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聖女の新たな日常

根幹

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 魔王城に戻ったクララは、リリンに身体を洗って貰い、運動着から数少ない外着に着替える。今回着ているのは、こっちに攫われた時に着ていたローブだ。

「さて、これから本格的に街へと向かいます。何か気になる物がありましたら、私達に伝えてください。絶対に、一人で動いてはいけません。良いですね?」
「はい!」

 リリンから改めて注意を受けて、クララは元気よく返事をする。念願の街散策という事で、若干興奮気味だ。先程、薬草園に向かうために一度街に出たが、しっかりと散策するのは、これが初めてとなる。
 リリンは、クララが暴走してしまわないかどうか、少し心配になる。

(こちらがしっかりと手綱を握っていれば、大丈夫でしょう)

 と判断して、クララからあまり目を離さないようにする事にした。

「一応、念のためですが、手を握っていきましょう。サーファは、周囲の警戒を怠らないようにしてください」
「はい! 任せてください!」

 リリンも周囲の警戒をしないわけでは無いが、クララの世話に集中しないといけなくなるかもしれないので、分担しておいた方が守りやすいのだ。
 クララはリリンと手を繋いで、街へと脚を踏み出した。最初に向かった場所は、魔王城の門の正面にある通りだった。その通りには、いくつもの飲食店が並んでいる。
 その内の一件の前で、クララは、店の前に立っている看板や食品サンプルを見ていた。

「これ、こんなところに置いておいて腐らないんですか?」

 食品サンプルというものを知らないクララは、少し心配そうにリリンに訊いた。

「大丈夫です。これは、作った料理では無く、それに似せて作られた偽物ですから」
「へぇ~……そんなものまであるんですね」

 クララは、店前にある食品サンプルの中の美味しそうな苺パフェをジッと見ていた。

「食べたいですか?」
「良いんですか?」
「構いませんよ。もう昼時ですし、ついでに軽くお昼を頂きましょう」

 薬草園で二時間作業していた事もあり、お昼前の時間帯になっていた。混み合う前に軽く昼食を済ませておく方が良いだろうと考えたのだ。
 クララ達が入ったのは、シックな雰囲気が漂う喫茶店だった。対応しに来た女性店員は、クララの姿を見て、ギョッとした。それを見て、クララも少しだけ怯んだ。無意識のうちに、リリンの背後に隠れる。

「魔王城から発表があったはずです。彼女が、件の聖女です。私達には、危害を加えないためご安心ください」
「は、はい。失礼しました。こちらへどうぞ」

 リリンから説明を受けて、店員は慌ててクララ達を席まで案内する。クララの事を知っていても、突然現れたら、すぐに対応出来ないのだ。だが、こうして説明すれば、対応はしてくれる。

「あの……私、本当に出て来て良かったんでしょうか?」

 あまり受け入れられているような感じがせず、クララは少し落ち込んでいた。

「最初は、こんなものだと思いますよ。まだ、クララさんの事をちゃんと知っているわけじゃないので、少しずつクララさんの魅力を伝えていきましょう」
「うんうん。クララちゃんは魅力たっぷりだから、接していく内に段々と気付いていくよ!」
「そういうものですかね?」

 二人の励ましのおかげで、クララは少しだけ元気を取り戻した。

「さぁ、食べるものを決めてしまいましょう」
「はい」

 クララは、メニューを見て、食べたいものを探す。

「じゃあ、このホットケーキセットで」
「こちらも甘い物ですが、よろしいですか?」
「はい!」
「分かりました。サーファも決まりましたか?」
「はい。決まりました」

 全員の注文が決まったので、リリンは店員を呼んで注文をした。リリンはオムライスのセットを、サーファはサンドウィッチのセットを頼んだ。セットの飲み物は、クララはオレンジジュースを、リリンとサーファはコーヒーを頼んだ。
 クララは、運ばれてきた料理を美味しそうに食べると、満足げに背もたれに寄りかかった。

「どうでしたか? 美味しかったですか?」
「はい! 魔王城では出てこない料理でしたし、美味しかったです!」
「そうですね。ホットケーキとパフェは、一度も出ていませんから。今度、お作りしましょうか?」
「良いんですか!?」

 今食べたものが、部屋に帰っても食べられると聞いて、クララは嬉しそうに笑った。それを慈しむように、リリンが頭を撫でる。

「はい。ここのものよりも形は崩れてしまいますが、作れないことはないでしょうから」
「やった!」

 そんな風に嬉しそうにしているクララを、コーヒーを啜りながら見ていたサーファの中に、ふと気になっていた事を思い出した。

「そういえば、クララちゃんって食べること大好きだよね?」
「はい。そうですね。昔から、食事は好きでした」
「結構量も食べるけど、どうしてそんなに食事が好きなの?」

 サーファが気になったのは、クララが食事を好きになったきっかけだった。一緒に何度も食事をしているが、毎回の食事でクララは美味しそうに嬉しそうに食べている。食べている間、表情がずっと笑ったままなので、好きだという事はわかるが、どうしてそこまで好きなのか謎のままだったのだ。

「ええっと……どうしてでしょう?」

 これには、クララも首を傾げた。物心ついた時から、食事の時間が好きだった事は思い出せる。だが、その理由と訊かれると、何なのか答えが出てこないのだ。

「好きなものって、理由無しに好きになることもあるから、それかもだけど、そこまで幸せそうに食べていると、何だか理由がありそうだよね」
「確かに、こちらに来てから好きになったという事でしたら、教会に連行されてからの食生活のせいと言えますが、そうではないようですからね。大食らいだという事が理由になるのでしたら、そう言えますが、量が少ない食事の時も幸せそうにしていましたから、もしかしたら別の理由が隠れているのかもしれないですね」

 サーファが疑問に思ったのをきっかけに、リリンも少し気になり始めていた。

「う~ん……」

 クララは、眼を瞑って自分が食事好きになった理由を考える。自身の記憶の中に答えがあると思い、遡って考えているが、答えが出てこない。そうして、自分が村にいた頃まで記憶を遡ったところで、ある事に気が付いた。

「そういえば、私、お母さんの料理が大好きでした。どんな料理でも美味しくて、自然と笑みが溢れていたんです。私が喜ぶから、お母さんも沢山用意してくれて……だから、食事が好きになったんじゃないでしょうか?」
「なるほど……家族との思い出ですか。クララさんの根幹には、いつも家族がいらっしゃいますね」
「私の根幹……?」

 リリンに言われて、またクララは考え込む。クララがやりたいと言った薬作り、そして、クララの食事好きのきっかけ。これらから考えられる事は、リリンの言う通り、家族が関係しているということだ。

(私の薬作りは、お母さんから教わったから……食事好きは、お母さんの料理が美味しくて、食べていて幸せを感じていたから……確かに、私のやりたいことや好きなものって、お母さん達との生活から出て来ている気がする。これが、私の根幹にあるのもの? もしかして、聖女の力を手に入れたのも、お母さん達の何かが関係……さすがに、しているわけないか)

 そこまで考えたところで、クララは顔を上げてリリンを見る。

「確かに、リリンさんの言う通りかもです。私を形作ってくれていたのは、お母さん達だったのかも」

 そう言うクララの表情は、少し寂しげだった。それも当然だ。もう、家族と会えることは二度とないのだから。
 クララの表情の理由を察したリリンは、クララの背中に手を当てる。

「そろそろ散策の続きをしましょう。客も入り始めましたから」

 リリンは、無闇に慰めることはせずに、クララに先に行く事を勧める。慰めない理由は、クララが受け入れて前を向こうとしているようにも思えたからだ。
 それに実際、昼ご飯を求めてやって来た客が入り始めていた。そうしない内に満席になる可能性もあるだろう。そうなると、席を取っている自分達は邪魔になってしまう。そこまで考えた上での発言だった。

「はい」

 寂しげな表情が消えたクララは、そう返事をして立ち上がる。会計をリリンが行っている間に、サーファと一緒に外に出る。その時のサーファの表情は、ほんの少しだけ暗かった。それは、クララの境遇を改めて思い出したからだ。自分は、実家に帰れば両親がいる。だが、クララは実家も両親も失っているのだ。例え他人の出来事だとしても、笑顔で聞くことなど出来ないだろう。
 そんなサーファに気が付いたクララは、サーファの手を握る。

「クララちゃん?」
「寂しいのは本当ですけど、もう大丈夫ですよ。私には、リリンさんやサーファさん、カタリナさんやサラさん、魔王様や変態紳士さんがいますから」

 それはクララの本心からの言葉だった。家族を失った寂しさはある。だが、魔族領で過ごす内に、家族とは違う繋がりのようなものを感じていた。それは、クララの心に空いた隙間を補い始めていたのだ。

「うん。ごめんね、気を遣わせちゃって」
「気にしないで下さい。私が言いたいのは、サーファさん達が大好きって事ですから」

 クララは、笑顔でそう言う。その言葉に、サーファは少し顔を赤くする。そして、それを誤魔化すようにクララを思いっきり抱きしめた。

「私も大好きだよ~!」
「もぷっ!?」

 サーファの胸に埋められたクララは、若干苦しげにしていた。だが、それに文句を言うことはない。サーファのこういうところも含めて大好きと言ったのだから。
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