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何も知らない聖女

治療を終えて

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 約一時間掛けて、クララは、全ての重傷者を救った。重傷者だった魔族達は、静かに寝息を立てている。まだ顔色の悪い魔族もいるが(種族由来のものは除く)、それらは血が足りていないだけなので、今、行っている輸血が終われば、徐々に良くなっていくだろう。
 輸血に関しては、クララでは、荷が重いので、他の魔族達がやってくれていた。

(こういうのも、やれるようになった方が良いのかな?)

 輸血の準備などをしている魔族達を見ながら、クララは、そう考えていた。そんなクララに、リリンがファッジ草のお茶を渡した。

「お疲れ様です、クララさん。こちらを、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 薬学書によって、リリンが作ってくれたやり方だと美味しくないことを知っていたクララは、覚悟をした顔になって口を付ける。
 すると、覚悟していたような味がなく、とても飲みやすい事に驚いた。

「美味しい? これって、水で煮たものですよね?」
「はい。少し苦みが強かったので、お砂糖を加えさせて頂きました。多少、飲みやすくなりましたので、クララさんにもと思いまして」
「なるほど。ありがとうございます。おかげで、美味しく飲めます」

 クララがニコッと笑いながらそう言うと、リリンも嬉しそうに、はにかんだ。その後、少し表情が暗くなる。

「今回は、本当に申し訳ありませんでした。これまで何も起こりませんでしたので、私も少し油断しておりました。クララさんを、この様な場所に誘拐させただけに留まらず、労働までさせてしまって……」

 リリンが今のような状況になった事を、クララに謝罪した。突然の謝罪に、クララは驚いてしまう。そして、すぐに慌てて否定した。

「い、いえ、こうなったのは、リリンさんのせいではないです! ここに連れてこられたのは、そもそも勇者が攻めてきたのが原因ですし! 私が、野戦病院で働いたのは、私自身の意思によるものです! だから、リリンさんのせいではありません!!」

 クララは、リリンにずいっと迫って、そう言った。その目は、真剣そのものだった。本当にリリンのせいなどとは、微塵も思っていない事が分かる。
 クララの飾らない気持ちに気付いたリリンは、嬉しそうにしながらクララの頭を撫でる。

「そう言っていただけて幸いです。今後、このような事態が起こらないように努めていきます」

 クララは、そこまで気負わないでも良いと言おうとするが、恐らくリリンが求めている返事はそうでは無いと感じた。そして、クララが導き出したリリンへの返答は、いつものクララとは違うものだった。

「よろしくお願いしますね」

 クララが笑顔でそう言うと、リリンが一瞬面食らった顔をする。だが、すぐに顔を綻ばせた。

「はい。お任せください」

 二人で微笑み合うと、二人は、ファッジ草のお茶を飲みながら、ゆったりとしていた。すると、サーファが野営病院に帰ってきた。
 サーファは、戦場から運ばれてくる怪我人達を野戦病院に連れて行き、治療が終わった怪我人達を街へと運ぶ仕事をしていたのだ。そのため、クララが治療を終えた後も、仕事が続いていたのだった。そして、ようやく終わりを向かえて、野戦病院へと帰ってきたのだ。
 サーファは、クララが治療を終えて、ゆったりしているのを見て、抱きつこうと駆け出す。しかし、その途中で、自分が血塗れだった事に気が付き、自重することにした。
 明らかに勢いが衰えたサーファを見て、色々と察したクララが軽く手を広げて待つ。クララ自身も治療の過程で血だらけになっているので、今更血塗れなどは、あまり抵抗はないのだ。
 サーファは、クララからの許可が出たと判断して、クララを抱きしめる。

「はぁ~、クララちゃんが無事で良かった!!」

 ようやくクララとゆっくり出来る状況になったので、サーファは、改めてクララの無事を喜んでいた。

「ご心配お掛けしました」

 サーファの胸に埋まりながら、クララは心配を掛けた事を謝る。それを聞いたサーファは、クララを抱きしめる力を更に強くする。

「本当だよ! リリンさんから色々聞いて、ハラハラしてたんだから!」
「すみません。でも、リリンさんと一緒に来てくださって、嬉しかったです」

 クララがそう言うと、サーファはクララを抱きしめる力を緩める。少しだけ自由が利くようになったクララは、顔を少し上げてサーファの顔を見れるようにする。そうして見たサーファは、少し涙目になっていた。
 本当にクララの事が心配だったのだ。よく見てみれば、涙が流れた跡も付いている。さっきまで、力強く抱きしめていたのは、この涙を見られないようにするためだった。
 サーファ的には、流れきったので、バレはしないだろうと思っていたのだが、詰めが甘かった。
 クララに罪悪感が芽生える。それを誤魔化すように、クララの方からサーファに抱きついた。サーファは、それを罪悪感からとは考えておらず、寂しかったのかなと考えていた。
 そして、もう一度クララをぎゅっと抱きしめると、若干名残惜しそうにしながら離れた。

「元気充填完了! では、帰還の支度をしてきます。馬車を使用する形で良いんですよね?」
「ええ。御者は、こちらの軍から用意して貰いましょう。連れてきたナイトウォーカーを繋いでおいてください」
「はい!」

 リリンに確認を取ったサーファは、すぐに野戦病院を出て行った。

「ここに泊まるのではないんですか?」

 時間も遅くなっているので、てっきり一泊するものだと思っていたクララは、リリンにそう訊く。

「いえ、さすがに、ここにいるわけにもいきませんので」

 その言葉で、クララは、自分がここにいる事を、人族に悟らせてはいけないからだと察した。ラビオニアにいる分には、人族にバレる事はないのではとも思うが、リリンは、最悪を考えているのだと考えた。

「サーファが、帰りの準備を整えてくれます。私達は、ここで支度が調うのを待ちましょう」
「分かりました。リリンさんは、荷物とか大丈夫なんですか?」

 クララと違い、リリンは、自分の意思で来ているので、何かしらの荷物を持ってきているのではと思い、クララがそう訊いた。

「いえ、あまり大荷物は持ってきていません。動きやすい格好とクララさんの杖くらいですね」
「あっ、そうでした。杖もありがとうございました」
「いえ、お役に立てた様で良かったです」

 クララとリリンがそんな風に話していると、野戦病院に入ったアークが近づいて来た。アークは、クララの正面に立つと、頭を下げる。

「今回の件、本当にすまなかった!!」

 本日二度目の突然の謝罪に、クララは、少し戸惑ってしまう。

「え、ええっと……あの状況では、仕方のなかった事だと思いますので、あまり気にしないでください」

 クララは、困ったように笑いながらそう言った。実際、ここに来るまでの間に、攫われた理由を聞いており、仕方のないことだと割り切っていたのも事実だ。そのため、嘘は言っていない。

「そうか。それなら良かった……!?」

 アークが言い切ったと同時に、リリンの拳がアークの頭頂部を襲った。

「何が、それなら良かったですか。もう少し反省しなさい。あなたなら、クララさんの存在が、戦争の引き金になりかねないことを予測出来るでしょう。何のために、魔王城で軟禁状態となっていると思っているのですか?」
「無茶言うなよ、姉さん。上官への具申が、どれだけ難しい事か分かってるだろ?」
「え!? 姉さん!?」

 アークから発せられた姉さんという言葉に、クララは驚いてリリンを見る。その視線に気付いたリリンは、少しため息をつきながら、クララに向き合う。

「はい。この子は、私の実の弟であるアークです。私とは違い、諜報部隊では無く、周辺軍に所属しています」
「へぇ~……」

 クララは、まだ驚いていた。その間も、アークの方を向いたリリンの説教が続く。

「いい加減、部下の言う事も考慮の内に入れるようにすれば良いのです。実際、諜報部隊はそうなっていますよ」
「部隊が違えば、規則も異なるんだろ。うちじゃ、そんな事をしたら、針のむしろになるぞ」
「全く……そういえば、あなたは、まだ尻に敷かれているのですか?」
「なっ!? べ、別に、敷かれてねぇよ!」
「? 何の話ですか?」

 何故か、野次馬根性が刺激されたクララは、何の話に変わったのかをリリンに訊く。

「この子は、結婚しているのですが、どの奥さんにも頭が上がらないのです」
「へぇ~……えっ? どの奥さんにも?」
「はい。私の姉弟ですので、この子はインキュバスなんですよ。そのせいという事はないですが、複数の奥さんを貰っているのです」
「サキュバスやインキュバスは、他者から精気を吸い取ることで、強くなっていくんだ。だから、強い奴程、多くの夫や妻がいる事が多いんだよ」

 この時、クララは、馬車の中でも同じように答えてくれた事を思い出した。二人ともクララの疑問に丁寧に答えてくれるので、似たもの姉弟という事が分かる。

「そうなんですね。では、リリンさんも?」

 クララは、リリンも沢山の夫がいるのではと思い、リリンを見る。すると、リリンは、スッと目を逸らした。代わりに、アークが答える。

「姉さんは、結婚していないぞ」
「え!? でも、さっき天幕にいた人達を怯ませていましたよね? それなりの強さがあるのでは?」
「そうだな。前に会った時よりも、確実に魔力は上がっている。人族領に入っていた時に、吸収したんじゃないか?」

 クララとアークが、そんな風に話していると、リリンの顔は真っ赤になっていた。そして、そのタイミングで、サーファが戻ってくる。

「馬車の準備が整いました」
「馬鹿な話をしていないで、魔王城に帰りますよ」

 リリンはそう言って、クララの背中を押していく。その際、アークの事を睨み付けるのを忘れない。アークは、やり過ぎたと心の中で反省しながら、立ち去っていくクララとリリン、サーファを見送った。
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