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何も知らない聖女
カタリナとリリン
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湯船に来たクララは、足先でちょんちょんとお湯を触っていた。少し入るのを怖がっているようだった。
「クララちゃんは、湖とかに入った事はある?」
「いえ、浅瀬くらいしかないです」
「じゃあ、泳げないって事ね。まぁ、奥に行かなければ、そこまで深くもないから大丈夫だと思うわ」
クララの前に、カタリナとリリンが入る事で、どうやって入れば良いかの見本を見せる。といっても、本当にただ入っただけなのだが。
「……うぅ」
クララは、お風呂に入るのを怖がっていた。経験のない事なので、本当に大丈夫か不安なのだ。そもそも、このお風呂の深さは、一番手前で、リリンやカタリナの腰くらいまである。つまり、クララだと、自分のお腹の半分程まで浸かる事になるのだ。
浅瀬しか経験していないクララが、本能的に不安を感じていても仕方ないだろう。
「今まで気にしていなかったけど、魔王城のお風呂って、なんで立ち湯なのかしらね」
「お風呂を施工した際の魔王様が、巨人族だったからですね」
「自分の規格で作ったって事ね。私の子供達は、泳いではしゃいでいたけど、クララちゃんには、恐怖の対象でしかないみたい」
このお風呂の成り立ちには、魔王が絡んでいた。当時の魔王は、温泉好きでいつも火山地帯にある深めの温泉に通っていた。だが、公務の中で、時間を見つけるのが多少困難になり始めたため、魔王城内に大浴場を作り上げたのだ。
そのため、湯船の深さは、当時の巨人族である魔王に合わせられている。一応、手前の方は浅くなっているのだが、それでも一般的な湯船よりも深いだろう。
「やむを得ませんね」
リリンは、湯船から上がり、クララの方に近づいていく。そして、クララの脇に手を入れて、抱き上げた。
「私が抱きながら入りましょう」
「ご、ごめんなさい……」
「良いですよ。入った事もないので、怖いのは当然です。少しずつ慣れていきましょう」
クララは、リリンに抱えられながら、お風呂の中に入っていった。段々と湯船に浸かっていくクララは、ぎゅっとリリンにしがみつく。だが、すぐにちょっとだけ力を緩めることになった。
「温かい……」
「熱くないようで良かったです」
「これがお風呂よ。とは言っても、一般住宅にあるお風呂は、こんな深くないけどね」
クララは、体験したことのない快感に、身体の強ばりが取れていくのを感じた。思わず、抱えてくれているリリンの身体に寄りかかってしまう。リリンは、しっかりとクララを抱え直す。
「お気に召したようで良かったわ」
「気持ちいいです……」
「このまま、少し歩きましょうか。もしかしたら、クララちゃんでも、安心して入れるくらい浅い所もあるかもしれないわ」
浴場の大きさが、一種のテーマパーク程あるので、カタリナもその全容を把握していない。それは、リリンも同じなので、クララを抱えたまま歩いていく。そんな中、カタリナを見ていたクララがふと質問をした。
「あの……カタリナ様の肌にあるのは鱗ですか?」
「あら、ようやく名前で呼んでくれたわね。でも、様付けは要らないわ」
クララは、自分が捕まっている身分だという事を思い出して、謙るために様付けをしたのだが、カタリナの方から遠慮された。カタリナとしては、もう少しクララと打ち解けたいと思っていたのだ。
「それで、私の鱗の事だったかしら。これは、魔族の中でも龍族と呼ばれる私達の特徴の一つね。もう一つは、この角よ。後は、魔族に共通した特徴だけど、寿命が長いというのもあるわね」
「あっ、最後のは、聞いた事があります」
「そこだけは有名だからね。私は、二百五十を超えていて、あの人は二百くらいだったかしら。ちなみに、二人ほど娘がいるけど、上が百十くらいで、下が八十くらいだったはずよ。長生きすると、あまり年齢に執着しなくなるから、うろ覚えだけどね」
実は、現魔王よりも魔王妃であるカタリナの方が、歳上なのだった。魔族同士の結婚や恋愛では、このくらいの年齢差は普通なので、誰も気に留めるようなことはない。
「二人も娘さんがいらっしゃるんですね」
クララの興味は、その年齢差では無く、カタリナの娘の方に向いていた。
「そうね。ここにはいなくて、別の城にいるんだけどね。時々、帰ってくるから、その時に紹介してあげるわ」
「……それって、私に教えて良いんですか?」
「別に困る事はないわ。今のところ、クララちゃんが、誰かに言うとは思え無いもの」
カタリナはそう言って、クララの頬を撫でる。クララは、少しくすぐったそうにする。
「そういえば、リリンさんのお腹にも、綺麗な模様が入っていますよね?」
クララの言うとおり、リリンの下腹部付近にはハートをあしらったような模様が刻まれていた。人にはないものなので、クララは少し気になったのだった。
「紋章ですね。サキュバスには、皆、入っていますよ」
「それも、種族の特徴みたいなものですか?」
「そうですね。私達は、対象の精力を奪うもしくは、精力を与えるという能力を持っています。他にも、サキュバスによって異なりますが、体液に何かしらの効能を持っている個体がいます。私もその一人ですね。クララさんもご存知かと」
リリンがそう言って、微笑む。それで、クララも思い当たる事があった。
「私を眠らせたのも……」
「はい。私が、唾液を飲ませたからですね。私の体液には、相手を眠らせる効果があります。ただ、その意思を持って飲ませないと効果はありませんが」
クララを攫った際、リリンは、クララに口移しで唾液を飲ませて、クララの意識を奪ったのだった。その能力を持っていたから、聖女を誘拐する役目に選ばれたと言っても過言ではない。
「じゃあ、普通にキスをしても、眠るなんて事ないんですね」
「気にされていたんですか? ふふ、私にその意思がなければ、キスしても問題はありませんので、いつでも出来ますよ?」
「遠慮します!」
クララは、首を振って断った。その顔は、お風呂で温まっているからか、あるいは別の理由からか分からないが、赤くなっていた。
「良い感じで温まった事だし、そろそろ出ましょうか」
「かしこまりました」
カタリナとクララを抱えたリリンが浴槽から出て行く。その段階で、リリンは、クララを床に降ろしていた。
「ありがとうございました」
「いいえ、少しずつ慣れていきましょう」
三人は、脱衣所に移動してタオルで身体を拭いていく。クララは、リリンが丁寧に拭いていた。リリンの方は、自分で身体を手早く拭いていた。
「では、髪も乾かしますね」
「拭くだけではないんですか?」
「魔族領では、こういうものも開発しているのですよ」
リリンは、ドライヤーを持ってきた。このドライヤーは、持ち主の魔力を利用して作動する。この系統の道具は、使い慣れていないと、上手く使う事は出来ない。
「ここから乾いた空気が出て来て、髪を乾かす事が出来ます。ただ、ちょっと使い方が難しいので、私が使いますね」
「はい」
下着だけ着けたリリンが、同じく下着姿のクララの髪に、ドライヤーを掛けていく。最初に暖かい空気が掛けられた時は、ビクッと震えたクララだったが、掛けられているうちに慣れてきたのか、気持ち良さそうに眼を細めていた。
その横で、カタリナも自分でドライヤーを掛けていた。そのまま髪を乾かした三人は、着替えを済ませた。
「あの……この服は?」
「娘にって、買ったのだけど、二人とも気に入ってくれなくてね。全く着なかったのよ。タンスの肥やしになっていたから、クララちゃんが着てくれて良かったわ。あっ、ちゃんと保存状態は良いから、安心してね」
クララの格好は、ふわふわのフリルが付いた白いワンピースだった。カタリナの子供が小さかった時のものらしく、サイズもぴったりだった。
クララには、この服に見覚えがあった。これは、現在、クララが住んでいる部屋のタンスにあったものの一つだった。あの時は、汚さないようにしようと思って、そっと閉じたが、まさか自分が着ることになるとは、クララも思っていなかった。
「汚しちゃうかもしれませんよ……?」
「うん。全然良いよ。そこまで高いものでもないし、服なんだから着ないと勿体ないでしょ? 着ていれば汚れるのなんて当たり前なんだから、気にしないで」
カタリナはそう言って、クララの頭を撫でる。
「じゃあ、部屋に戻って、昨日の話の続きをしていいかしら?」
「はい……」
クララの表情が少しだけ曇る。自分が信じてきたものが、もう何も信じられなくなっていたからだ。カタリナと話せば、もっとショックを受けるかもしれない。そう思ってしまうと、少しだけ気乗りしないのだ。
そんなクララの肩に、リリンが手を置く。
「あまり気分が優れないのでしたら、もう少し後にされますか?」
リリンは、クララが気乗りしていないことに気が付き、気を回してくれたのだ。一瞬だけ、リリンの提案に乗ろうとしたクララだったが、すぐに首を振って考えを改める。
「いえ、やります。私も本当の事を知りたいですから」
これまでの事は、クララの中でも腑に落ちる感じがあった。それが自分に合わせた嘘の情報だとは、考えていなかった。今までの感じから、リリンやカタリナが、そんな事をするようには見えなかったからだ。
クララの言葉に、カタリナもリリンも優しく微笑んだ。
そうして、お風呂からさっきの部屋まで歩いているクララ達の正面から、魔王のガーランドが歩いてきた。クララが会ったときは、座った状態だったのと、衝撃で気絶したのもあって、気が付いていなかったが、ガーランドの背はかなり大きく、三メートル近くあった。
そんな大男が正面から近づいて来ていたので、クララは、思わずリリンの影に隠れてしまった。それと同時に、ガーランドが、カタリナ達の姿を発見する。そして、クララが一緒にいる事にも気が付き、あたふたと慌てて、通路の端に寄った。
「……何をしているのですか、あなた?」
「い、いや……前に怖がらせてしまったのでな」
「そうですか。クララちゃん、こっちにおいで」
カタリナが、クララを呼ぶ。クララは、あまり近づきたくなかったが、ここで印象を悪くするのもなんだと思い、怖ず怖ずと近づいていく。
「大丈夫よ。魔王と言っても、温厚派の筆頭だから、クララちゃんを害する事はないわ」
「……顔が怖いとは、よく言われるんだ。怖がらせてすまなかったな」
「い、いえ……」
クララがガーランドに恐怖した理由は、その顔というよりも魔王という肩書きそのものなのだが、ガーランドは、自分の顔が原因と考えているようだ。
「話は、カタリナから聞く。もう少し慣れたら、何かしらの話を聞かせてくれ」
「は、はい」
ガーランドはそう言って、軽くクララの頭を撫で、離れていった。
(魔族の人達は、なんでこんなに優しいんだろう……?)
クララは改めて、魔族の優しさを実感していった。両親以来のその優しさは、クララの心に染みこんでいった。
「クララちゃんは、湖とかに入った事はある?」
「いえ、浅瀬くらいしかないです」
「じゃあ、泳げないって事ね。まぁ、奥に行かなければ、そこまで深くもないから大丈夫だと思うわ」
クララの前に、カタリナとリリンが入る事で、どうやって入れば良いかの見本を見せる。といっても、本当にただ入っただけなのだが。
「……うぅ」
クララは、お風呂に入るのを怖がっていた。経験のない事なので、本当に大丈夫か不安なのだ。そもそも、このお風呂の深さは、一番手前で、リリンやカタリナの腰くらいまである。つまり、クララだと、自分のお腹の半分程まで浸かる事になるのだ。
浅瀬しか経験していないクララが、本能的に不安を感じていても仕方ないだろう。
「今まで気にしていなかったけど、魔王城のお風呂って、なんで立ち湯なのかしらね」
「お風呂を施工した際の魔王様が、巨人族だったからですね」
「自分の規格で作ったって事ね。私の子供達は、泳いではしゃいでいたけど、クララちゃんには、恐怖の対象でしかないみたい」
このお風呂の成り立ちには、魔王が絡んでいた。当時の魔王は、温泉好きでいつも火山地帯にある深めの温泉に通っていた。だが、公務の中で、時間を見つけるのが多少困難になり始めたため、魔王城内に大浴場を作り上げたのだ。
そのため、湯船の深さは、当時の巨人族である魔王に合わせられている。一応、手前の方は浅くなっているのだが、それでも一般的な湯船よりも深いだろう。
「やむを得ませんね」
リリンは、湯船から上がり、クララの方に近づいていく。そして、クララの脇に手を入れて、抱き上げた。
「私が抱きながら入りましょう」
「ご、ごめんなさい……」
「良いですよ。入った事もないので、怖いのは当然です。少しずつ慣れていきましょう」
クララは、リリンに抱えられながら、お風呂の中に入っていった。段々と湯船に浸かっていくクララは、ぎゅっとリリンにしがみつく。だが、すぐにちょっとだけ力を緩めることになった。
「温かい……」
「熱くないようで良かったです」
「これがお風呂よ。とは言っても、一般住宅にあるお風呂は、こんな深くないけどね」
クララは、体験したことのない快感に、身体の強ばりが取れていくのを感じた。思わず、抱えてくれているリリンの身体に寄りかかってしまう。リリンは、しっかりとクララを抱え直す。
「お気に召したようで良かったわ」
「気持ちいいです……」
「このまま、少し歩きましょうか。もしかしたら、クララちゃんでも、安心して入れるくらい浅い所もあるかもしれないわ」
浴場の大きさが、一種のテーマパーク程あるので、カタリナもその全容を把握していない。それは、リリンも同じなので、クララを抱えたまま歩いていく。そんな中、カタリナを見ていたクララがふと質問をした。
「あの……カタリナ様の肌にあるのは鱗ですか?」
「あら、ようやく名前で呼んでくれたわね。でも、様付けは要らないわ」
クララは、自分が捕まっている身分だという事を思い出して、謙るために様付けをしたのだが、カタリナの方から遠慮された。カタリナとしては、もう少しクララと打ち解けたいと思っていたのだ。
「それで、私の鱗の事だったかしら。これは、魔族の中でも龍族と呼ばれる私達の特徴の一つね。もう一つは、この角よ。後は、魔族に共通した特徴だけど、寿命が長いというのもあるわね」
「あっ、最後のは、聞いた事があります」
「そこだけは有名だからね。私は、二百五十を超えていて、あの人は二百くらいだったかしら。ちなみに、二人ほど娘がいるけど、上が百十くらいで、下が八十くらいだったはずよ。長生きすると、あまり年齢に執着しなくなるから、うろ覚えだけどね」
実は、現魔王よりも魔王妃であるカタリナの方が、歳上なのだった。魔族同士の結婚や恋愛では、このくらいの年齢差は普通なので、誰も気に留めるようなことはない。
「二人も娘さんがいらっしゃるんですね」
クララの興味は、その年齢差では無く、カタリナの娘の方に向いていた。
「そうね。ここにはいなくて、別の城にいるんだけどね。時々、帰ってくるから、その時に紹介してあげるわ」
「……それって、私に教えて良いんですか?」
「別に困る事はないわ。今のところ、クララちゃんが、誰かに言うとは思え無いもの」
カタリナはそう言って、クララの頬を撫でる。クララは、少しくすぐったそうにする。
「そういえば、リリンさんのお腹にも、綺麗な模様が入っていますよね?」
クララの言うとおり、リリンの下腹部付近にはハートをあしらったような模様が刻まれていた。人にはないものなので、クララは少し気になったのだった。
「紋章ですね。サキュバスには、皆、入っていますよ」
「それも、種族の特徴みたいなものですか?」
「そうですね。私達は、対象の精力を奪うもしくは、精力を与えるという能力を持っています。他にも、サキュバスによって異なりますが、体液に何かしらの効能を持っている個体がいます。私もその一人ですね。クララさんもご存知かと」
リリンがそう言って、微笑む。それで、クララも思い当たる事があった。
「私を眠らせたのも……」
「はい。私が、唾液を飲ませたからですね。私の体液には、相手を眠らせる効果があります。ただ、その意思を持って飲ませないと効果はありませんが」
クララを攫った際、リリンは、クララに口移しで唾液を飲ませて、クララの意識を奪ったのだった。その能力を持っていたから、聖女を誘拐する役目に選ばれたと言っても過言ではない。
「じゃあ、普通にキスをしても、眠るなんて事ないんですね」
「気にされていたんですか? ふふ、私にその意思がなければ、キスしても問題はありませんので、いつでも出来ますよ?」
「遠慮します!」
クララは、首を振って断った。その顔は、お風呂で温まっているからか、あるいは別の理由からか分からないが、赤くなっていた。
「良い感じで温まった事だし、そろそろ出ましょうか」
「かしこまりました」
カタリナとクララを抱えたリリンが浴槽から出て行く。その段階で、リリンは、クララを床に降ろしていた。
「ありがとうございました」
「いいえ、少しずつ慣れていきましょう」
三人は、脱衣所に移動してタオルで身体を拭いていく。クララは、リリンが丁寧に拭いていた。リリンの方は、自分で身体を手早く拭いていた。
「では、髪も乾かしますね」
「拭くだけではないんですか?」
「魔族領では、こういうものも開発しているのですよ」
リリンは、ドライヤーを持ってきた。このドライヤーは、持ち主の魔力を利用して作動する。この系統の道具は、使い慣れていないと、上手く使う事は出来ない。
「ここから乾いた空気が出て来て、髪を乾かす事が出来ます。ただ、ちょっと使い方が難しいので、私が使いますね」
「はい」
下着だけ着けたリリンが、同じく下着姿のクララの髪に、ドライヤーを掛けていく。最初に暖かい空気が掛けられた時は、ビクッと震えたクララだったが、掛けられているうちに慣れてきたのか、気持ち良さそうに眼を細めていた。
その横で、カタリナも自分でドライヤーを掛けていた。そのまま髪を乾かした三人は、着替えを済ませた。
「あの……この服は?」
「娘にって、買ったのだけど、二人とも気に入ってくれなくてね。全く着なかったのよ。タンスの肥やしになっていたから、クララちゃんが着てくれて良かったわ。あっ、ちゃんと保存状態は良いから、安心してね」
クララの格好は、ふわふわのフリルが付いた白いワンピースだった。カタリナの子供が小さかった時のものらしく、サイズもぴったりだった。
クララには、この服に見覚えがあった。これは、現在、クララが住んでいる部屋のタンスにあったものの一つだった。あの時は、汚さないようにしようと思って、そっと閉じたが、まさか自分が着ることになるとは、クララも思っていなかった。
「汚しちゃうかもしれませんよ……?」
「うん。全然良いよ。そこまで高いものでもないし、服なんだから着ないと勿体ないでしょ? 着ていれば汚れるのなんて当たり前なんだから、気にしないで」
カタリナはそう言って、クララの頭を撫でる。
「じゃあ、部屋に戻って、昨日の話の続きをしていいかしら?」
「はい……」
クララの表情が少しだけ曇る。自分が信じてきたものが、もう何も信じられなくなっていたからだ。カタリナと話せば、もっとショックを受けるかもしれない。そう思ってしまうと、少しだけ気乗りしないのだ。
そんなクララの肩に、リリンが手を置く。
「あまり気分が優れないのでしたら、もう少し後にされますか?」
リリンは、クララが気乗りしていないことに気が付き、気を回してくれたのだ。一瞬だけ、リリンの提案に乗ろうとしたクララだったが、すぐに首を振って考えを改める。
「いえ、やります。私も本当の事を知りたいですから」
これまでの事は、クララの中でも腑に落ちる感じがあった。それが自分に合わせた嘘の情報だとは、考えていなかった。今までの感じから、リリンやカタリナが、そんな事をするようには見えなかったからだ。
クララの言葉に、カタリナもリリンも優しく微笑んだ。
そうして、お風呂からさっきの部屋まで歩いているクララ達の正面から、魔王のガーランドが歩いてきた。クララが会ったときは、座った状態だったのと、衝撃で気絶したのもあって、気が付いていなかったが、ガーランドの背はかなり大きく、三メートル近くあった。
そんな大男が正面から近づいて来ていたので、クララは、思わずリリンの影に隠れてしまった。それと同時に、ガーランドが、カタリナ達の姿を発見する。そして、クララが一緒にいる事にも気が付き、あたふたと慌てて、通路の端に寄った。
「……何をしているのですか、あなた?」
「い、いや……前に怖がらせてしまったのでな」
「そうですか。クララちゃん、こっちにおいで」
カタリナが、クララを呼ぶ。クララは、あまり近づきたくなかったが、ここで印象を悪くするのもなんだと思い、怖ず怖ずと近づいていく。
「大丈夫よ。魔王と言っても、温厚派の筆頭だから、クララちゃんを害する事はないわ」
「……顔が怖いとは、よく言われるんだ。怖がらせてすまなかったな」
「い、いえ……」
クララがガーランドに恐怖した理由は、その顔というよりも魔王という肩書きそのものなのだが、ガーランドは、自分の顔が原因と考えているようだ。
「話は、カタリナから聞く。もう少し慣れたら、何かしらの話を聞かせてくれ」
「は、はい」
ガーランドはそう言って、軽くクララの頭を撫で、離れていった。
(魔族の人達は、なんでこんなに優しいんだろう……?)
クララは改めて、魔族の優しさを実感していった。両親以来のその優しさは、クララの心に染みこんでいった。
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