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何も知らない聖女

魔王城への帰路

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 アークと別れたクララ達は、馬車に乗って戦場から魔王城へと移動していた。
 この馬車を引いているのは、ナイトウォーカーだ。リリンの要求通りにサーファが用意したのだ。御者に関しても、リリンの要求が通り、周辺軍の兵から選ばれていた。
 これは、周辺軍からの詫びという面もあった。リリンの言った事が、図星だったため、レオング達も反省していたのだ。
 移動速度は、行きよりも少しだけ遅いくらいだ。こちらに来た時と違って、全力で急ぐ必要がないからだ。それでも、一日程で魔王城に帰れる速度ではあった。

 この馬車の中で、クララは、少しぼーっとしていた。魔族達の回復をするために、大量の魔力を消費したためだった。ファッジ草の煮汁で、ある程度の疲れは取れているものの、魔力までは、回復していなかった。

「クララさん、お疲れでしょうし、移動の間、お眠りになっても良いですよ?」

 リリンが気を利かせて、クララにそう言った。だが、クララは首を横に振る。

「いえ、ぼーっとするだけで、あまり眠くは無いので、起きています」
「そうですか? 眠くなりましたら、遠慮せずに寝てください。ご無理だけはなさらないように」
「はい。分かりました」

 気を利かせてくれたリリンに、クララは笑顔で答える。そこで、クララの頭にふと気になる事が湧いてきた。

「そういえば、さっきアークさんが、以前より魔力が上がっていると言っていましたよね?」

 話の途中で、サーファが帰ってきた事によって、打ち切られたので、少し気になっていたのだ。

「嫌だったら答えなくてもいいんでけど、どうなのか気になってしまって」

 リリンは、少し恥ずかしそうに、そして気まずそうにして目を逸らす。

(やっぱり、あまり言いたくないことなのかな)

 クララが、別の話題に変えようと思ったのと同時に、リリンが口を開く。

「その……クララさんから、吸い取った精気なんです……」
「へ?」

 リリンの答えに、クララは驚く。

「人族領にいた間は、クララさんの監視で、精気を集める余裕はなかったんです。さすがに、離れて行動するわけにもいきませんから。なので、こっちに戻ってきてから、ほんの少しだけ、クララさんから貰っていました」

 クララは、自分が精気を吸われていた事に全く気付かなかった。それほどまでに、微量という事だろう。
 クララへの申し訳なさと恥ずかしさで、リリンの顔は、ほんのりと赤い。

「そういえば、リリンさん達は、精気を吸わないとどうなるんですか?」

 クララは、そもそも何故精気を吸うのかが分からないので、そこを質問してみた。

「単純に強くなれないというのと、少し元気が無くなる程度です。精気を吸うというのは、私達サキュバスやインキュバスにとって、食事に近いものになります。食事と違う部分は、必ずしも摂取しないといけないものではないという点です。イメージ的には、デザートといった感じでしょうか」
「デザートですか?」
「はい。クララさんもお好きなデザートです。あれば嬉しいですが、必ずしも必要なものとはいえないと思います。実は、人族領から魔族領へと運ぶ際にしたキスで思わず、少しだけ精気を吸ってしまったのですが、その時の味が……その……本当に美味しくて……」

 リリンは、さらに顔を赤らめながら、美味しいものを食べたときのような顔をする。少し色っぽくもなっているその顔に、クララは、ぽかんとしてしまう。
 リリンは、要らないことまで言ってしまったと思い、少し恥ずかしそうにしていた。
 サーファは、この会話に入っていく事が出来ないので、少し遠い目をしていた。

「私って、そんなに美味しいんですか?」
「そうですね。私は、あまり精気を吸わないので、確かな事は言えませんが、クララさんの精気は本当に美味しかったです。今まで、女性魔族の友人から貰ったりしていましたが、比べ物になりません」

 リリンは、女性魔族の友人から精気を貰っていただけで、男性からは、一度も精気を吸い取った事はなかった。そのため、サキュバスの中では、異端者となっている。
 それでも、そこら辺の魔族よりも強いので、周りから何かを言われることは、かなり少なかった。

「もしかしたら、聖女の精気だから、かなり美味しかったのかもしれないですね」
「ああ、なるほど。私は、他の人とは全く違いますからね。必要でしたら、私から、じゃんじゃん吸ってくれても良いですよ。死なない程度でお願いしたいですけど」

 クララは、自分の胸を叩きながらそう言った。リリンには、色々と世話になりすぎているので、そのくらい渡さないと申し訳ないと思ったのだ。

「リリンさんに吸われるのなら、私は、全く抵抗ありませんよ」

 クララがそう言うと、リリンはホッと安堵した。これで、クララから嫌われたら、自業自得とは言え、悲しく感じてしまうからだ。

「でも、せめて、吸っていることは、教えて欲しかったです」
「それはすみませんでした。ちょっと、教えるのに抵抗がありまして……」
「良いですよ。許してあげます」

 クララは、胸を張ってそう言った。その姿を見て可愛いと感じたリリンは、クララの頭を撫でてあげる。クララは、嬉しそうにしていた。
 そんな二人の会話が終わったところで、クララとリリンは、話に入っていけずそわそわとしているサーファに気が付いた。
 クララは、サーファと話しやすいように正面にいるサーファの横に移動しようとする。
 そのタイミングで、馬車が大きく揺れてしまい、クララがバランスを崩してしまった。リリンとサーファが、支えようと動くが揺れが酷くなり、クララを支えるところまでいけない。
 クララは、そのまま目の前にいるサーファの豊かな胸に顔を突っ込んだ。

「もぶっ……」

 サーファは、そのままクララを受け止めて揺れが大人しくなるまで、抱きしめておく。サーファの胸に突っ込んだおかげで、クララ自身に怪我は無かった。
 揺れが落ち着いたところで、サーファは、クララを隣に座らせる。

「馬車の中で、急に立ち上がると危険です。気を付けてください」

 リリンは、真剣な顔でクララを叱る。本当に危ないことなので、ここは注意しないといけないのだ。叱られたクララは、シュンとなって落ち込んでしまう。

「ごめんなさい」

 クララは、さすがに、自分でも迂闊なことをしたと思ったので、二人に謝る。ちゃんと反省している事が分かるので、リリンは優しく微笑み、サーファは、クララを抱きしめる。
 サーファに抱きしめられているクララは、身長差のせいで、顔に胸を押しつけられている。そこで、クララは気になる事があった。

「そういえば、サーファさんって、何で胸が大きいんですか?」
「え?」

 唐突なクララの疑問に、さすがのサーファも戸惑ってしまう。クララの視線は、押しつけられているサーファの胸に釘付けだった。

「えっと、十分な食事と運動かな? 私がやっている事と言ったら、それくらいしかないけど」
「……どっちも私に足りなかったものですね……じゃあ、これから成長するんでしょうか?」
「どうだろう? 魔族だと、基本的に種族によって変わってくるから、私と人族とでは、同じとは言えないんじゃないかな」
「そうですね。人族の成長範囲と同じくらいの種族は、私達サキュバスやインキュバスだと思いますよ? 元々は、魔族だけじゃなく、人族をも魅了していたと言いますから」

 サーファの答えに、リリンが補足を加えた。

「へぇ~、じゃあ、リリンさんより大きい人も小さい人もいるんですね」
「はい。私は、小さい方ですので、大きい人が多いですね」
「ちなみに、私は、犬族の中でも大きい方だよ」
「私も、サーファさんくらいになりますかね……」

 クララが、自分の胸を触りながらそう言う。リリンとサーファは、目を逸らして黙り込んでしまう。

「そんなに、成長しなさそうですか?」

 心配になったクララが、二人に訊く。これに対して口を開いたのは、リリンの方だった。

「いえ、まだ、成長の余地はあります。なので、希望を捨てずにいきましょう。それに、胸が大きくても小さくても、クララさんはクララさんですので、お気になさらないでも良いと思います」
「そうだよ。もし、気になるなら、今度触らせてあげるから」
「本当ですか!?」

 クララが、この会話で一番の食いつきを示した。サーファは、一瞬驚いていたが、

「うん。本当だよ」

 と言って、クララを抱きしめた。リリンは、

(そもそも、抱きしめられている時点で、胸にも触っているはずですが……)

 と思ったが、クララには言わないでおいた。それは、

(きっと、自分の手で触りたいのでしょうね)

 と思ったためだった。
 魔力不足で、ぼーっとしてしまっていたクララだったが、二人と話す事で、その感じもなくなっていた。

 こうして、クララは、戦場からいつもの日常へと帰り始めた。
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