返したのね」

「その声で目覚めたらしいわ。でも私はその後すぐに隣国に留学してすっかり忘れていたの…まあ、その間にあのひとの強い希望で婚約が決まっていたのだけれど」

「10年も前のそんなこと、言われなければ思い出せなかったわねぇ…そうそう、『愛することはない』云々というのは、また罵って欲しかったからなのですって。流行りの物語の台詞だったそうよ」

「ああ、その初夜の翌日、たまたま巡礼中で領地にいらした大聖女様に見ていただいたから間違いないわ」

「『魅了』は正しくは『ひと夜の魅了』なのですって。だから眠ると解けるのね。でも、お父様は魔法を使わなくてもすっかり私に魅了されてしまっているのよ…やだ、恥ずかしいわ」

「お父様がどうしてもって言うから、毎朝何かしら蔑みの言葉を囁いてあげているのよ」

 ころころと笑いながら語る母の声は、モネモリスの耳には届いていなかった。


「…はっ」

 気がつくと、モネモリスは寝室にいた。
 湯浴みと着替えが済んでいて、夜着にガウンを羽織って長椅子に腰掛けている。
 膝には痛みも、何かが当てられているような感じもない。

 
「お嬢様、安眠のお茶はいかがですか?」
「…ありがとう、いただくわ」

 予想していたように淹れられるハーブティの香りに、モネモリスはほっと息を吐いた。

「…はぁ…私にも魅了の能力があるのかしら…」

 母の話を聞いて恐ろしくなったモネモリスは思わず零した。
 少し離れた場所で二人の侍女がそわそわしていることに気がつき、言いたいことがあるのならと促した。

「……私どもは、お嬢様の『魅了』を存じております」
「…えっ、本当なの!? そ、それは一体…お願い、教えて頂戴」
「……お嬢様の『魅了』は、おみ足でございます」
「おみ あ し 」

 物心つく前から身の回りの世話をしている侍女たちは、モネモリスの『素足』には『魅了』の力があると言う。
 彼女たちは『内密』の加護を受けている家の姉妹で、良くも悪くも非常に口が堅かった。

 着替えや入浴で目に入るたび、鋼鉄の意志とプロの意地で耐え、互いに瞬間睡眠の魔法をかけ合い正気を保っていた。
 爵位は低いが貴族の令嬢なので、魔法が使えるのだ。

 貴族の女性が素足を出すのは、近年まではしたないとされていた。
 未だに、よそいきのドレスも、室内着も、夜着ですらスカートの裾は床につくものが多い。
 学院の制服は動きやすさを考慮し膝丈と決められており、モネモリスは暗い色の靴下とロングブーツで過ごしていた。 
 スカートの丈を少し短くしたり薄手の靴下や可愛らしい靴を履く女子生徒が多いにもかかわらず。

 医務室で、軟膏を塗ったガーゼを貼るために靴下を下ろした。
 膝を見たイライアシーが魅了されてしまったのか。
 侍女たちを疑うつもりはないが、俄かには信じられない。

 モネモリスは、長椅子に座ったままで夜着の裾をつまんだ。ゆっくりとふくらはぎの中ほどまで持ち上げると、侍女達が小さく息を飲む気配を感じ…
 立ち上がり、寝台に向かう。

「お、おやすみなさい。朝起きられなかったら起こしてね」
「「…はっ! おやすみなさいませ」」 

 侍女たちはそそくさと退出した。
 
 今日は、短い時間で色々とあった。眠って起きたら全てが夢だったらいいのに…と、モネモリスはとこの中で願った。

 廊下では語彙を失った侍女たちが「ああ、なんて貴いの…」「はあぁ…尊い…」などと口々に呟きながら、魔法をかけ合っていた。
 

・・・


 翌朝目覚めたモネモリスは、今日しなくてはいけないことを思い憂鬱になった。

 イライアシーは『魅了』から解放されているはずだ。徹夜でもしていなければ。
 第一王子の教室に行けば会って話ができるだろう。誠意を込めて謝り、気の迷いでしてしまっただろう求婚はなかったことにしよう。
 通学の馬車の中で、そう考えた。

 決意を胸に秘めながら校門をくぐったところで、男子生徒が近づいてきた。第一王子の側近の一人だ。

「アンディヴァイン殿下より伝言です。『イライアシーは無愛想だけれど実直でいい奴だから、よろしくお願いするよ』」
「………は…っ…はいぃ…」 
「そしてイライアシー・ダイア・ルイスキンからの伝言です。『放課後、裏庭で待つ』…それでは」

 にこりと微笑み足早に去る伝達役の背を見送り、モネモリスは予鈴の鐘が鳴るまで思考を停止してしまった。


 いつものように一日を過ごし、放課後、モネモリスは学院の敷地内の裏庭と呼ばれる場所に赴いた。
 大柄のイライアシーだが、第一王子の護衛だけあって、気配を感じない。
 こちらに気づき、表情を変えずに近づいて来る姿にモネモリスは怯んだが、なんとか踏ん張った。

「ごきげんよう、イライアシー様。お待たせして申し訳ございません」
「今来たところです。こんなところに呼び出してすまない、モネモリス嬢」
「ここへはあまり来たことはありませんが…静かで落ち着きますわ…昨日は軟膏をありがとうございました。素晴らしいお薬ですわね、すっかり綺麗に治りました」
「よかった。傷でも残ったら大変だ」
「ところで、昨夜は眠れましたか?」
「一睡もできませんでした」
「寝てください!」
「はい、さすがに今夜は」
「できれば今寝て欲しいです…」
「そんなことより、昨日の求婚の返事をお聞かせいただきたく」

 護衛の任務でもあり仕方なかったのかもしれない。差し出がましいことを言ってしまったことに気づいて焦ったが、もう遅い。
 そして、イライアシーがあれから眠っていないのなら、『魅了』は解けていないということだ。モネモリスは更に焦った。

「あっあの、私の家に『魅了』の加護があることはご存知だと思いますが、私の『魅了』は脚…素足なのです。素足、脚です脚」
「そうだったのですか。道理で」
「昨日、私の膝をご覧になりましたね…それでイライアシー様を魅了してしまったのです。そして今も解けていないのです。本当に申し訳ございません」
「問題ありません。お返事を」
「え、イライアシー様、ですから」
「貴女の膝は確かに極上でしたが、求婚の理由はそれだけではありません」
「イライアシー様?」

 狼狽えるモネモリスの前で、イライアシーは片膝をついた。
 一瞬顔を上げると澄んだ空色の瞳でモネモリスを見つめたが、すぐに伏せた。

「あんな無様な姿を晒してしまった以上、貴女以外の婿にはなれません」

 無表情だった顔が、わずかに歪む。
 自分のせいで、第一王子の側近を任されるような立派な男性がこんなにも思い詰めている。
 責任を取るべきではないか。

「む、婿入りが可能なのですか」
「自分は六男なので、自由にするよう言われております」

 モネモリスが一人娘なのは知られているのだろう。婿入りしてもいいと言う。
 最終的に決めるのは互いの両親で、今すぐには彼との結婚生活を想像できないが、モネモリス個人としては目の前の男に嫌悪感などもない。 

 何より、第一王子に「よろしく頼む」と言われてしまっている―――

「かしこまりました………あなたにとって『良縁』ならいいのですが…」
「自分と結婚していただけるのですか」
「その前に婚約では…両親に相談もさせていただきますが、あの…私の目を見ておっしゃっていただけると……その、嬉しいです…」

 一瞬だけ目が合ったが、それ以外目線の先はずっと脚なのだ。
 イライアシーは再びおもてを上げ、今度はモネモリスの顔をじっと見つめた。

「貴女は、顔も美しいのですね」

 褒められたのに、モネモリスはあまり嬉しく感じなかった。


・・・

  
 翌日、昨夜はよく寝たと前置きをしたイライアシーは、周りの目も憚らずみたびモネモリスに求婚した。
 その時、彼女を知る生徒の殆どが初めて彼女の可憐さに気づかされた。

 それからモネモリスは、控えめではあるが見違えるように明るくなり、美しくなった。
 彼女に許嫁がいると知る者はさすがに言い寄りはしなかったが、密かに悔やんでいた。
 イライアシーは一見変わらず強面で無表情だったが、親しい者たちはそんな顔もできたのかと驚き冷やかした。 


・・・・・


 モネモリスがイライアシーを両親に紹介すると、母は少女のようにはしゃぎ喜んだ。
 父は頷くだけだったが、後日こっそりとモネモリスに言った。
 
「その、なんだ…お前は私に似た男を選んだんだな」
「ふふ…そうかもしれません」

 まんざらでもなさそうな父に対してモネモリスは、上手に微笑んだ自信はなかった。


・・・・・


 モネモリスは、正式に許嫁となったイライアシーと清らかな交際をしながら確実に互いの親密度を上げていった。

「女神に誓う前にモネ、君に誓いたい。イライアシー・ダイア・ルイスキンは生涯君だけを愛す」
「私も…モネモリス・スザンネ・ヒリンザムは、生涯あなただけを愛します…イリー」

 いつしか「モネ」「イリ―」と呼び合うようになっていた二人は無事に卒業し、何の障害もなく結婚式を挙げ、つつがなく初夜を迎えた。


「最愛のモネ、貴女を独占できる自分は幸せ者だ」
「わ…私も幸せです、愛しいイリー」 

 大きなベッドの上で横たわる新妻を見下ろしながら新夫は、太腿すら掴めてしまいそうな大きな手のひらを、薄絹を纏う脚に添えた。
 太腿を優しく揉んで肉付きを味わい、太い骨に沿って脛に指を這わせる。
 少しだけ裾を上げ、素足を夜の空気にさらした。締まった足首、くるぶしの出っ張り、血管が透ける甲、曲線を描く小さなかかと、しなやかな指、ピンク色に艶めく形よく整えられた爪、呼び名のわからない部分…初めて見る全てが魅力的だ。形を確かめるように触れる。
 土踏まずを撫でられたモネモリスは、いたずらな指から逃げるように足首を動かした。

「ん、ふふっ、そこはだめ」
「そうか、よくない場所は教えて欲しい」 
「イリーだってそこはくすぐったいでしょう?」
「どうだろうか。試したことはないが」

 緊張で身を固くしていたモネモリスだったが、徐々に温かい彼の手が心地よいと感じるようになっていった。

「痛くはないか」
「大丈夫です、その……気持ちいい、です」

 イライアシーの手ひらはところどころが硬くなっているが、巧みな力加減でモネモリスの繊細な肌に触れていた。
 
「初めてモネの膝を見たあの時。目の前の未婚の淑女の素足に興奮して勃起してしまった上に鼻血まで出した自分を受け入れてくれて、本当に感謝しかない」
        
 モネモリスはには気づいていていなかった。
 
「寮に戻ってからも忘れられず、何度も、朝まで。何かを想いながら自慰をするのは初めてだった。それまでは手の刺激だけで出していた」

 まさかそれで一睡もできなかったとは。
 
「それから昨日まで、ずっとモネの膝を思い浮かべて自慰をしていた」

 丸い骨に沿って撫でながら淡々とあけすけな告白をする。
 
「自分が女性の脚に性的な興奮を覚えるたちだと、モネに出会って初めて知った」

 モネモリスも、意図せず夫となる男の性癖を目覚めさせていた。
 
「モネの腿も脛も、柔らかい肉も骨を感じる部分も、全てをこの目で、手で、愛でたいとずっと思っていた」
 
 今度は足の甲をさする。

「これからは膝以外も思い浮かべられ「ひ、ひとりでしなくていいんですよ、これからは」それもそうだな」 

 モネモリスは、『彼は私の脚だけが好きなのではないのだろうか』と思い悩んだこともあった。

「脚も私の一部ですし…愛していただくのは嬉しく思います」
「モネの脚にこんなにも官能を感じるのは、モネを心から愛しているからだ」

 互いの視線が絡み合った。
 イライアシーの表情は目立っては変わらないが、興奮しているのだと感じたモネモリスは全身が熱くなる。

「ね、ねえイリー、どうぞ直接触って」

 モネモリスは夜着の裾を上げ、素足を更に露出させた。

 陽に当たったことのない瑞々しい白い脚が、ランプの灯りに照らされる。
 手入れをすることを許された侍女が日々丹精を尽くし磨き上げた芸術品。
 髪の毛から香るのとは少し甘さが違う、強すぎない優雅な薔薇の芳香。

 イライアシーは固まったまま、視線だけを動かしている。
 モネモリスは大胆な振る舞いをしてしまったことに気づき、両手で顔を覆った。

「ああ、痕は残っていないな」

 イライアシーは、モネモリスの膝のあたりをゆっくりと撫でた。
 最初にあの日の傷痕の確認をしたのだとわかったモネモリスは、抑揚には乏しいが心から安心したことが伝わるイライアシーの声音に、言葉にならない喜びを感じた。

「自分の想像力はなんて貧困だったんだ」

 イライアシーはモネモリスの太腿を掴み、外側の曲線をつま先まで辿り、また上に撫で上げ、その手が裾の中に入ると、モネモリスはきゅっと太腿を閉じた。
 両脚の間にできたやわらかな谷を指でなぞると、沈んでいく。そのまま手のひらと甲とで内股を愛撫する。
 
「ん、んーっ…」

 力の緩んだ片脚を抱え上げ、内腿のやわらかい部分に唇を当てる。
 絹よりもしっとりと手のひらに馴染む肌の弾力を楽しみながら舌を這わせると、モネモリスは高い声を上げた。

「あ、あ…っ」

 モネモリスが自由になっているもう片方の脚を無意識に動かすと、イライアシーは空いた手で内腿を撫でた。

「ああ、自分だけ楽しんですまない」
「いいえ、イリーの好きにしていいんですよ…んっ…」

 伸びあがって唇を重ねる。抱えた片脚は離さずに。
 モネモリスはイライアシーの首に縋りつき、初めての深い口づけに身を震わせた。

 授業で基本中の基本の性教育こそ受けていたものの、閨事の作法など何も知らなかったモネモリスは、母に相談していた。
 両親の生々しい実話を聞きたいわけではなかったが、一般的な流れすらわからなかったので。
 母は、よその事情は知らないが自分はことが始まる前には言葉をかけると言う。あの父とどんな睦言を交わすのか想像できずに例えばどんなことをと尋ねたところ、箱入りのモネモリスが聞いたこともない罵りの文言が続き、早々に思考を停止してしまった。
 結局、イライアシーに身を任せることにした。 

 耳、首筋、鎖骨を唇と舌先で撫でられ、身体の芯が溶けてしまいそうだ。

「脱がせてもいいだろうか」
「ふ、あ、はい…」

 イライアシーは一瞬のうちに裸になり、モネモリスの夜着の釦を外した。
 優美なレースがあしらわれた上質な絹が滑り落ち、新妻の素肌が露わになる。

「本当に美しい、想像とは比べ物にならない」
「…は、恥ずかしい……」

 モネモリスが視線から逃れるように体を捩ろうとすると、イライアシーは素早く両脚の間に身体をねじ込みのしかかった。
 大きな手のひらで乳房を掬い上げ揉みながら、指で乳頭を擦り、モネモリスが控えめな嬌声を上げるのを確かめると唇で挟み舌で刺激した。

「っ、ん、あっ、あ、ん、ん…っ」

 硬いものが内股に当たっている。
 それが何かは、モネモリスにも理解できた。


「いいだろうか、モネ」
「はい、来て、イリー」

 イライアシーは自身のそそり立ったものを掴むと、モネモリスの脚を広げ秘所にこすりつけた。

「愛している、モネ」
「わ、わた…あっ?」
 
 ぬめりをまとった先端が、快感を得るだけの突起を刺激する。硬くなった肉同士が与える初めての感覚に、モネモリスは意識を飛ばしそうになる。

「はぁっ、あ、あ、ぁん、んん…んっ、あっ」
「く」

 イライアシーは狙いを定め、繋がるために腰を進めた。

「…っ、あぅ、イリー…は、入った…の?」
「ああ。苦しくはないか、モネ」
「ん…はい……しばらくこうしていて。ね…」
「ああ、そうしよう」 

 しがみつくように抱きしめ合い、イライアシーはゆるやかに腰を動かすと吐精した。


・・・


 モネモリスは、まどろみの中で夫と侍女の声を聞いた気がした。

「モネの侍女の精神力は大したものだな」
「……恐れ入ります」


 初夜を過ごした夫婦はベッドの上で並んで少し遅い朝食を摂り、着脱に侍女の手のいらない柔らかく着心地のいい部屋着に着替えた。
 

「靴下を脱がせたい」
「履いたばかりなのに…でも、いいですよ」

 イライアシーはベッドの端に腰掛けたモネモリスの足元に両膝をついた。  
 心得たようにモネモリスが足先を浮かせると、足裏に手のひらを添え自分の膝の上に乗せる。
 スカートを太腿まで上げ、膝の上で靴下を留めているリボンを解き、絹糸で編まれた靴下を滑らせるように脱がせた。
 
 そして、足の裏を股間に当てた。 

「踏んで欲しい」
「………いいですよ」

 決して体重をかけないよう、そっと押すように力を込め、下衣を押し上げるものを刺激する。

「もう少し強くてもいい」
「あ、はい、ん……えいっ」

 押さえつけ、緩め、イライアシーの反応を伺う。
 
(おかしい…絶対におかしいです、こんな……)

 しばらくくり返すと、イライアシーはモネモリスの足首を掴み足裏を股の膨らみに押し当てて数度擦り、小さく呻くとぶるりと震えた。

「すまない、汚してしまった」

 下着ごと下衣を脱ぎ捨てるイライアシーを、モネアリスは見つめる。

(こんな…こんなことをして、楽しい、なんて…っ、私、おかしいです…!)

 何かが這いあがるように、背筋がぞくぞくする。

「イリー…私、変なの」
「モネにおかしいところなどないが」
「あの、ええと、もういちど…今度は直に……踏みたい」
「自分もそうされたいと思っていた」



 ちなみに、ルイスキン家に与えられた加護は『良縁』だと伝わっていたが、実は『どんな性癖を持っていても受け入れてくれる相手に必ず出会える』というものだった。

 この上なく相性の良い二人は、末永く仲睦まじく暮らした。



◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇・◇


登場人物

◇モネモリス・スザンネ・ヒリンザム 脚全体に『魅了』の加護を持つ
◇イライアシー・ダイア・ルイスキン (モネの)脚が大好き
◇アンディヴァイン殿下 好みのタイプはバインバイン
◇モネモリスの母 夫以外を罵ったことは無い
◇モネモリスの父 生家に伝わる加護は『解放』
◇大聖女 故人 加護は『識別』

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